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聖槍の光、魔杖の夜  作者: 望月華月
1章 グレイスロウ
28/54

22話前編 ユリウス邸にて

 ユリウスの背を追って歩くこと数十分。

 賑やかな商業街を抜けると、空気が少し変わる。人の数は減り、代わりに整えられた街路と、手入れの行き届いた建物が並び始める。

 辿り着いたのは、貴族たちが住まう区画の端。端とはいえ、そこに建つ家々はどれも広く、庭付きが当たり前のように並んでいる。

 その一角で、ユリウスが足を止めた。品の良い庭に囲まれた、落ち着いた色合いの一軒家。過度な装飾はないが、どこからどう見ても“良い家”だった。

「……え、ユリウス、あんたこんな所に住んでるの?」

 ライラが若干引き気味に呟く。

「上級冒険者って儲かるのねぇ……」

「いや、これは……」

 ユリウスは少しだけ苦笑して、扉を開けた。

「遠慮なく入ってくれ」 

 中に入ると、薄暗かった室内に、次々と明かりが灯る。魔導ランプの柔らかな光が、静かに空間を照らしていく。油の匂いも煙もない、澄んだ光。それだけで、この家の格が分かる気がした。

 

 案内された客間は、落ち着いた色合いの調度品で統一されていた。無駄なものはなく、それでいて一つ一つが質の良いものだと分かる。

 部屋の奥、窓際には大きめのベッドが二つ並んでいる。

 リュカは腕の中のセラフィナを、そっとその一つに下ろした。ふわりと沈む寝具に包まれても彼女は目を覚まさない。むしろ安心したように、より穏やかな寝息を立てている。その表情に思わず視線が留まる。

「……」

 一瞬だけ見つめてしまい、はっとして顔を上げた。三人は静かに明かりを落とし、音を立てないように部屋を出てそのままリビングへと向かった。

 

 通されたリビングもまた落ち着いた品のある空間だった。革張りの一人掛けソファに腰を下ろすと、身体が自然と沈み込む。柔らかすぎず、けれどしっかりと支える感触。

 周囲には本棚が並び、そこには様々な書物が詰められていた。戦術、兵法、各国の情勢、魔法理論。どれも読み込まれているのか、背表紙にはわずかな使用感がある。

 机や棚も、さりげなく良い品で揃えられている。

 そんな中、ワゴンを押してユリウスが戻ってきた。赤ワインと、グラスが三つ。それに、チーズの盛られた皿。

「まだ飲めるよな?」

 どこか楽しそうに言う。

「飲めますけどー……」

 ライラがグラスを受け取りながら、周囲を見回す。

「なんか……汚しそうで落ち着かない……」

「そうか?別に気にしないぞ」

 ユリウスは不思議そうに首を傾げた。そして少しだけ視線を逸らす。

 

「……実は、人を家に上げたのは家族以外初めてなんだ」

 

 わずかに頬が赤くなっている。その言葉に、リュカはグラスを受け取りながら問いかけた。

「そうなのか。他のパーティの時も?」

「あぁ」

 短く頷く。

「そりゃ光栄だなぁ」

 リュカは素直に笑った。

 それから三人は、他愛のない話をしながらグラスを傾ける。静かな部屋に、ぽつぽつと会話が続く。酒場とは違う、落ち着いた時間。気づけば三本目が空いていた。

「……もうダメだ……眠い……」

 ライラがふらりと立ち上がる。

「私も寝てくる……」

「客間は内側から鍵がかかる。入ったら施錠するんだぞ」

「はいはい、お気遣いありがと。じゃあお先に、おやすみー」

 軽く手を振りながら部屋を出ていき、そのままセラフィナの眠る客間へと消えていった。

 

