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聖槍の光、魔杖の夜  作者: 望月華月
3章 エルドリア王国
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109話 何も出来ない。

 地龍(アースドラゴン)が咆哮を上げた。地面を揺るがすほどの響く声に、東門の近くにいた冒険者達も魔物を斬り捨てる手が思わず止まる。

「マジか……」

 リュカも予想外だった魔物の出現に聖槍を固く握り直した。


「リュカ君、集中」


 不意に上からセリオンの声がして、リュカが勢いよく上を向くと、普段通りの優しい微笑みを浮かべたセリオンと目が合った。


「君は君のやらなければならない事をやりなさい」


「……はい!」


 セリオンの言葉にリュカは改めてイグニスに向き合った。

 自分のやる事は絶対にイグニスをここから逃がさない事だと、リュカは聖槍を地面に突き立て、イグニスの周りに張った守護結界を更に強化した。

 

 守護結界の中で怪訝な顔をしたイグニスがセリオンの方へ視線を向けている。

「……何故だ、何故、あんな普通にしていられるというのだ……地龍(アースドラゴン)だぞ……?」

 

 ブツブツと呟くイグニスにセリオンは冷めた視線を一瞬だけ向けると、懐から杖を取り出した。

 


「さぁ、害獣駆除といこうか」


 

 咆哮を上げながら東門へ走って来る巨体に巻き込まれ、他の魔物が踏み潰されていく。

 冒険者達は間一髪難を逃れるが、呆然とそれを見送るしか出来ない。

 

 城壁に迫る地龍に向かってセリオンが杖を一振すると金色が混じる青い魔力が一瞬で広がり広範囲に守護結界が展開された。

 その瞬間、地龍がそれに勢いよくぶつかりその場に止まる。


「サイレス」

「分かってる」


 浮かべた笑みを深くしたセリオンがそう言うと上空から飛竜が二体、急降下してくるのが見えた。

 更にセリオンの後ろに控えてたサイレスが短く返事を返すと城壁から軽く飛び降り、地面に着地するのと同時に地面を蹴った。

 

 地龍の首元に迫った飛竜の背から人影が飛び出し、両側から剣光が走る。

 それに合わせるようにサイレスは既に地龍の懐に潜り込んでいて、帯刀している剣に手をかけたと思ったその瞬間に一閃、下から上に振り抜いた。

 

「は……?」


 動きが止まり、ゆっくりと地龍の首が胴体と離れて地面に落ちていく様をイグニスは唖然としたように口を開けたまま見ていた。

 やがて大きな音を立てて首が地面に落ちると、頭を無くした胴体もその場に崩れ落ちていった。


 倒れた地龍の影から、サイレスが姿を現すと、その後ろからレンティスとユリウスも一緒に姿を見せる。

 サイレスは城壁の下へ辿り着くと飛び上がり、壁を一度蹴ってセリオンの横に降り立った。


「うん。三人とも害獣駆除ご苦労さま」


 セリオンがにっこりと笑って三人を労い、横にいたサイレスの肩に手を置くとそのままイグニスの方へ視線をずらした。


「これで終わりかな?イグニス。他にも何かあるのなら出すといい。だけどお前はそこから出る事は叶わず、指を咥えて見ているだけで何一つ出来ずにここで幕引きとなるんだよ」


 歯を強く食いしばり、憎悪に満ちた視線をセリオンに向けて肩を震わせていたイグニスは全身から黒い魔力を巡らせるが、その度にリュカが魔力をぶつけて相殺していった。


 何もかも上手くいかない苛立ちからか、両腕は後ろで縛られ身動きも取りづらい為か、守護結界に額をぶつけた。イグニスは肩で息をしながら目を血走らせて大きく見開いている。


「……だ……。まだだ!まだ終わって無い……!魔物暴走(スタンピード)の魔物はまだ残ってる!!」


 イグニスが叫んだ途端、グレイスロウの南側から巨大な火柱が上がった。

「なんだ……あれは……」


「おや、それぞれの門でも決着が着きそうだ。あれはうちのお抱え冒険者の魔法だね。セラフィナさんは火魔法が得意なんだ。凄いだろう?どうやら南門は殲滅が終わったようだよ」


 その時トールの元にひらりと黄色い伝書鳥が舞い降りた。素早く受け取るとメモにザッと目を通して小さく頷く。

「……セリオン兄様、ライラからも連絡が。西門も殲滅完了したそうです」

「うん。思ってたよりどこの制圧も早かったね、皆優秀だ。後は北門だけど、まぁそこはグスタフだからそのうち終わるだろう」


 イグニスは気の抜けたような顔でズルズルとその場に座り込んでしまった。

 

