116話 親心、兄心、子心
グランスロットと名乗ったリュカをローランドは驚いたようにポカンと口を開けて見ていた。
驚きすぎて声が出てこないようだ。
それを見たレンティスは組んでいた足の上に手を乗せるとにっこりと笑う。
「窓口はグランスロットの可愛い末弟ですので。なにかありましたら、リュカの方へ遠慮なく連絡してください」
アルバもローランドと同じ顔をしていたが、一息早く復帰してレンティスへと視線を向ける。
「……レンティス参事官……ワザと……ですね?リュカさんを、窓口にされたのは、父と」
アルバの言葉はそこで止まった。レンティスが薄っすら笑いを浮かべて人差し指を唇に当てていたからだ。
「それ以上は野暮ってもんですよ、副官殿」
ぐっと言葉を飲み込んだアルバは一つ大きく息を吐いた。
「…………そう……ですね……。……はぁ……総司令官!いつまで呆けてるんですか」
「あ……あぁ、そうだな……。そうか……そうだったかぁ……」
安堵したような表情で、優しく笑みを浮かべたローランドを見たリュカも小さく笑う。
「……はい」
「これから、よろしく頼むな」
「はい。よろしく……お願いします」
その後はレンティスがエルドリア王国の仕事として支援に関する手渡した資料の中身を説明していった。
金銭的な支援の他は人材雇用に関する支援をすることになっているようで、セリオンからも一通の書状を預かってきていた。
それを順番に見たローランドとアルバは感心したように頷いている。
「グレイスロウの領主代理は……なんと言うか、とても思慮深い方なのですね。他国の、ましてやご自身の領地には殆ど関わらない場所なのに……」
「アストレアはグレイスロウとは関わる事が無いのですけど、そこはまぁ、うちの末弟の為でしょうね。兄は家族思いなので」
「そうか……。リュカは大切にされているんだな」
「……はい。とても。俺には勿体ないぐらいですが」
少しだけ申し訳なさそうに言うリュカを、レンティスは悲しげな顔で見ていたが、小さく息を吐くと肩を竦めた。
「うちの弟達は謙遜がすぎるね。聞いてくださいよ、ホント、とっても出来る子なのにいつもこの調子な訳で!そこがリュカとユリウスの良い所でもあるんですけど兄としてはもっと調子に乗っても良いと思うんですよねぇ。居てくれるだけでも価値があるんだって、ちゃんと分かって欲しいなって思うし自分の価値を卑下しないで貰いたいって思いません!?」
ほぼ一息で喋り切ったレンティスを見てローランド達は呆気に取られたような表情をしていたが、一拍置いてからローランドは吹き出してしまう。
「ふっ……はっはっはっはっ!!そりゃあそうだ!保護者としてはそう思うよなぁ!」
「でしょう?総司令官殿も副官殿にそう思う事あるでしょ!?分かってもらえて嬉しいですよ!」
「そうなんだよなぁ……娘は良い子だし美人だし気立ても良いし、まぁ少し分かりづらいだけで愛嬌もあると思うんだが、如何せん男所帯に慣れすぎててな。俺も嫁さんも二十一の頃にはアルバも産まれていたってのに。そろそろ男の一人や二人ぐらい紹介して貰いたい気もするんだけど」
父の急なデレと要求に耐えかねて、アルバが顔を真っ赤にして拳を握りしめながら叫んだ。
「もう!父さんはそればっかり!今はそれどころじゃ無いって何度も言ってるじゃないの!」
「だって孫の面倒みながら町医者として余生を過ごすって夢があるのにそんな素振り全然無いから可愛い娘に誰か良い人捕まえて欲しい親心がさぁ……」
「もう黙ってーー!」
横に座る父にポカポカと拳を振り下ろすアルバに、笑いながら窘めるローランドを、リュカ達は温かく見ていた。
そんな中ふとユリウスが口を開いた。
「心配されるのも有り難い事だが、度が過ぎるのも考えものではあるよな……」
その言葉にアルバが反応した。
「そう!そうなんですよ!父や母の言う事も分かってはいるんです!でも時々ほっといて!って思う事もあるんですよね!!」
うんうんと二人で頷いて、納得しあっていた。
「私は今、国の復興に尽力したい気持ちが大きいですし、全力を尽くしたい。もっと父やリュカさんみたいに光魔法を使いこなしたい。母のように薬師としても知識を得たい。水魔法だってもっと色んな使い方があるはずだし、アストレアでは殆ど活用されてなかった各地にあるダンジョンをもっと活用させたいし、アストレアにおける女性の地位ももっと向上させたい。やりたい事がたくさんあるんです。色恋はそれの延長に付随してくればまぁ良いかなって思ってる程度で、優先順位低いんですよ」
「そうだよなぁ。副官殿の気持ちはよく分かる。正直言うと俺はそっち方面の事は面倒だなって思ってるからな……」
「そうですよね!面倒なんですよ!!周り見てると色恋で一喜一憂する姿見てて、自分の気持ちを煩わせたく無いっていうか!」
