21話 酒場にて
ギルド奥にある冒険者酒場“深層の灯”は、今日も賑わっていた。木造りの店内には笑い声と食器の触れ合う音が満ちていて、熱気すら心地いい。
広いホールにはオープンな席が並び、その奥には仕切られた半個室。打ち合わせにも使われるその席は、喧騒から少し距離を置ける分、落ち着いて過ごせると評判だ。
同じくギルド直営の“竜骨亭”が腹を満たす豪快な料理で人気を集めるなら、ここは酒と時間を楽しむ場所。甘味やカクテルが評判の“蒼の酒場”とはまた違った、程よいざらつきと温かさがある。
四人はその半個室の一つに陣取っていた。
テーブルの上には、料理と酒が所狭しと並んでいる。
焼きたての肉料理に香草の香りが立ちのぼり、揚げ物の衣は軽やかに色づき、湯気の立つスープが食欲を誘う。
席順は自然と決まった。リュカの隣にセラフィナ、向かいにユリウス、その隣にライラが座る。
「そんじゃまぁ、無事の帰還に――」
ライラがグラスを掲げる。
「かんぱーい!」
軽やかな音が重なり、四つのグラスが触れ合う。ライラはそのままエールを一気に流し込み、勢いよく息を吐いた。
「……っはーーー!生き返ったーー!」
体の芯から満足がにじみ出ている。
「仕事後の一杯は最高ね!あ、エールおかわりくださーい!」
その勢いに、思わず笑いが漏れる。リュカとユリウスもそれぞれグラスを傾け、喉を潤す。セラフィナの手元には、透明なグラスに注がれたりんごソーダが静かに泡を弾いていた。
依頼を終えたばかりの解放感が、空気をやわらかくする。料理も酒も自然と進み、会話も弾む。
半個室という空間の安心感もあってか、セラフィナはフードを外していた。その横顔はどこか穏やかで、ほんの少しだけ表情が柔らかい。
「そういえばさ」
食事もひと段落したところで、ライラが思い出したように顔を上げる。
「セラフィナ、お酒飲んでないわよね。飲めないの?」
問いかけられて、セラフィナは少しだけ肩をすくめた。どこか照れたように視線を落とす。
「……えっと……飲んだことなくて……」
「えぇ!?一回も?」
「うん……こういうところに来たのも初めてで……」
言いながら、グラスを両手で持ち、そっと口をつける。
「……楽しい……」
頬がほんのり赤く染まり、そのまま小さく微笑んだ。
――その一瞬で、空気が止まる。
「……っ」
ライラはそのまま机に突っ伏した。
「ちょっと待って無理……かわいすぎる……」
完全にやられている。
リュカは思わず笑い、ユリウスはどこか保護者のような眼差しでその様子を見ていた。
かつては魔力の暴走を恐れて、人との距離を避けていた彼女が今、こうして同じ卓を囲んで、楽しそうに笑っている。
その事実だけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「これからさ、たくさん来ようよ。みんなで。せっかく仲良くなれたんだし」
セラフィナの方を見て、少しだけ笑う。言葉を選ぶようにゆっくりと、ほんの少しだけ声が柔らかくなる。
「楽しいって思うこととか、セラフィナがやりたかったこととか。一緒にやろう」
その言葉は、静かに、けれど確かに届く。胸の奥に、じわじわと染み込んでいくように。セラフィナは目を見開き、そして小さく息を吸ってから、頷いた。
「……!うん!」
今までで一番、はっきりとした綺麗な笑顔だった。
「……お酒……飲んでみようかな……」
ぽつりと呟いたその一言に、ライラが即座に反応した。
「よーし来た!任せなさい!」
勢いよく立ち上がり、店員を呼ぶ。
ほどなくして運ばれてきたのは、淡い色の液体が揺れるグラス。りんごの香りがふわりと広がる、軽い口当たりの酒――シードル。
他の三人も、それぞれスパークリングワインを手に取り、改めてグラスを掲げる。
「じゃあ改めて」
ライラがにやりと笑う。
「セラフィナのお酒デビューに、かんぱーい!」
軽く触れ合う音。セラフィナは少しだけ緊張した様子でグラスを持ち上げ、そっと口をつける。
一口。
「……美味しい……」
目を丸くして、素直にそう呟いた。
その後も、口当たりの優しい酒を少しずつ。新しい味を知るたびに、表情が少しずつほどけていく。
初めての酒の時間は、ゆっくりと、楽しい記憶として積み重なっていった。
――
「おーい、セラフィナー、起きてー」
リュカが横から声をかける。しかし、返事はない。こくり、こくりと小さく頭が揺れている。
「……あれぇ?」
ライラが首を傾げる。
「そんな強いお酒じゃなかったんだけどなぁ……」
ユリウスが静かに言う。
「今日は色々あった。疲れていたんだろう」
その言葉に納得しつつも、リュカは困ったように笑う。
「どうしようか……運ぶにしても、セラフィナの家わかる?」
二人は同時に首を横に振る。
「だよなぁ……セラフィナー……起きろー」
もう一度呼びかけるが返事はない。完全に眠っている。三人で顔を見合わせた。
「……あっ!」
その時ライラがぱっと顔を上げた。
「ユリウス!あんたの家にみんなで行けば解決じゃん!」
名案、と言わんばかりに手を叩く。ユリウスが目を見開く。
「……は?」
リュカは苦笑しながら横を見る。
「部屋余ってんでしょ?」
ライラの目は完全に好奇心で輝いていた。
「まぁ……余ってはいるが……」
「でしょ!?決定!」
元気よくそう決めた後のライラの動きは素早かった。
「リュカ、セラフィナ落とすんじゃないわよ」
すでに会計を済ませ、出口へ向かっている。程よく酔っているせいか、足取りも軽い。
「…………ユリウス、いいのか?」
「…………こういう時はな」
遠い目をしながら呟く。
「女性陣に逆らわない方がいいと聞く」
「……そっかー……」
「……行くか」
諦めたように立ち上がった。
リュカはそっと、セラフィナを抱き上げた。
軽い。――思っていたよりもずっと。
腕の中で、彼女は静かに寝息を立てている。頬は酒の影響かほんのりと赤く、無防備なほど穏やかな表情。
――こんな顔、初めて見た気がする。
守るべき対象として抱えるのとは、どこか違う感覚。妙に意識してしまう距離。
「……」
思考が、少しだけ追いつかない。
(……かわいい)
(無防備すぎる)
(……え、なにこれ)
そんな言葉が、頭の中でぐるぐると答えの出ないまま巡る。
腕の中の温もりと、微かな重みが、やけに意識に残って離れなかった。
こういう話が1番楽しい!
編集してたつもりがされてなかった(´・_・`)