 残されたのは二人。静かな空間に、ワインを注ぐ音が小さく響く。四本目のボトルが開けられる。

「ユリウス、結構飲むよな……」

「リュカも人のこと言えんぞ」

 軽く笑い合う。グラスを傾けながら、リュカは部屋を見回した。

「てか、家でかすぎないか?」

 率直な疑問が口をつく。

「これも実家の関係で?」

「そうだな……」

 少しだけ考えてから、ユリウスは続けた。

「俺は上に四人、兄がいるんだが」

「四人!?多っ」

 思わず声が出る。ユリウスは小さく笑った。

「まぁ貴族にはよくある話だ」

 そして少しだけ視線を落とす。

「その兄たちが、どうも俺に過保護でな」

「へぇ。大事にされてるんだな」

「冒険者になると言った時は反対されなかったが……家を出ると言ったら大反対された」

「えっ……」

 意外そうに目を瞬く。

「その妥協点が、この家だ」

「なるほどなぁ……大事にされるのも、それはそれで大変そうだ」

 ユリウスは苦笑しながらグラスを傾けた。


 少し間を置いて、ふと視線を向ける。

「……これは聞いていいのか分からんが」

 少しだけ迷うように視線を彷徨わせた。

「リュカは、なぜこの街に来た?」

「んー?」

 軽く考えるように視線を上げる。

「なんでかぁ……しいて言うなら、ここが一番遠かったからかな」

「遠い?」

「故郷から。一番遠くて、一番デカいダンジョンがある場所」

 グラスを軽く揺らす。

「まぁ、それだけで来たわけじゃないけどさ」

「ここはどうだ?」

「うん、いい街だよ。活気あるし、居心地もいいし」

 少し斜め上を見ながら考えるように答えていく。

「冒険者だらけで仕事も尽きないし、稼げるしな」

 そして、少しだけ柔らかく笑った。

 

「できれば、ずっとここに住みたいぐらいだ」

 

 その言葉に、ユリウスの表情がふっと緩む。

「そうか……」

 グラスを持ったまま、にこにこと笑っている。

 

「長くここにいてくれると、俺も嬉しいぞ」

 

「……」

 突然、素が出たような言葉にリュカが固まる。

 特に色の変化が見られないユリウスの顔をじっと見つめてから、眉をひそめた。

「……ん?ユリウスお前、さては結構酔ってるな?」

「酔ってない」

 即答だった。

「いやいや、今の絶対素だろ。普段そんなこと言わないじゃん!」

「言うぞ」

「言ってないって!」

 そんなやり取りを何度か繰り返し、やがてどちらともなく笑う。結局、そのまま片付けて寝ることになった。

 

 翌朝、ユリウスは目を覚ました瞬間、天井を見つめたまま動かなくなった。そして数秒後、顔を覆う。

――やってしまった。

 記憶は、ある。全部、ある。昨夜の自分の発言を。

 俺何言ってんだ…と小さく呟き、静かにベッドの上で悶えてしまう。しばらく起き上がれそうにない。

 一方で、リュカはすでに起きていた。リビングのソファに腰掛け、本棚から取り出した戦術書を読んでいる。静かな朝の光が差し込む中、穏やかな時間が流れていた。


  

 セラフィナが、ゆっくりと目を覚ました。

「……?」

 見慣れない天井。柔らかな寝具。そして、どこか落ち着いた空間。慌てて身体を起こし周囲を見渡すと、隣のベッドではライラが丸くなって眠っていた。

「……え?」

 状況が、まったく理解できない。

 昨日、みんなでお酒を飲んでいたところまでは覚えている。その先が、ない。

 どうしてここにいるのか。どうしてライラが隣で寝ているのか。一体ここはどこなのか。

 胸の奥に小さな不安が生まれる。意を決して扉へ向かい、そっと開けると廊下の先に人影が見えた。リュカがソファに座り本を読んでいる。

 

「あ、セラフィナ起きた?おはよう。気分悪いとかない?」

「……おはよ……大丈夫だけど……ここ、どこ?」

 数秒、二人の間に沈黙が落ちたが、リュカが思い出したように答える。

「あぁ、そうだよな。ここ、ユリウスの家」

 一拍置いてゆっくり話し始める。

「セラフィナ、あの後寝ちゃってさ。全然起きなかったから家まで送ろうとしたんだけど、場所分からなくて」


「で、みんなでここに押しかけたってわけ」

「……」

 言葉を聞いた瞬間、セラフィナの顔色が少しだけ変わる。

「寝ちゃっ……たの……」

 小さく呟く。

「みんなに……迷惑……」

「誰もそんなこと思ってないって」

 すぐに言葉が返ってくる。

「大丈夫。よくあることだよ」

「でも……」

 言いかけた言葉を、やわらかく遮る。

「あぁ、気にしすぎ」

 リュカは軽く笑った。

「仲間なんだからさ」

 その言葉に、セラフィナの動きが止まる。

「仲間……」

 小さく繰り返す。

「うん、そうだよ。……立ってるのもなんだし、こっち座りな」

 リュカは穏やかに笑ったまま隣のソファを軽く叩いた。

戸惑いの朝(笑)

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