「そうそう。人の話聞いたり見たりしてるだけで充分なんだよな」
「分かります!!」
二人は意気投合したように一つ頷くとガシッと固い握手を交わしていた。
「どうぞ、私の事はアルバと呼んでください」
「こちらこそ、ユリウスでいいぞ」
「アストレアに滞在される間、ゆっくり話をさせてくださいユリウスさん」
「あぁ、是非とも。話したい事がたくさんありそうだ」
ふふふ、と楽しそうに話をしている二人を見て、ローランドがハッと気づいたように慌ててアルバを引き剥がした。
「ちょいちょいちょい待て!何いきなり意気投合してんだ!こんな面の良い男と二人きりなんて許さんぞ!?」
「何言ってるのお父さん!ユリウスさんだけじゃなくて、この冒険者パーティの皆様にも話を聞きたいに決まってるじゃないですか!タグ見てよ!全員上級冒険者でダンジョンのプロですよ!凄くない!?女性達にもグレイスロウにおける女性の地位についての話聞きたいし、何より……」
「あー分かった分かった……俺が悪かった……。レンティス参事官、すまんがアルバに対応させるから、別室でリュカ達冒険者パーティの話を聞かせてくれるか?こっちの調整は俺たちで充分だろ」
「えぇ、構いませんよ。ユリウス達冒険者パーティは名目上、私の護衛として連れてきてるだけなので。仕事の話はこちらでしましょう」
「あー……アルバ、お前の仕事はエルドリアのお客さんの対応だ。どっちみち滞在期間はここに泊まってもらうし、案内してやれよ」
「承知しました!」
「って事で、みんなは副官殿について案内してもらって。ごめんね、仕事に付き合わせて」
「いえ、お疲れ様です……」
「んふふ、後で合流するねぇ」
にこやかに手を振るレンティスに小さく頭を下げると、アルバに連れられてリュカ達は応接室を出た。
司令官庁の中をアルバに案内されて移動すると、客間へと案内された。
四人で泊まるように準備された部屋が二部屋あり、男性と女性に分かれて泊まるようになっているようだった。
「すみません、本当は個別の部屋をご用意したかったのですが……」
「構わない。旅先だと当たり前だが同室もあるからな」
「そう言って頂けると助かります。右側の部屋をレンティス参事官、ユリウスさん、リュカさんでお使いください。ライラさんとセラフィナさんは左側のお部屋になります。どうぞ、荷物も置かれて大丈夫ですので」
「分かった」
「ありがとう」
男女で二手に分かれ、それぞれ部屋に荷物を置きにいく。
女性側に準備された部屋は花が活けてあり、ふわりと優しい花の香りが漂っていた。全身鏡が置いてあったり、毛布が足されていたりと、少しだけ女性に向けた気遣いがしてあって、ライラは感心したように唸っていた。
「優しい配慮があって嬉しいわね」
「アストレアの方は夜寒いから毛布嬉しい」
「あ、洗面台あるわよ。見てセラフィナ、これ石鹸と香油かしら」
「使って良いって事かな?」
「いい香りするー!何のやつなのか後で彼女に聞いてみましょ」
「うん。……アルバさん、なんか面白い人な気がする」
「いや、分かる。見た目綺麗な子なのになんかね」
その時軽く扉をノックする音が聞こえ、アルバの声が響く。
「失礼します。なにか、不備がありましたでしょうか?」
「大丈夫です」
「今行きまーす」
思っていたより時間が経っていたようだ。セラフィナとライラは揃って部屋を後にした。
その後は司令官庁を後にして、すぐ近くにある食堂へと向かった。
遅くなった昼食を食べながら話でも、ということで案内されたのは、酒場も併設されているが、メインは食堂のようで、奥の部屋には個室が何部屋かある店だった。
「復興するに当たって一番始めに再建し直された食堂なんです」
元々アストレアの王族専属だった料理人が建てた食堂だとアルバが話してくれた。中に入ると従業員に幾つか注文して小さく頭を下げていた。
「贅沢三昧だった上層部の料理を作るより、綺麗に食べて貰える食堂の方がやり甲斐があると、そう仰ってくださったんです。そんなに贅沢な物はありませんが、味は保証しますので」
しばらくすると、いくつか料理が運ばれてくる。
大皿に乗った香草とベーコンのパスタ、リーフサラダ、ミルクポタージュ、クラッカーに白いチーズとジャムを乗せたカナッペ。人数分の取り皿もテーブルに載せられる。
それを見たリュカはポツリと呟いた。
「……十分贅沢な昼食じゃないか?」
「そうですね。旧体制時の軍の食事より良い物かもしれないです。それでもここ最近なんですよ。ここまで食堂の材料が潤ったのも……」
「そっか……」
少しだけ沈黙が落ちたが、ライラが一拍手を鳴らし明るく言った。
「冷めちゃうから食べましょ!美味しそうね」
「そうだな。頂こうか」
こうして和やかに食事を始めたリュカ達だった。
恋愛面倒同盟結成。
親心、子知らず。子心、親知らず。




