115話 リュカと先生
「総司令官、エルドリア王国の方々をお連れしました」
アルバがそう声をかけると、ローランドは資料を机に置いて立ち上がり、こちらへ振り返った。
「すまんな、アルバ。助か…………」
ローランドはリュカと目が合うと驚いたように言葉が出てこなかった。
「総司令官?」
固まったローランドをアルバが不思議そうな顔で見ると、彼は身体を震わせて今にも泣きそうな顔をしていた。
「…………リュカ…………お前……なん…で……」
リュカは胸の奥に込み上げるものを吐き出すように大きく息を吐いた。
言葉を出そうとしても喉が詰まってなかなか出てこない。だが、絞り出すようにして何とか声を出す。
「……お久しぶりです……ローランドさん……」
たったそれだけ。それだけなのに情けないぐらい震えて、掠れた声が出た。
「……?…………!総司令官、まさか……!?」
アルバが何かに気づいたように目を見開いてリュカへと視線を移した。
「リュカ……」
ローランドはよろよろと覚束ない足取りでリュカ達へ近づくと、その手前で床に膝をついた。
「……ごめんなリュカ……本当に……すまなかったなぁ……ずっとお前にばかり負担をかけた……お前が限界だったのにも気づいていたのに、俺が行動を起こすのが遅すぎたんだ。……俺は……俺ではお前を救ってやれなかった……」
突然の謝罪にリュカは戸惑いを隠せなかった。その間もローランドはリュカへの謝罪を繰り返している。
呆然とその光景を何処か遠い出来事のように見ていたが、不意に肩を叩かれ振り返るとユリウスがいた。何も言葉は無いが、リュカを真っ直ぐ見て小さく頷く。
ぐっと息を飲んで、リュカはローランドへ向き直った。
一歩近づき膝をついている彼の前へしゃがみ込むと、そっと肩へ手を添えた。
「……謝るのは……こっちの方です。無責任にも全部投げ出して逃げ出した。みんな死んでしまうかもしれかったのに、俺辛くて……しんどくなって、何も考えずに見捨てて逃げたんだ……」
「違う……違う!!リュカ、お前が謝る事なんて何一つだってある訳ない!」
ローランドは俯いていた顔を上げ、唇をギュッと噛み締めていた。
「若いお前に前線で重圧を背負わせて、犠牲にして、誰もがお前の優しさを搾取してた。国のヤツらも、教会も、騎士団も、俺もそうだ。俺は気づいていたのに……気づいていたのに何もしなかった……!!」
ごめんな…と呟いた彼の瞳からは涙が溢れ、肩に置かれたリュカの手を取ると震える両手で握りしめ、祈るように握った手を額に当てた。
それを見たリュカの瞳からも涙が一筋頬を流れていく。
「……そんな事ないですよ、先生。ずっと、気にかけてくれたじゃないですか……。俺なんて孤児院上がりの数いる子供の一人だったのに。先生がいたから、俺、これまで生きて来れた。生き残る術を教えてくれたから、人を救ける為の術を教えてくれたから、人を護る為に力を使う事を教えてくれたから……」
リュカは自分でも思っていた以上に色んな感情が胸の奥で渦巻いていた。
胸が苦しくて息がしづらい。涙が溢れて前がぼやける。
それでも、これだけは最後まで言わないといけない気がしていた。
「先生が教えてくれた事が、俺の原点だから……俺が、今の俺になれた。仲間や、大事な人や家族が、……居場所が、出来た」
ローランドはゆっくりと顔を上げてリュカへと真っ直ぐに視線を向けた。
幼い頃のように自分を先生と呼び、自分の教えた事を糧にして来たと言う男は、実に逞しく、今を堅実に生きている事を感じられる佇まいだった。
最後に見た、今にも崩れそうなぐらい憔悴していた騎士団の頃とは違うのだとはっきり分かる。
「……そうか…………お前は昔から、そうだったな……。努力家で、生きる事に貪欲で、命を大事にする、誰よりも優秀なやつだった」
「……優秀かどうかは分かんないですけどね」
「ははっ……そうだよなぁ……自分じゃ分からんよなぁ……。リュカ」
「はい」
ローランドはリュカの名を呼ぶと、そのまま思い切りリュカを抱き締めて背中叩いた。
「よく……よく生きてた……!あの環境からよく抜け出した!お前が生きる事を諦めてなくて本当に良かった!もう一度、お前に会えて良かった……」
「はい……。俺も、先生に会えて良かったです……」
幼い頃のように抱き締められ、リュカは涙を隠すようにローランドの肩に顔を埋める。
懐かしい、薬草の香りがした。
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しばらく、部屋の中には二人の静かな泣き声だけが響いていた。
