15話前編 情報整理
湯気の記憶が、まだ身体の奥に残っている。
焚き火を囲む四人の間に流れる空気は、いつもより少しだけ緩んでいた。ぱちぱちと燃える火の音を聞きながら、リュカは膝を抱えるように座り込み、深く息を吐く。
「風呂……すごかった……」
思わず漏れた呟きに、隣に座っていたユリウスが静かに頷いた。
「同意だ……」
二人とも、どこか魂が抜けたような顔をしている。
その様子を見て、ライラが肩を震わせながら笑った。
「ふっふっふ、そうでしょう!」
まるで悪戯が成功した子どものような顔だ。
「今回みたいなパーティの時は、出来るだけあれやることにしてるのよ。ダンジョンで温泉、最高でしょ?」
「これは……癖になってしまいそうだ……」
ユリウスが遠い目で呟き、リュカも深く頷いた。
「危険だよな……これ。次に別のパーティに入ったりした時とかさ」
「……うん」
「当たり前に出来るって思ったら、たぶんダメなんだよな……」
火を見つめながらそんなことを言う二人に、ライラはついに吹き出した。
「ちょっと、何その抜け殻みたいな顔!」
「いや、だってな……今までのダンジョン生活が一気に塗り替えられた気分なんだ」
ユリウスの真面目な口調に、リュカが笑いながら頷く。
「わかる。俺も同じだ」
そんなやり取りの中で、ふと視線を上げると、セラフィナが静かに焚き火を見つめていた。
何か言いたそうにしている。ライラがそれに気づき、少し身を乗り出した。
「セラフィナ、何かあった?」
声を掛けられた瞬間、セラフィナの肩が小さく震える。少し迷うように口を開き、小さな声で言った。
「……あ……明日からの……事……どうするのかと思って……」
その言葉で空気が少し引き締まった。リュカとユリウスが同時に我に返る。ユリウスは小さく咳払いをして姿勢を正した。
「セラフィナの言う通りだ。今のうちに、明日からのことを整理しておこう」
焚き火の火が揺れる。ユリウスは指を折りながら続けた。
「まず一つ。現在の消耗品がどこまで減っているか」
「二つ。消耗品の状況によって、一度上へ戻るかどうか」
「三つ。四十五階層で回収した、キメラ、カトブレパス、オルトロスの魔石と素材の扱い」
そこで一度言葉を区切り、三人を見渡す。
「そして四つ。調査を続ける場合、ここまでの情報から各自がどう考えているか」
「おお、議題が多いな」
リュカが苦笑する。
「こういうのは整理しておいた方がいいからな」
ユリウスは落ち着いた声で答えた。
「ではまず、消耗品の残りから確認しよう」
魔法鞄を持ち、自分から話し始める。
「俺はヒールポーションが十本、マナポーションが九本。包帯や傷薬も手つかずだ。食料に関しては固形の携帯食が一週間分。炊き出し用の食料は……」
ちらりとライラを見る。
「ライラが基本的に管理してくれていたな」
「そうね」
ライラは肩をすくめながら答えた。
「消耗品はヒールポーション十、マナポーション八。包帯や傷薬は全部そのまま。……食料は携帯食が一週間分。炊き出し用は節約して残り一週間ってとこかな」
そう言って、隣のセラフィナを見る。
「セラフィナは?」
セラフィナは少し考えてから答えた。
「……ヒールポーション十……マナポーション九……後は……全部残ってる。食料は……携帯食が一週間分」
「優秀」
ライラが即座に頷く。
リュカも笑いながら言った。
「俺は消耗品、全然減ってないな。減ったの食料ぐらい。残ってるのは固形の携帯食が一週間分」
その報告を聞き終えたユリウスが、小さく息を吐いた。
「ヒーラーが優秀だと、ここまでポーション類が減らないとは……」
「みんなそんな無茶しないからな」
リュカが軽く笑う。
「ちゃんと怪我しないように立ち回ってくれてるし」
その言葉に、セラフィナが少しだけ視線を伏せた。
焚き火の火が揺れる。ユリウスは再び口を開いた。
「次に、一度上へ戻るかどうかだ。この量なら、厳しめに見て五日は調査を続けられる」
リュカへと視線を移すと「どう思う?」と問いかけた。
少し考えたあと、リュカはゆっくり頷いた。
「このまま調査を続けた方がいいと思う。……もう少し下の階層の様子も知りたい」
火を見つめながら続ける。
「そうすれば、四十五階層が原因の中心だったのかどうか、見えてくるんじゃないか」
「私も賛成」
ライラが頷く。セラフィナも小さく頷いた。それを確認して、ユリウスは結論を出した。
「では調査は続行。最長でも五日」
三人をゆっくり見渡す。
「五日経ったら、何があっても上へ戻る」
三人が同時に頷く。
火の向こうで、ユリウスが次の話題に移った。
「次に、回収した魔石と素材だが…かなりの量だ。売れるものは全て換金して、きっちり四等分にする予定だが」
そこで少しだけ声の調子が変わった。
「調査依頼で入手した物だから、研究所の連中が『そのままよこせ』と言ってくる可能性がある。……どうする?」
その瞬間、ライラの眉がぴくりと動いた。
「これだから頭でっかちなヤツらは……」
肩をすくめて笑う。
「ありそうよねぇ、それ」
そして、にやりと笑って手を挙げた。
「その場合、依頼料の上乗せを研究所に要求しまーす!」
リュカが吹き出す。
「強い」
「当然でしょ。こっちは命張ってるんだから」
ユリウスも静かに頷いた。
「承知した。その辺りの交渉は俺に任せておけ」
その言葉にリュカが頷く。
「売れる素材に関しては四等分で構わないよ」
セラフィナも静かに頷いた。
焚き火の火が、ぱちりと弾ける。ダンジョンの奥深く、静かな夜の中で四人の会話はまだ続いていく。
色々整理のお時間。