「まさか……ここで終わる……?馬鹿な…こんな筈では……有り得ない……」

 

「……他の街なら多分お前の思惑通りになったと思うぞ」


 リュカはイグニスを一瞥すると城壁の上にいてトールへ何か指示を出しているセリオンを見上げた。


「相手が悪すぎたな。グレイスロウの管轄に入った途端、全てあの人の掌の上で転がされてるに過ぎなかったんだから」


 イグニスはリュカをゆっくりと見上げる。守護結界にもたれかかって疲れたように大きく息を吐いた。

「………………どうやらそのようだな……私がいた頃のグレイスロウにはあんなグランスロット家(化け物)共が統治をしていなかった。情報戦で既に負けていたのだろうさ」


「……急に大人しくなってなんだ?何考えてんだ、お前……」


「戦況を見誤る程狂っちゃいないって事だ。地龍を一撃で沈める戦力に対抗するにはどう足掻いても私の今持ってる手札ではもうここから動けない」


 まるで憑き物が落ちた様な表情で自嘲気味に笑うと、首の無い地龍の方へ顔を向けた。

「β0246、お前がここまで光魔法を使いこなせている事も、この地に居ることも誤算だった。まずなんだこの守護結界は。何故魔力だけでなく肉体を通さない様な壁になっている?まるで檻だ。それにいくら無尽蔵に魔力を使えるようになっているとはいえこの強度と維持力も見た事が無い」

 

「……この守護結界はセリオンさんに教わったものだよ」

 

「はっ、あいつはお前を手駒に加えた時点で最初からこれを想定していたという訳だ。とんだ化け物だな、領主代理は。……それに洗脳は私が生涯研究した中で一番得意とする魔法だった。それをいとも簡単に無効化されるなんてな。どうやら私は一属性特化型の特性を随分甘く見ていたようだ。残念だよ、お前をもう少し研究していればと今更だが悔やんでいる所だ」


「……お前、やっぱりリシェルさんと似てる所があるんだな。研究者ってみんなそうなのか?」


「さぁな。アスラエル所長は長命種だからか随分のんびりとした研究をしていたがね」

「……のんびり……?」

 リュカは目の下に隈を作っては床で寝落ちするリシェルしか見ていない為、のんびりに違和感しかなく首を傾げていた。

 

「……亜人、獣人、魔物、ダンジョンにでるモンスター、この世に満ちてる精霊、それぞれ強い特性があるのに、人族は強い身体能力も高い魔力も寿命でさえ他種族に劣っている事が多い。何故こんなに差が出るんだと思う?」

 

「知らん。俺は別に人族が劣ってるなんて思ったこと無いぞ。俺が出会った人達は種族関係なくみんな凄い人ばっかりだ。グレイスロウは特にな」


「……グランスロット(アレ)は別格だろう」


「違いないね」


「……領主代理がいなければ、エルドリア王国もこのまま戦火に巻き込まれる予定だった。そのためにアストレアの研究所を潰したガルディアに火種を蒔いたというのに……」


「ファイフさんも弟子の獣人も無事だぞ。俺が治したからな」


「なんだと……?」

「随分と悪意の籠った闇魔法だったな。危うく見逃す所だった」

「はっ……アレも見つけたのか」

「グランスロット家の危機管理能力の高さが段違いなお陰でな。その時気づいたのは弟さんの方だけど」

「なるほど……次世代のグランスロットは皆優秀だったのだな」

 イグニスは大きく息を吸うとゆっくりと吐き出していった。

 

「……グレイスロウを狙った事が最大の過ちだった、という訳だ」

 

「そういう事だな」

 

「……は……ははは……」


 イグニスは力無く笑うとそのまま項垂れて肩を震わせた。

 

 二十五年にも渡り非道な実験を繰り返し、不幸な人々を作り続けた男の最後は呆気ないものだった。


 生涯をかけて過去の影を追い続けたまま、グランスロット家の前にその想いは打ち砕かれた。

 イグニスはグレイスロウにある地下深くの牢へ収容されていった。

一瞬で決着がついてしまった。

グランスロット家の戦闘員三人揃って過剰戦力でした。

地龍君、あの世で涙目。

タイトル通り何も出来ないで終わった。

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