22話後編 ユリウス邸にて
リュカに促され、セラフィナは隣のソファに腰を下ろした。その瞬間、体がふわりと沈む。思っていた以上に柔らかく、弾むような感触に思わず小さく跳ねてしまう。
「……っ」
自分の動きに気づいた瞬間、顔が熱くなり慌てて俯く。
「ははっ」
隣で、リュカが小さく笑った。楽しそうに背もたれへ体を預ける。
「めっちゃいいよな、このソファ。俺も部屋借りたら、こういうの欲しいなぁ」
その声に、少しだけ首を傾けた。
「セラフィナの家にはソファとかないの?」
「うん……あんまり家具置いてないから……」
「そっか。まぁ、人それぞれだよな」
リュカは気にした様子もなく頷いた。その軽さに、少しだけ肩の力が抜ける。
「それにしても、昨日は楽しかったな」
思い出すように笑う。
「依頼も一段落したし、飯も美味かったし……セラフィナもお酒デビューできたし」
「……うん……楽しかったし、美味しかった……」
言葉にすると、胸の奥にじんわりと温かさが広がる。
「あ、でも、酒飲むなら、しばらくは仲間内か自分の家だけにしとこうな」
リュカが少しだけ真面目な声でそう言った。言葉の裏にあるものを、なんとなく感じ取る。
「……そうする……」
小さく頷く。それを見て、リュカはほんの少しだけ安心したように息を吐いた。
少し間を置いてから、リュカが口を開く。
「そういえばさ、昨日の精霊の話だけど。ちょっと聞いていい?」
「うん……」
「どんな感じなんだ?精霊って」
セラフィナは少し考えてから、視線を上に向ける。
「……なんか……四つの色の、小さい光の粒が……ふよふよしてる……」
言葉にしながら、自分でも不思議に思う。
「……不思議……なんで今まで見えなかったのか分からないくらい……」
その瞬間、視界の端で光が揺れた。自分の手の上で、四つの光が跳ねるように動く。まるで、何かを伝えようとしているみたいに。
「……」
思わず見つめ、なんとなく呟いた。
「……なんか……喜んでる……のかな……」
「今も、ここにいるのか?」
リュカが身を乗り出し、セラフィナの手元を覗き込む。
「うん……」
セラフィナが顔を上げたその瞬間、視線がぶつかる。
近い。
思っていたよりも、ずっと。赤い瞳が、すぐそこにある。光を受けて、静かに揺れるその色に、ほんの一瞬目を奪われる。長いまつ毛が、わずかに影を落とす。
(……綺麗だ)
そんな言葉が、思考の中に浮かんだ瞬間。
「っ!」
リュカがはっとして、体を引いた。
「ごめん、近づきすぎた!」
慌てて背筋を伸ばす。自分でも分かるくらい、顔が熱い。セラフィナもまた、耳まで赤くなって視線を落とす。
「……いい……大丈夫……」
小さく、ぽつりと零す。その声は、拒絶ではなく、どこか少しだけ柔らかい。リュカは軽く咳払いをして、空気を整える。
「……えっと、さっきの続きだけど」
少しぎこちなく言葉を繋ぐ。
「リシェルさん、“見て、触れて、対話する”って言ってたよな」
「うん……」
「今は“見る”はできてる。次の“触れる”って、できそうか?」
セラフィナは手の上の光に意識を向ける。そっと、触れようとすると――
「…………ううん……触ろうとしても……すり抜ける……」
指先は光の粒をすり抜け、何も感じない。少しだけ不安が滲む。
「感触も……ない……」
その表情を見て、リュカはやわらかく笑った。
「そっか。まぁ、昨日今日ですぐ出来るもんじゃないだろ。焦らなくて大丈夫だよ」
その言葉は、不思議とすっと胸に入ってくる。
「ほら、“入口に立ったばかり”って言われただろ?」
「……うん……」
「なら、ゆっくりでいい」
穏やかな声。安心させるような声色。
「不安ならいくらでも付き合うし。一緒に練習しよう」
「……」
その言葉を、心の中で繰り返す。
ゆっくりでいい。
ひとりじゃない。
「……うん……ありがと……」
小さく頷く。
「焦らず……ゆっくり……」
言葉にしながら、少しずつ整理されていく。
その時、二階から物音がした。扉の開く音。やがて、階段を下りてくる足音。
「……おはよう。……早いな」
少しだけ気まずそうなユリウスが姿を見せる。
「おはよう。本借りてたぞー」
リュカは普段通りに手を上げる。その温度差に、ユリウスは一瞬だけ間を置いた。
そこへ、客間の扉も開く。
「おはよー……よく寝たぁ……お腹空いたぁ……」
ライラがあくびをしながら出てきた。まだ半分夢の中のような声。
「簡単なもので良ければ、朝食を用意できるが」
「……えっ!?」
ユリウスの言葉にライラが一瞬で目を覚ます。
「いいの!?じゃあ遠慮なく!お願いします!!」
さっきまでの眠気はどこへやら。その変わり身に、リュカとセラフィナは顔を見合わせる。
――そして、同時に吹き出した。
朝の静かな空間に、笑い声が広がる。やがてテーブルに並んだのは、思っていた以上にしっかりとした朝食だった。
焼かれたベーコンの香ばしい匂い。新鮮なサラダ。パンにチーズ、そしてオレンジ。
三人は思わず目を輝かせる。
「普通に豪華なんだけど……」
「これ、毎朝?」
そんな会話をしながら、食事が進む。穏やかで、満たされた時間。
その後、自然な流れで話はまとまった。しばらくは休息を取ること。三日後にまたギルドで集合すること。それぞれが頷き合う。
ユリウスの家を出て、帰り道。並んで歩く、セラフィナとライラ。朝の空気はまだ少し冷たくて、けれどどこか心地いい。
しばらく無言で歩いたあと。
「ねぇ、セラフィナ」
ライラが、少しだけ声を落として言った。
「明日、午後からお出かけしない?」
その言葉が、新しい何かの始まりのように、静かに響いた。
少しずつ距離が縮まる二人。




