106話 グレイスロウ郊外での異変
翌日朝、十の刻にギルド前へ集まったリュカ達はファイフに重々養生するように言い聞かせ、ガルディアを後にした。
半日でエルドリア王国へと辿り着き、飛竜を飛ばしてくれたドランとゼノンに礼を言うと、「今度隊長が高級な飯屋連れてってくれるんで全然いいんすよ」「俺らもガルディアの歌姫を観に行けたんで良い休暇になったしね」二人にはそう返された。
一旦研究所へ顔を出し、リシェルへガルディアで起こった事の顛末を告げると、しばらく考えるように視線を伏せて静かに聞いていた。
「……そうか……イグニスがこちらに向かってる可能性が高くなった、という事だね」
「そうだ。所長も十分注意して欲しい」
「承知したよ。フェンリスからは馬車で四日ぐらいだし、魔物を使役出来るのならもうそろそろグレイスロウ辺りに来ていてもおかしくないね」
「……俺達はこのグレイスロウ周辺にある複数のダンジョンや大ダンジョン、後は魔物の出やすい地点を巡回してみようと思ってる」
「うん。それが良いかもしれない。この研究所はイグニスがいた頃よりも防犯対策が上がってて、鍵も全然違う物になっている。簡単に侵入は出来ないけど……研究員が洗脳されたらどうしようも無くなるなぁ……まぁ、そこはどうにかするさ」
研究所を出るとリュカ達は情報収集の為、まずはギルドへ寄る。
グレイスロウからガルディア連合国方面に一番近いダンジョンの位置や、グランヴェル帝国方面から近いダンジョン、更に道中に出現する魔物の多いポイント等を確認し、四人は街の外へと移動した。
グレイスロウと隣領との間に広がる広大な森の中で四人は警戒しながら探索をしていく。
細い獣道を確認し、慎重に先へ進んでいった。
「……本当にエルドリアに来るのかしら」
「可能性は高いからな。警戒するに越したことは無い」
「まぁそうよね。……この辺かな?この森で一番高い木がある辺りは」
「そうだな。ライラ、頼めるか?」
「よし、ちょっと行ってくるわ」
そう言うとライラはスルスルと高い木の上へと登っていった。
上まで辿り着くと目をこらして辺りを見渡した。
「…………は?何……あれ……」
ポツリと呟いたライラは直ぐさま地面に降り立った。
「ライラ、どうだっ」
「セラフィナ!二人連れて上に上がって欲しい!」
「えっ?」
ユリウスの言葉を待たず、少し焦った様なライラがセラフィナにそう言った。
「良いから!」
「……分かった」
セラフィナは困惑したような表情を浮かべていて、どうしたら良いのか分からずにいたが、ライラの切羽詰まったような様子に小さく頷いた。
セラフィナは風魔法でリュカとユリウスを連れて、大きな木の上まで飛び上がる。
二人も突然の事に戸惑いを隠せずにいた。
ライラももう一度上まで登ると、北側を指差した。
「あそこ、私の見間違えかもしれない。みんなにも確認して欲しい」
ライラの指差した方向へ視線を移すと、遥か遠く、森の境目辺りに砂煙が立っていた。
「なに……?あれ……」
「山火事……じゃないよな?」
ユリウスが魔法鞄から伸縮式の望遠鏡を取り出して砂煙の方向を覗くと、目を見開いて固まってしまった。
「ユリウス、どうした?何が見えたんだ?」
「…………魔物だ。魔物の大群が森の中をこっちに向かって来てる」
「魔物……!?」
「やっぱり見間違えじゃ無かったのね……」
「魔物暴走か?でも魔物が大量発生してるなんてギルドでは報告も討伐依頼も無かったのに……」
「……領主代理に連絡する。ギルドにも」
ユリウスは紙にサッと要件だけ書き込むと、伝書鳥を二羽飛ばし、小さく息を吐いた。
「この後どうする?今はまだ遠いがあの速さで向かって来られたら二日以内にはグレイスロウに到達しそうだぞ?」
「……だが俺たち四人だけじゃあの大群は止めきれんだろうな……一度グレイスロウへ戻ろう。幸いまだ距離はある」
「連絡はユリウスがしたし、帰ったら冒険者に緊急招集がかかってるかもしれないな」
「とりあえず急いで帰りましょ!」
四人は顔を見合わせると地面へ降り立ち街へと足を向ける。
セラフィナとライラが風魔法を使い、四人はまるで空中を滑るように走っていった。通常よりも早くグレイスロウの街へ着くと、そのままギルドへ直行した。
ギルド内へ入ると既に緊急招集がかかっていたようで、沢山の冒険者達の喧騒が響いていた。
入口付近に辺りを見渡しながら落ち着かない様子で立っているマイアが、リュカ達を見つけると早足で駆け寄って来る。
「皆さん!お待ちしてました!ギルドマスターの部屋へ行ってください!」
言われた通り三階に上がる。ギルドマスターの部屋を叩くと中から返事があり、ユリウスが扉を開けた。
「来たか」
「ユリウス、報告ありがとう。早めに対処出来そうで助かるよ」
「セリオン兄様!?リシェル所長も!」
中にはグスタフだけでなく、領主代理のセリオン、研究所所長のリシェルも集まっていた。
「もう少ししたらレンティス達も来るけど、先に話を進めておこう」
セリオンが足を組んだ膝の上に手を乗せた。セリオンの後ろに立っているトールがユリウスへ視線を向ける。
「ユリウス、改めて報告を」
「はい」
ユリウスは先程見た魔物暴走について報告を始めた。
おおよその距離、規模、どんな魔物がいたかを述べていく。
「……この辺りに分布してる魔物と系統が違う個体もいるようだな」
グスタフが腕を組むと低く唸る。
「そうみたいだね。まