120話前編 これからも。
アストレア王国からグレイスロウへ帰還した一行は、領主館でセリオンへ報告した後、元の生活へと戻っていった。
リュカは時には冒険者としてパーティでダンジョンに潜り、時にはダンジョン前で簡易診療所を開き、そしてユリウスを講師にマナー講座を開いてもらい、セラフィナと共に学んでいく。
時々、通信の魔導具でローランドと会話をすることもあった。
グレイスロウ領主へ取次の話もあれば、無茶しがちな娘への心配事やアストレアに出来た新しい店の話、奥さんへの惚気等、他愛のない話もする。
離れていてもこうして話す機会が出来る事で、アストレアの様子もいち早く知ることが出来、リュカはその度胸を撫で下ろしていた。
故郷には未練は無いが、そこに残る人々が活き活きとしている様子を聞く事に安堵しているのだろう。
アストレア王国への訪問で改めて知り合った人達も、軍にいた頃リュカが治した人達とも顔見知りにはなったのだ。
その人達の幸せを遠くから祈る事ぐらいは許されるだろうと、通信を切った後にリュカは故郷のある方の窓から空を見上げていた。
その時、部屋の扉を叩く音がして、扉を開けるとセラフィナがマナー講座の本を抱えて立っていた。
「リュカ、そろそろユリウスが来る時間だよ」
「あぁ、もうそんな時間か。今行くよ」
「今日はライラがレンティスさんも連れて来るって」
「えっ!?なんで!?」
「経過確認って言ってた」
「あぁー……マジかぁ……自信ないわぁ……」
「私も……ライラが頭抱えてたの今なら良く分かる……」
「ホントそれな……」
二人で並んで一階へ降りていく。しばらくリビングに座ってセラフィナと話をしていたら、ユリウス達がやって来た。
相変わらずセラフィナとライラは仲良しだし、ユリウスとレンティスもリュカと気の置けないやり取りをする。いつもの光景に、リュカは自然と口角が上がるのだった。
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それから五ヶ月が経ち、グランスロット家長兄のセリオンとグランヴェル帝国第三皇女、セレスティア・ニケ・グランヴェルの婚姻が結ばれる事となった。
リュカもグランスロットとして式への参加をする事になっており、昨日の夜から滞在中の領主館にて早朝から準備中である。
ユリウスやレンティスも一緒に礼服に着替えていく。
初めて袖を通したリュカの深緑色のモーニングコートはサイズがピッタリなものだった。一体いつ誂えた物なのか分からないが、採寸もした記憶が無いのに、と思い出し、改めてグランスロット家の情報網にゾッとするリュカだった。
「流石、よく似合ってるじゃん。僕の弟達は礼服も様になるねぇ」
そう言ってカラカラと笑うレンティスは騎士団の礼装に身を包んでおり、元々スタイリッシュな佇まいが更に洗練されているように見える。
隣に座っているユリウスも藍色のモーニングコートを着こなしていて、二人が座ってる辺りは妙に華やかな雰囲気を醸し出していた。
「こんな礼服着たこと無いんで汚しそうで心配ですよ……」
「それはもうお前の物だから気にしなくて大丈夫だぞ」
「マジかよ……」
「そうそう。それにセレスティア皇女のドレスも、僕らのパートナーのドレスもめちゃくちゃ張り切って母様が仕立ててたからねぇ」
「多分これを期に母がリュカにも色々買ってくると思うから、そこはもう諦めてくれ」
「マジで……?セリオンさんとめっちゃ親子感じるわ……」
「まぁ母様は早く誰か嫁を連れてこいってずっと言ってたからさぁ。一気に増えそうではしゃいでるんだよねぇ」
「俺は兄さんやリュカと違って他国の要人のエスコートだぞ?」
「まぁそれはそうなんだけど、とにかく女の子を着飾らせるのが夢だったみたいだから」
「男ばっかりだからな……グランスロット家は」
三人で談笑をしていると、女性達の準備が整ったと知らせが入り、リュカ達は席を立ち部屋を後にした。
女性達の準備をしているはずの部屋へと辿り着いた三人は、中から騒がしい声が聞こえ、思わず顔を見合せてしまった。
気を取り直したレンティスが扉を叩くと、領主夫人の侍女が扉を開けてくれる。
中に入ると水色のグラデーションがかかったドレスを着たライラが、アルバに褒めちぎられていた。
「あぁどうしましょうライラお姉様の美しさに皇女様が霞んでしまわないでしょうかスタイル良さが上部のコルセットで分かるし下に行くほど濃い青になってビジューが星空みたいに煌めいてるしもうそのスリットからチラッと見えるおみ足の長さが神がかっててデザイナーの方にお布施を積みたい気分ですそれに」
「あー……アルバ、みんな来たから落ち着いてほしいわ……」
「ホントそう……全部言わなくったってライラは綺麗だから」
