20話中編 精霊魔法
セラフィナ視点寄り続きます。
淡く揺れる光の粒が、静かに自分の周囲を漂っている。先ほどまで、そこには何もなかったはずなのに。今は確かに“在る”と分かる。
手を伸ばせば触れられそうで、それでいてどこか遠い。自分と同じ空間にありながら、違う存在のような、不思議な距離感。
視線を向けるだけで、わずかに近づいてくるような気さえして――思わず息を呑んだ。
「今、君は精霊魔法の入口に立ったばかりだ」
リシェルの声が、静かに響く。
「これから先、それを制御していけるかはセラフィナ君次第だね」
その言葉は突き放しているようでいて、不思議と責める響きはなかった。ただ事実を告げているだけなのに、胸の奥が少しだけ引き締まる。
「……魔力制御と、何が違うの……?」
自然と口をついて出た疑問だった。自分でも、何を知りたいのかはっきりしていない。それでも聞かずにはいられなかった。
「いい質問だ!」
途端にリシェルが身を乗り出す。先ほどまでの気怠げな空気が嘘のように、研究者らしく目だけが輝いている。
「“精霊魔法とは契約により、より強力な魔法を使える”――これが基本だね」
指先で机を軽く叩きながら続ける。
「通常の魔法は、精霊の恩恵こそあれど、使っているのは本人のマナ……つまり本質の力だ。だから自分で制御できる。これが魔力制御」
一拍置いて、わずかに声の調子が変わる。
「対して精霊魔法は契約によって成り立つ。精霊に“力を貸してもらう”状態……言ってしまえば外部の魔力器官だ」
外部。その言葉が、胸のどこかに引っかかる。
「だからこそ、精霊を見て、触れて、対話する。そうして初めて、精霊の魔力を制御できるようになるんだ」
――対話。
自分に、それが出来るのだろうか。目の前に浮かぶ光の粒を見つめながら、ふとそんな不安が過る。
「僕はねぇ」
リシェルが、ふっと視線を落とした。机に肘をつき、手のひらに顎を乗せるような姿勢のまま、もう片方の手で自分の精霊を撫でている。先ほど見た、あの金色の鳥。
「正直、この言い方はあまり好きじゃないんだよ。“外部の魔力器官”ってやつ」
その声は、先ほどまでよりもわずかに柔らかい。
「精霊は道具じゃない。“パートナー”として共にあるべきなんだ」
静かな言葉だった。けれど、それは妙に胸に残る。
精霊と、共にある。
今、自分の周りにいるこの光たちも――
「……まぁ、それは置いといて」
軽く肩をすくめ、空気を戻すように笑う。
「話が進まないから次ね」
そして、少しだけ真面目な顔に戻った。
「精霊魔法ってのはね、少し厄介な面もある」
指先が止まり、視線が上がる。
「契約者の感情の変化で、魔法が発動してしまうことがあるんだよ」
ゆっくりと、言葉を選ぶように。
「言うなれば……“自動防御性能”ってところかな」
その言葉を聞いた瞬間。――心の奥に、何かが触れた。ほんの一瞬だけ幼い頃の景色が、脳裏をかすめる。
暖かな家。優しい声。伸ばされた手。
けれどそれは、すぐに沈んでいく。触れた瞬間に、手放してしまうように。
「……っ」
心臓の音だけが、やけに大きく響いた。
「その“自動防御性能”っていうのは」
リュカの声が、現実へ引き戻す。落ち着いた、いつも通りの声色。
「セラフィナの場合、ダンジョンの膨大な魔力の波に触れて、それを攻撃と勘違いして、精霊が暴走してる……ってことで合ってますか?」
リシェルは少し考えるように目を細めた後、軽く頷いた。
「んー……まぁ、その認識で大体合ってる」
あっさりと肯定する。
「セラフィナ君がダンジョンで魔力の乱れを起こしてたのも、暴走してたのも……全部、精霊が君を守ろうとして勝手に反応していただけだね」
――守ろうとして。
その言葉が、胸の奥に落ちる。今まで、自分のせいだと思っていた。制御できない自分が未熟だからだと。危険な存在なんだと、どこかで思い込んでいた。
けれど、違った。理由があった。自分の中ではない“何か”が、働いていた。
それが分かった瞬間、胸の内に広がるのは――安堵だけではなかった。
戸惑い。納得しきれない感情。そして、少しだけの怖さ。ぐるぐると、整理のつかない感情が渦を巻く。
「……今まで気づいていなかったことは仕方ないさ」
リシェルの声が、静かに落ちてくる。
「大事なのは、今を受け入れて、制御していくこと」
視線が、まっすぐこちらに向けられる。
「精霊はパートナーなんだから」
息が、浅くなる。考えがまとまらない。頭の中で、言葉がぐるぐると巡る。理解したいのに、うまく掴めない。安心していいはずなのに、胸がざわつく。
気づけば、体の内側の流れも乱れ始めていた。魔力が、微かに揺れる。呼吸と一緒に、不安定に波打つ。どうしていいのか分からない。
――その時。
ふっと、背中に温もりが触れた。やわらかく包み込むような感覚。乱れていた思考がすっと静まっていき、波立っていた魔力も、ゆっくりと凪いでいく。
横を見ると、そこにいた。リュカが、いつもと同じ穏やかな表情でこちらを見ている。
「……大丈夫。落ち着いたか?」
その声を聞いた瞬間。張り詰めていた何かが少しだけほどけた。
「……うん……ありがと……」
小さく息を吐く。ゆっくりと、深く呼吸をする。
――大丈夫。
今は、ひとりじゃない。
胸の奥に、さっきまでとは違う静けさが広がる。まだ分からないことばかりだ。怖さも、戸惑いも消えてはいない。
それでも。
「……私」
言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開く。
「ちゃんと、制御できるようになりたい……」
それは、逃げないという意思だった。
自分の力からも、自分の過去からも。ほんの少しだけ前へ進むための、確かな一歩だった。
少しずつ前向きに。




