23話前編 女子会
「……お出かけ……?」
言葉の意味を理解するまで、ほんの少しだけ時間がかかった。目の前で、楽しそうに笑うライラが大きく頷く。
「うんうん。ダンジョンでさ、お風呂入った時に話したじゃん。一緒に甘味処行こって!」
片目をつむって見せるその仕草に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
あの時の会話。湯気の中で、何気なく交わした約束。
正直に言えばあまりにささやかで、どこか夢のようで――現実として残っているとは思っていなかった。
それをちゃんと覚えていてくれた。
「明日、もしかしてなんか用事ある?」
少しだけ眉を下げて様子を窺うライラに、セラフィナは首を横に振る。
「ううん……何もないよ……行きたい。甘味処」
その一言で、ライラの表情がぱっと明るく弾けた。
「やった!ずっと楽しみにしてたんだよね!」
弾むような足取りで少し前を歩くライラ。軽やかな鼻歌が心地よく耳に残る。
(ライラ、ずっと楽しみだったんだ……)
その事実が胸の奥で静かにほどけていく。
「じゃあ明日は昼の一の刻、ギルド前の広場で集合ね。おじさんの像、分かる?」
「……分かる。あの……立ってるやつ」
グレイスロウ初代領主の像。街の待ち合わせ場所としてよく使われる場所だ。
「そこ集合ね。遅刻厳禁!」
楽しげに指を立てるライラに、セラフィナは小さく頷いた。
「……楽しみ」
その言葉は、思っていたよりもずっと自然に零れた。
翌日。
約束の場所に着いた時にはすでにライラの姿があった。手を振りながら駆け寄ってくる。
「セラフィナきたきた!待ってたよー」
「……ごめん、お待たせ」
「ぜーんぜん大丈夫!」
そう言って笑う彼女は、いつもの冒険者装束ではなかった。
膝上までのえんじ色のワンピースに、白い五分袖のブラウス。柔らかく膨らむ袖が、動きに合わせてふわりと揺れる。膝までのブーツと、腰に付けた魔法鞄だけが、かろうじて冒険者の名残を残していた。すらりとした体躯に、その装いはよく似合っている。
「さ、行きましょ……と、その前に」
くるりと向きを変えたライラが、いたずらっぽく笑う。
「ちょっと寄りたいとこあるんだけど、いい?」
「……?」
「ふふっ。行ってからのお楽しみってことで!」
軽やかに歩き出す背中を追いかけながら、セラフィナは首を傾げるしかなかった。
辿り着いた先は商業街でもひときわ大きな服屋だった。
店内には色とりどりの布地が溢れている。冒険用のインナーから、貴族の宴に出るための華やかなドレスまで、様々な衣装が並び、まるで色の洪水の中にいるようだった。視界に入るたびに少しだけ心が浮き上がる。
「ねぇねぇ、セラフィナってどんな感じの服が好き?」
「えっ……と……あまり派手じゃないの、かな……」
「うんうん。じゃあ好きな色は?」
好きな色。
問いかけられて、ふと脳裏に浮かんだのは――やわらかな緑。まっすぐに自分を見る、あの瞳の色。
はっとして、セラフィナは自分の頬を軽く叩く。
「……白、とか……」
「白か。いいね」
にっと笑ったライラが、迷いなく一着を手に取る。
「はい、これ。試着室行ってきて!」
「え」
戸惑う間もなく、ライラの勢いに背中を押されるようにして試着室へと送り込まれる。
言われるままに袖を通しながら、鏡の中の自分を見つめる。これで、合っているのか分からない。それでも、そっと扉を開けて外へ出た。
白いワンピースは膝下まで流れ、裾には銀糸で蔦のような刺繍が施されている。動くたびに光を拾い静かにきらめく。上から羽織ったグレーのポンチョにも同じ刺繍があり、全体をやわらかくまとめていた。
一歩、踏み出す。次の瞬間。
「……っ!」
視界の端で、ライラが頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
「うわぁ!可愛い!!う ち の こ か わ い い!!!」
感情が溢れすぎて処理しきれていない様子でぶつぶつと呟いたかと思うと、次の瞬間にはぱっと立ち上がる。
「すみませーん!これこのまま着て帰りまーす!」
「え」
気が付いた時には会計が終わっていて、店の外に立っていた。
「え……」
状況が理解できないまま、視線だけがさまよう。そんなセラフィナをよそに、ライラは満足げに頷いた。
「よし。完璧」
そしてすぐにいつもの明るい笑顔に戻る。
「さーて、今日のメイン!美味しい甘味食べに行きましょ!」
小さく頷き、セラフィナはその後を追った。
辿り着いたのは、ギルド直営の酒場のひとつ――蒼の酒場。
昼の時間帯は開放的なオープンテラスが広がり、店内も青を基調とした装飾で統一されている。差し込む光がステンドグラスを通り、水の中にいるような揺らぎを生んでいた。
案内された席に腰を下ろし、二人はメニューを覗き込む。
「どうしようかな……季節限定にするか、一番人気にするか……」
珍しく真剣な顔で悩むライラの隣で、セラフィナはひとつの項目に目を奪われていた。
――キャラメルフィリングのりんごパイ。ミルクアイス添え。
こんがり焼けたパイ。溶けかけたアイスにかかるキャラメルソース。砕かれたナッツの香ばしさまで想像できてしまう。
「……私……季節限定にしようかな……」
小さく呟く。
「お、いいね!じゃあ私は一番人気のわたゆきパンケーキにしよっと。すみませーん!」
手際よく注文が済み、やがて運ばれてくる甘い香り。紅茶の湯気とともに、心まで満たされていくようだった。
「美味しそう!食べよ!」
フォークを入れ一口、また一口。甘さがやさしくほどけていく。
思わず笑みがこぼれ言葉も少しずつ増えていく。他愛ない会話。穏やかな時間。それがこんなにも心地いいものだと知る。
気付けば皿の上も三分の二ほど減っていた頃。
ライラがふと、何気ない調子で口を開いた。
「そういえばさ」
視線が、まっすぐこちらを捉える。
「セラフィナって、リュカのこと好きなの?」
ぶっ込みライラ姐さん。
女の子は可愛くて良いですねぇ。




