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聖槍の光、魔杖の夜  作者: 望月華月
1章 グレイスロウ
29/59

22話後編 ユリウス邸にて

 リュカに促され、セラフィナは隣のソファに腰を下ろした。その瞬間、体がふわりと沈む。思っていた以上に柔らかく、弾むような感触に思わず小さく跳ねてしまう。

「……っ」

 自分の動きに気づいた瞬間、顔が熱くなり慌てて俯く。

「ははっ」

 隣で、リュカが小さく笑った。楽しそうに背もたれへ体を預ける。

「めっちゃいいよな、このソファ。俺も部屋借りたら、こういうの欲しいなぁ」

 その声に、少しだけ首を傾けた。

「セラフィナの家にはソファとかないの?」

「うん……あんまり家具置いてないから……」

「そっか。まぁ、人それぞれだよな」

 リュカは気にした様子もなく頷いた。その軽さに、少しだけ肩の力が抜ける。

 

「それにしても、昨日は楽しかったな」

 思い出すように笑う。

「依頼も一段落したし、飯も美味かったし……セラフィナもお酒デビューできたし」

「……うん……楽しかったし、美味しかった……」

 言葉にすると、胸の奥にじんわりと温かさが広がる。

「あ、でも、酒飲むなら、しばらくは仲間内か自分の家だけにしとこうな」

 リュカが少しだけ真面目な声でそう言った。言葉の裏にあるものを、なんとなく感じ取る。

「……そうする……」

 小さく頷く。それを見て、リュカはほんの少しだけ安心したように息を吐いた。

 

 少し間を置いてから、リュカが口を開く。

「そういえばさ、昨日の精霊の話だけど。ちょっと聞いていい?」

「うん……」

「どんな感じなんだ?精霊って」

 セラフィナは少し考えてから、視線を上に向ける。

「……なんか……四つの色の、小さい光の粒が……ふよふよしてる……」

 言葉にしながら、自分でも不思議に思う。

「……不思議……なんで今まで見えなかったのか分からないくらい……」

 

 その瞬間、視界の端で光が揺れた。自分の手の上で、四つの光が跳ねるように動く。まるで、何かを伝えようとしているみたいに。

「……」

 思わず見つめ、なんとなく呟いた。

「……なんか……喜んでる……のかな……」

「今も、ここにいるのか?」

 リュカが身を乗り出し、セラフィナの手元を覗き込む。

「うん……」

 セラフィナが顔を上げたその瞬間、視線がぶつかる。

 近い。

 思っていたよりも、ずっと。赤い瞳が、すぐそこにある。光を受けて、静かに揺れるその色に、ほんの一瞬目を奪われる。長いまつ毛が、わずかに影を落とす。

 

(……綺麗だ)

 

 そんな言葉が、思考の中に浮かんだ瞬間。

「っ!」

 リュカがはっとして、体を引いた。

「ごめん、近づきすぎた!」

 慌てて背筋を伸ばす。自分でも分かるくらい、顔が熱い。セラフィナもまた、耳まで赤くなって視線を落とす。

 

「……いい……大丈夫……」

 

 小さく、ぽつりと零す。その声は、拒絶ではなく、どこか少しだけ柔らかい。リュカは軽く咳払いをして、空気を整える。

「……えっと、さっきの続きだけど」

 少しぎこちなく言葉を繋ぐ。

「リシェルさん、“見て、触れて、対話する”って言ってたよな」

「うん……」

「今は“見る”はできてる。次の“触れる”って、できそうか?」

 セラフィナは手の上の光に意識を向ける。そっと、触れようとすると――

「…………ううん……触ろうとしても……すり抜ける……」

 指先は光の粒をすり抜け、何も感じない。少しだけ不安が滲む。

「感触も……ない……」

 その表情を見て、リュカはやわらかく笑った。

「そっか。まぁ、昨日今日ですぐ出来るもんじゃないだろ。焦らなくて大丈夫だよ」

 その言葉は、不思議とすっと胸に入ってくる。

「ほら、“入口に立ったばかり”って言われただろ?」

「……うん……」

「なら、ゆっくりでいい」

 穏やかな声。安心させるような声色。

 

「不安ならいくらでも付き合うし。一緒に練習しよう」

 

「……」

 その言葉を、心の中で繰り返す。

ゆっくりでいい。

ひとりじゃない。

「……うん……ありがと……」

 小さく頷く。

「焦らず……ゆっくり……」

 言葉にしながら、少しずつ整理されていく。

 

 その時、二階から物音がした。扉の開く音。やがて、階段を下りてくる足音。

「……おはよう。……早いな」

 少しだけ気まずそうなユリウスが姿を見せる。

「おはよう。本借りてたぞー」

 リュカは普段通りに手を上げる。その温度差に、ユリウスは一瞬だけ間を置いた。

 そこへ、客間の扉も開く。

「おはよー……よく寝たぁ……お腹空いたぁ……」

 ライラがあくびをしながら出てきた。まだ半分夢の中のような声。

「簡単なもので良ければ、朝食を用意できるが」

「……えっ!?」

 ユリウスの言葉にライラが一瞬で目を覚ます。

「いいの!?じゃあ遠慮なく!お願いします!!」

 さっきまでの眠気はどこへやら。その変わり身に、リュカとセラフィナは顔を見合わせる。

――そして、同時に吹き出した。

 

 朝の静かな空間に、笑い声が広がる。やがてテーブルに並んだのは、思っていた以上にしっかりとした朝食だった。

 焼かれたベーコンの香ばしい匂い。新鮮なサラダ。パンにチーズ、そしてオレンジ。

 三人は思わず目を輝かせる。

「普通に豪華なんだけど……」

「これ、毎朝?」

 そんな会話をしながら、食事が進む。穏やかで、満たされた時間。

 その後、自然な流れで話はまとまった。しばらくは休息を取ること。三日後にまたギルドで集合すること。それぞれが頷き合う。


  

 ユリウスの家を出て、帰り道。並んで歩く、セラフィナとライラ。朝の空気はまだ少し冷たくて、けれどどこか心地いい。

 しばらく無言で歩いたあと。

「ねぇ、セラフィナ」

 ライラが、少しだけ声を落として言った。

 

「明日、午後からお出かけしない?」

 

 その言葉が、新しい何かの始まりのように、静かに響いた。

少しずつ距離が縮まる二人。

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