108話 答え合わせ
「お前がイグニス・デザスターだな?」
イグニスは必死で首を捻り後ろを振り返ると、深緑のローブを被った男が上から見下ろしていた。
男が首を振ってローブを下ろすと、見覚えのある顔が顕になる。
イグニスは目を見開いてリュカを見ていた。
「……β0246、生きていたか」
「俺はお前を知らないが、アストレアでは世話になったな、と言うべきか?」
「生死不明と言われていたが、グレイスロウで見つかるとは思っていなかったな。それに私の名を知っているのは想定外だ」
「そうか。こっちはお前がやって来た事は一部、把握させてもらってる。初めて知った時は恨みもしたがこれでも感謝もしてるんだ。……お前のお陰でみんなを護る為の力となれたからな」
「被検体の分際で生みの親に随分な態度じゃあないか。そこを退けβ0246」
黒い煙のような魔力がイグニスから立ち上ると、リュカを包むように纏わりついた。
その瞬間、金色混じりの淡い緑の魔力が弾けて黒い魔力を打ち消していく。
「なっ……!?」
「お前にはもう誰にも闇魔法を使わせない」
リュカはロープを取り出すと手早くイグニスの腕を後ろ手に縛る。地面に転がしたまま、リュカはイグニスの周辺に守護結界を張った。
そして東門の城壁の上を見上げて声をかけた。
「もう出てきて良いですよ」
「うん。上手く制圧出来たようだね。流石だよ、リュカ君」
そこに現れたのはにこやかな笑みを浮かべたセリオンだった。後ろにはトールとサイレスも控えている。
「初めまして、イグニス・デザスター。グレイスロウの領主代理をしている、セリオン・アドニス・グランスロットだ。以後お見知り置きを」
「領主代理だと……?グレイスロウの領主はまだ健在のはずだ」
「うん。情報操作が上手くいってるみたいで嬉しいね。もちろん健在だよ。ただ、実質現場を指揮してるのは私、というだけだ」
「何人かいた息子のうちの一人という事か」
「そうなるね。さて、魔物暴走を引き起こしてまでグレイスロウまではるばるようこそ。だがここまで来ても君の目的は何一つとして叶わないけれど」
「……なんだと?」
セリオンは三日月のように目を細めて笑う。自分に向けられた笑みでは無いのにそれを見てリュカの背筋に冷たいものが走った。
「君の目的は大ダンジョンのコアを手にいれ、蘇生魔法を発動させる事。それに伴い多数の冒険者や有力者の洗脳を行い、グレイスロウを陥落させるはずだったんだろう?」
「……」
「たった一万の群勢で私のグレイスロウを落とせると思っているのが実に愚かだね」
「……いつからだ。いつから、私の存在に気づいていた」
「そうだなぁ……答え合わせといこうか、イグニス。何故君はここで捕まっているかの、ね」
セリオンがトールの方へ手を出すと、トールが紙の束をその上に乗せた。
「まず前提として、私は君が二十五年前にグレイスロウの研究所から姿を消した頃、既に君の存在自体は知っていたんだ」
「……随分若く見えるが領主代理、その頃まだ幼子だっただろう?」
「そうだね、まだ五歳になる手前だったかな?丁度魔法に興味を持っていた頃でね。とにかく文献を読み漁っていた時期に、君が提唱していた闇魔法における医療への有用性についての論文を読んだ。とても素晴らしい論文で、是非話を直接聞きたいと領主にお願いした事もあったんだよ」
「はっ。貴族の坊ちゃんの言いそうな事だ」
「その頃もう君は姿を消していたから、話を聞くことは叶わなかったけど、じゃあ何故姿を消す事になったのか、疑問に思って調べたんだ。そうしたらね、禁忌の研究である蘇生魔法について調べていたというじゃないか」
「……」
「じゃあ何故蘇生魔法を?そこにはある女性の存在がいた」
イグニスの眉間に皺が寄り、険しい表情を浮かべていた。セリオンは城壁からイグニスを見下ろしながら薄っすら口角をあげる。
「アイリーン・デザスター、旧姓アイリーン・バネッサ。魔導具研究の第一人者だった優秀な女性だ。彼女の論文もいくつか目にした事がある。そしてイグニス、君の奥方だった人だ」
ギリっと歯を食いしばるような音がすると、イグニスの形相がどんどん歪んでいった。
「“だった”じゃない……!今も彼女は私の妻だ……!」
「ふむ、そうか。君の時間はそこで止まってしまったのだね。アイリーンを失ってから君は“人”として、やってはいけない事まで手を染めた」
「…………ぃ……」
