107話 何かおかしい
グレイスロウ郊外に広がる森の中に魔物の大群が街に向かって進行していた。
その中にベアウルフと呼ばれる二本足で走る巨大な魔物に担がれている、黒いローブを纏った男がいた。
その男は焦る様子も魔物に囲まれている絶望感も無く、平然とベアウルフの肩に乗っている。
(そろそろ先頭がグレイスロウへ到達する頃か)
口元が歪み、まるで笑みを浮かべているようにも見える。
(もうすぐだ。もうすぐ、私のアイリーンを……)
グレイスロウは冒険者が豊富だ。
混乱に乗じて奴らを片っ端から洗脳して大ダンジョンへ赴く。
下に潜ると足手まといになる下級や中級は罠発動の贄にすればいい。
理論上、蘇生魔法の発動に必要な魔力はダンジョンコア並の魔力が無ければ発動さえ出来ないのだから。
(やはりβ0246を失ったのは痛手だったな)
馬鹿なアストレア王国の上役達はアレの価値を見誤っていたのだ。だからこそ生死不明等というくだらない話になるのだ。
せめて死体だけでもあれば魔石が取り出せただろうに。
(β0305も孤児院から連れ出す事が出来なかった)
急襲だったのだ。素材集めがガルディアのファイフ・シルヴァルにさえ暴かれていなければゆっくりと連れて出れたはずだったのに。
(アストレアに残るのも潮時だったのは事実。今はグレイスロウを陥落させ、新たな拠点を手に入れなければ)
未だリシェル・アスラエルが所長だったはずだ。どっちみち洗脳してしまえば同じ事だが。
(アスラエル所長は精霊魔法使いだったはずだ。場合によっては解剖したら良質な魔石が取れるかもしれん)
魔力量の多い人からは魔物よりも良質な魔石が取れる事は確認済み。
戦争ばかりしていたアストレアの良いところは素材集めに困らなかった所だろう。老若男女関係なく何時でも素材が手元にあった。
魔力を生み出す装置はいくつあったって困らない。
もしも大ダンジョンのコアを手に入れられなかった場合、他のダンジョンコアも複数集めなければならないのだから。
(魔物暴走は冒険者総出で対処する現象だ。ダンジョンも手薄になってさぞ潜り易いだろうさ)
そろそろグレイスロウの城壁が見える頃だ。
実に二十五年振りに帰って来た。現在、グレイスロウの領主はそんなに名を聞かないが堅実に領を治めていると聞く。
代替わりはまだしていないそうだが、息子が数人いたと記憶している。
爆発や怒号が飛び交っている音が近づいて来ていた。
(もうすぐだ。もうすぐ……)
不意に周りを見渡すと、魔物の進行とは逆に逃げ惑っているような小さな魔物の個体がいる事に気がついた。
「どういう事だ……?」
洗脳状態の魔物はとにかく前へ進んで人を襲うように命令をしているのだ。
逃げ惑う仕草をみせる筈がない。
「まさか、洗脳を解かれている……?」
馬鹿な、有り得ない。
直接洗脳状態にした個体はその命が尽きるまで命令に従っていたはずだった。
何かおかしい。何かが起きている。
男はベアウルフの肩から降りると、木々の合間を縫うように進み、冒険者と魔物が衝突している辺りの様子を伺った。
グレイスロウの北門の前に多数の冒険者が魔物を切り捨てていた。
それはまるで統率の取れた軍隊のような動きで無駄が一切感じられない。
個人主義者の多い冒険者をあれだけ統率出来るヤツがいる?
視線を左右に走らせると、一際巨体の男を見つけた。その男は土魔法を駆使し魔物を足止めすると、巨大な斧で一閃、魔物はまとめて崩れ落ちていった。
あの巨体の男には昔何度か素材集めの指名依頼を出した事がある事を思い出す。
「……そうか、グレイスロウのギルドマスターはあのグスタフ・ノーティスだったな」
北門を陥落させるのは困難であると判断し、男は半数の魔物を使役するとそのまま他の門へと向かわせた。
自分も適度な魔物に乗り、素早くその場を離れると東門へ向かった。
東門にいた複数人の冒険者達に洗脳をかけ、門の中に入ろうとしたその時、先行していた洗脳状態の冒険者達が急に我に返ったのだ。
「うわ、なんで中に戻ろうとしてんだ俺達!稼ぎ時だぞ!!」
そう言うと全員踵を返し、魔物へと駆けて行ってしまった。
おかしい。
洗脳が解かれてる。
有り得ない。
想定外の出来事が起こり、眉間に皺を寄せた男が立ち尽くしていると、後ろから腕を取られ地面に押さえつけられていた。
「お前がイグニス・デザスターだな?」
困惑のイグニス。