誰もがリュカとローランドの再会を見守っていたが、小さく息を吐く音が聞こえる。
カツカツと靴音を鳴らして二人に近づくと、その人はローランドの背中に手を当てた。
「……そろそろ、私にもきちんと説明を、お父さん」
アルバだった。
突然の父親への言葉にレンティス以外は驚きを隠せないでいた。
「……お父さん……?」
リュカはアルバの声に顔を上げた。
「はい。そこでベシャベシャになってる情けないオジサンは私の父です」
アルバは姿勢を正すと胸に手を当て綺麗に一礼をした。
「改めまして、アルバ・ワーノック、と申します。現在、総司令官である父の副官として従事しております。“アストレアの英雄”の事は父や同僚から常々話を聞いておりました。お会い出来て光栄です。リュカさん」
ユリウスが口元に手を当てて笑っていたレンティスに呆れた目を向ける。
「……兄さん、その様子じゃ知ってたんだろ」
「んふふ、そりゃあね。調整の為にこっち来た時、お二人には一度会ったことあるから」
「……はぁ……仕事柄言えない事も多いのは分かってはいるが……」
ユリウスは半ば諦めたように溜息をついた。顔を上げたアルバがそれを見て小さく笑う。
「貴方がレンティス参事官がお話しされてた優秀な冒険者の弟様ですね。グレイスロウでもトップクラスの冒険者だと伺っています」
「兄さんは一体何を言ったんだ……」
「それはおいおいお話しさせてください。……立ち話もなんですから、皆様、どうぞこちらへ。ご案内が遅くなってしまって申し訳ありません」
アルバに促され、ユリウス達は応接室のソファへと腰掛けた。
リュカとローランドもノロノロと立ち上がり、それぞれ向き合って座る。
少しするとアルバが全員分の紅茶を机に置き、自分もローランドの隣へ腰掛けた。
それを見てレンティスが口を開いた。
「改めて、今日はお会いする時間を作ってくださってありがとうございます。総司令官殿」
「いや、こちらこそすまなかったな。はるばるエルドリア王国から来てもらったのに予想外の事で取り乱して……」
「いえ、リュカを連れてくる事はこちらからお伝えしてませんでしたからね」
「相変わらず、グランスロット家の方には驚かされてばかりだなぁ……」
「ふふっ、うちの影じゃなくとも、貴方には遅かれ早かれ何処かの国から接触があったと思いますよ。ここまで国の情勢が好転したのも、貴方の決断があったからこそですしね」
「……正直な話、俺じゃ国のトップなんて到底柄じゃ無いからな。早い所、法整備や経済、秩序の安定を終わらせて隠居したいぐらいなんだ。ただの医者で、軍上がりの俺より適任者がいるはずなんだけどなぁ……」
ローランドが少し視線を落とし自嘲気味にそう言うと、アルバが眉間に皺を寄せて彼をたしなめた。
「……総司令官」
「あぁ……悪い悪い。分かってるよ。ちゃんと旧体制を終わらせた責任は持つさ。……さぁ、エルドリア王国側から支援の話を聞こうか。レンティス参事官。よろしく頼む」
「えぇ。ではこちらの資料の確認を。……後はこれを。これはグランスロットから寄付します」
「ありがとう、確認するよ。……後これは?魔導具か?」
レンティスからローランドへ手渡されたのは、四角い水晶の様に透明な、手のひらサイズの板が二枚。
よく見ると魔石と魔導回路が組み込んであるのが分かる。
「最近、グレイスロウの研究所から学会で発表されたばかりの、“音声情報伝達用魔導具”ですね。離れている相手へ即時直接やり取りが出来るので便利なんです。まだ商品にするには試運転の段階なんですけど」
「ほー……そりゃあ凄い」
「試作品ですが、ちゃんと使えますよ。総司令官殿からグランスロット家の窓口に直接連絡が出来ますし、二枚あるので、外部に出る事が多い副官殿と連絡取るのも楽になるかと。使ってもらって改善点や評価をご意見頂けると助かります」
アルバも魔導具を手に取ってかざしたり魔導回路をジッと観察していた手を止め、レンティスへ視線を戻した。
「グランスロット家の窓口、ですか。領主代理の執事の方でしょうか?」
「いえ、窓口はトール兄様ではなく。改めて、紹介しますね」
レンティスの言葉にリュカは立ち上がって胸に手を当て深く頭を下げた。
「……改めて、リュカ・アルヴェイン・グランスロット、と申します。グランスロット家の末席に名を置いてもらってます。以後お見知り置きください」
ようやく、恩師に会えました。
ずっと心残りで後悔していた事をお互いに打ち明けられて良かった良かった( ◜ᴗ◝ )
アルバは先生のお子さんだった!
リュカはグランスロット家に!?