「セラフィナまで……そういうセラフィナこそ本当に可愛いのよね!透明感あって森の妖精みたいよねぇ、リュカ?」
突然話を振られたリュカは肩を跳ねさせたが、改めてセラフィナへと視線を移した。
セラフィナが着ているのはシフォン生地の淡い緑色のドレスだった。五分袖のパフスリーブにもフリルが付いていて柔らかい雰囲気だ。
足首がギリギリ見えないぐらいの長さのふんわりとしたスカート部分は裾にもフリルがふんだんに使われている。
濃い緑色で蔦の意匠の刺繍が胸下まであしらわれており、所々に朝露のようにビジューが煌めいている。
胸下に濃い緑色の幅のあるサテンのリボンでウエストマークがされていて、後ろで大きなリボンが垂れていた。
「……リュカ?」
セラフィナを見て固まったリュカを少し不安そうに見上げるセラフィナの声に、リュカはハッとしたように口元に手を当てて少しだけ赤くなった顔を隠していた。
「……あぁ……凄い綺麗だな…可愛い…どうしよう……それ以上に褒めるにはどう言ったらいいんだ?」
「あ……もういいから……」
リュカの予想以上の反応に恥ずかしくなってしまったセラフィナも顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
「あらあら、セラフィナちゃんとリュカったらこんな可愛らしい反応してくれるなんて!デザイナー冥利に尽きるわねぇ」
ニヤニヤと笑いながら揶揄って来たのは、水色の髪を綺麗に結い上げた、何処と無くトールに似た雰囲気の美しいご婦人だった。
「……領主夫人、からかわないでください……」
「んもぅ!『お母様』って呼んでって言ってるのに!うちの六男はつれないったら!」
ポカポカとリュカの腕を叩くその婦人は領主夫人のジェシカだった。
「母様、リュカが困ってるんで止めたげて」
「レンティスはライラちゃんを褒め讃えとけば良いんだからほっといて欲しいわ!」
「えっ?そんな当たり前な事とっくにやった後ですけど?」
レンティスとライラの方へ顔を向けると、レンティスに肩を抱かれて猫耳までぺしゃんと寝てしまい、真っ赤になった顔を手で覆って俯いてるライラがいた。
その横でまるで拝んでるようにしゃがみ込んでいるアルバと、困った顔をしたユリウスが立っている。
「……うん……そうだった……レンティス、あんたはそういう子だったわ……」
「んふふ、思い出して貰って何より」
「はぁ……いつも通り過ぎて落ち着いて来たわ」
「僕のライラちゃんを美しく仕立ててくれたのは感謝してるよ」
「はぁ……ようやくセリオンがお嫁さんを捕まえてくれて、レンティスとリュカも可愛らしいお嫁さん候補を連れてきてくれたから、それぞれお互いの色味を使ったデザインのインスピレーションが沸きまくってたのよね。もう一目見た時から色々着せてみたくてさぁ」
「うんうん。分かるよ。それぞれ違う方向の可愛さがあるもんね」
「そう!!ライラちゃんはとにかくスタイルを活かしたかったし、セラフィナちゃんのこの透明感見て!!あー!!二人とも候補絞れなくって最後まで悩んだのよぉ!!」
「まだ五回も着せる機会あるからそん時が楽しみだね」
「本当にそう!!セレスティア皇女のドレスも渾身の出来だから、楽しみにしててよね!じゃあちょっとあっちの様子見てくるからまた後で」
一通り喋り倒し、ジェシカは部屋を出ていった。ユリウスが呆れたように声を出した。
「はぁ……母様は相変わらずだな……」
「まぁ今回は特に美人ばっかり揃ってるからねぇ」
少し落ち着いたのか、ライラが顔を上げて口を開いた。
「私、領主夫人があの有名な『クリスタルローズ』のブランドデザイナー『ティルザ』って知らなかったわ……」
「んふふ、敢えて隠してるらしいから。貴族から庶民まで、全ての人を楽しませるデザインをしたいんだってさ」
「そうなのね」
ふとセラフィナが思い出したように呟いた。
「そういえば冒険者服にもあったよね。『クリスタルローズ』の服」
「なんなら持ってるまであるわね」
「うん……」
「ちなみにあの人、素材を自分で狩りに行くからね。ダンジョンまで」
リュカはしばらく言われた意味がわからず困惑した表情をしていたが、みるみる驚き変わっていった。
「……?はぁ!?あんなに貴族って感じの人なのに!?」
「行動力と服飾にかける情熱だけは凄いんだ。ちなみに戦闘では父様より強いからな」
「はぁ……もうちょっとやそっとじゃグランスロットに驚かないつもりだったのに……」
「それと恋愛結婚なんだぞ、うちの両親……」
「それも驚きだわ……」
色々な驚きを残したが、式の時間が迫って来た為、リュカ達はそれぞれのパートナーをエスコートする事にした。
初登場、グランスロット兄弟の母。やはり只者では無い。
いつまでも初々しい二人は可愛いね。




