20話後編 精霊魔法
リュカ視点寄りに戻りました。
「どうしたら……あなたみたいに制御できるようになるの……?」
セラフィナの視線は、リシェルの手の上にいる金色の鳥に向けられていた。
その声にはもう、先ほどまでの揺らぎはほとんどない。
迷いは残っているはずなのに、それでも前を見ようとしているのが分かる声音だった。
リシェルは少しだけ考えるように首を傾け、それから肩をすくめた。
「んー……ここじゃ時間が足りなすぎるなぁ」
いかにも面倒くさそうに、だがどこか楽しげに続ける。
「こっちはこっちで、やりたくもない仕事を片付けなきゃいけないしさぁ……せっかく良い研きゅ――ごほん、精霊魔法仲間ができたっていうのに」
一瞬、言いかけた単語に全員が反応しかけて、しかし何も言わずに飲み込んだ。
今、絶対に“研究対象”って言いかけた。
空気の中に、そんな無言のツッコミがどことなくと漂う。
「まぁ、今言えるのは一つだけだね」
気にした様子もなく、リシェルは指を立てた。
「君の傍にいる精霊を怖がらないこと。ちゃんと向き合って、受け入れること」
その言葉は意外なほど真っ直ぐだった。
「魔力制御と同じさ。理解して、馴染ませていくんだ」
「何か進展があったり、困ったことがあったら僕の研究室においで」
「……わかりました」
セラフィナは、小さく頷いた。その表情に、先ほどまでの戸惑いはほとんど見えない。完全に消えたわけではないのに、それでもしっかりと前を向いている。
その変化に、リュカはほんの少しだけ安堵する。
「あぁ、そうだ」
ふと思い出したように、リシェルが視線をずらした。
「そっちのリュカ君だったね、君にもそそられる」
「……は?」
一瞬、背筋にぞくりとしたものが走る。何か良くないものに目を付けられた気がした。
次の瞬間、リュカ以外の三人が反射的に立ち上がりかける。
「いやいや違う違う」
リシェルは慌てたように手を振った。
「魔力量がね、尋常じゃないからさ。純粋に興味深いってだけだよ」
にこりと笑う。その笑顔が余計に信用ならない。
「僕の魔法研究の一環で、そのうち協力してもらえたら嬉しいなぁって」
「……あ、はぁ……気が向けば、そのうち……」
視線を逸らしながら、曖昧に濁した。関わりすぎるとろくなことにならない気がする。本能がそう告げていた。
「じゃあ僕はこの辺で。グスタフ君、今日は有意義な報告会だったね。管理室に寄って帰るからよろしく」
満足したように頷くと、リシェルはひらりと手を振り、そのまま軽い足取りで部屋を出ていった。扉が閉まった後、わずかな沈黙が落ちる。
「……昔からあいつはああなんだ」
グスタフが、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
「なんか……すまなかった……」
「……イイエ……」
ぎこちない空気が、ほんの少しだけ残る。グスタフは小さく咳払いをひとつして、空気を切り替えた。
「報告はこれで終わりだな。ご苦労だった。数日は指名依頼は控える。ゆっくり休んでくれ」
その言葉に、張り詰めていたものが少しだけ緩む。
「あの、さっきの話は……」
リュカが遠慮がちに手を挙げる。グスタフはそれを見て、短く頷いた。
「ここで話したことは外には漏らさん。安心しろ」
それだけで十分だった。
「今回の指名依頼の達成報酬は、それぞれタグに振り込んであります」
マイアが柔らかく微笑む。
「それと、回収していただいた素材については……少々お時間をいただければと……」
少しだけ言いにくそうに視線を落とす。ユリウスが静かに口を開いた。
「研究所から何か言ってきたか?」
「あ、いえ……その……」
マイアは一瞬言葉を詰まらせてから、申し訳なさそうに続けた。
「もう少しお待ちください。必ず何とかしますので」
「……わかった。どうにもならなかったら言ってくれ。俺が行く」
その一言に、マイアはほっとしたように小さく頭を下げた。
会議室を出て、廊下を歩く。さっきまでの空気が嘘のように、静かな時間が流れる。
誰も何も言わないまま、しばらく歩いているとライラが口を開いた。
「なんか、すごい報告になっちゃったね……でもさ、セラフィナの体質について、原因が分かったのは良かったよね!」
振り返っていつもの調子で笑う、その明るさに空気が少しだけ軽くなる。
「……うん」
セラフィナが、小さく頷く。その表情はどこか柔らかくて、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
不安も、戸惑いも、まだあるはずなのに。
それでも前を向いている。それが分かる顔だった。
「さーて!」
ぱん、と軽く手を叩いて、ライラが先頭に立つ。
「気を取り直して、お疲れ会しよう!」
振り返るその顔は、完全に楽しむ気満々だ。
「久しぶりのお酒!美味しいご飯!」
その言葉に、張り詰めていた糸がほどけるように、自然と足が軽くなる。
向かう先は、ギルド奥にある酒場。冒険者たちの声と笑いが集まる場所。
さっきまで触れていた、少し難しい世界の話も、胸の奥に残る不思議な感覚も、ひとまずは全部置いていくように。
四人は、賑やかな灯りの方へと歩いていった。
変わり者研究者。自由人過ぎる。