「アイリーンの論文を読むと、とても人情味溢れた女性だと言うことが分かる。魔導具研究や魔導具開発も、魔力が少ない人でも豊かに、そして笑顔で生活出来るようにと開発された物も多かったからね。今では生活に欠かせなくなった魔導コンロや魔導保冷庫も彼女が開発した物と記憶しているよ。そんな彼女の伴侶であった君がここまで堕ちるとは……残念だよ」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!お前にリーナの何が分かる!?分かったように彼女を語るな!!!」
守護結界の中でイグニスの黒い魔力が身体から噴出するように広がったが、リュカの淡い緑の魔力がそれを包むように抑え込むと跡形もなく霧散した。
「くそくそくそくそくそくそくそお前何なんだ!!何故邪魔をする!!」
イグニスは怒りで肩を震わせながら憎しみを込めた目でセリオンを睨みつけた。
「あぁ、ごめんね。少し話が脱線したようだ」
相変わらず薄く笑みを浮かべた口元に手を当ててセリオンは話を続けた。
「君が行方をくらませてからずっと頭の片隅に引っかかっていたんだ。闇魔法、蘇生魔法、ダンジョンの成り立ち、ダンジョンコアへの興味、そして不死の研究。君が置いて行った資料から推測すると、アストレア王国にいる可能性が高いだろうとは思っていた。そしていつか、大ダンジョンのコアを手に入れる為にまたここに厄災を連れて戻って来るだろうともね。まぁその時はただの勘だったのだけど」
血走らせた目を見開いて、イグニスは驚愕したように息を飲んだ。
「それでも、グレイスロウに害をもたらす可能性が少しでもあるのなら、それに対する備えはしておくべきだと判断した。その頃からかな、うちの“影”を使って各国の情報を集め始めたのは」
セリオンは手に取った紙の束をパラパラと捲り、あるページで手を止めた。
「それとね、リシェルさんに数年前作って貰った物があって。それがこれなんだけど」
そこには何らかの装置の設計図が描かれていた。リュカには全く理解出来ない物だったが、イグニスは難しい顔をしてその設計図を見つめている。
「これはグレイスロウで火事が起こった時に素早く消化する為の魔導具だよ。火の気を感知すると自動で水魔法が発動するようになっているんだ。今では街のあちこちに設置してある」
セリオンは設計図の一部分を指差すとにっこりと笑った。
「それで今回はこの魔導具を一部改良してもらって城壁に複数設置させた。誰かが近くを通る度に洗脳を解除する治癒魔法と浄化魔法が発動するようにね。ほとんどぶっつけ本番だったけど上手くいったようで何よりだよ」
「そうか……それで魔物達やあの冒険者の洗脳が解けたということか……」
「そういう事。リシェルさんには随分と無理を言ってしまったからねぇ。また改めてお礼をしなくてはいけないね」
「だが何故だ……私の闇魔法はただの治癒魔法では解除は不可能な筈なのに……!!」
「だからお前は愚かだと言っているんだよ、イグニス」
「……は?」
先程まで浮かべていた微笑みがセリオンの顔から消えていた。ほとんど無表情に見えるその視線に一瞬だけイグニスは戦慄を覚える。自分より一回りも二回りも下の男に抱いたのは、今すぐ逃げ出したくなるような恐怖だった。
「解除出来て当然だろう?お前が人生を狂わせた、そこにいるリュカ君の治癒魔法を複写した物だからに決まってる」
セリオンは指先をイグニスに向けた。少しだけ目元を細めてイグニスを見ると少しだけ怒りを滲ませたような声を発した。
「だけどお前が与えた物じゃない。リュカ君が自分で日夜研鑽を積み、自分で考え、その力を人の為にと努力を怠らなかった。辛い事があっても前を向いて掴み取った力だからね。後ろばかり向いているお前じゃ勝てる訳がないじゃないか」
「……お前……セリオン、と言ったな。何処まで私を愚弄する気だ」
「ふぅん。ちゃんと分かっているんだね。お前が過去にどんな功績を残していたとしても、グレイスロウに害を成す存在なら私はお前を評価しない」
イグニスはちらりと後方を見ると口元を歪めて不敵に笑った。
「お前からの評価なんぞ要らん。……そろそろか。私も暇では無いんだ。ここから撤収する事にするよ」
突如大地を揺るがして地中から現れたのは地上にいる魔物の覇者と呼ばれる地龍だった。
一体どこに潜んでいたのか、あまりの大きさにリュカは地龍を見上げて呆然としていた。
「なるほどねぇ。妙に余裕があったのはコレのせいだったか」
様々な事態を想定して幼い頃から策を巡らせていたセリオン。
過去に全てを置いてきたイグニス。
未来を見て前に進み続けたリュカ。
三人三様、現在で交差していく。




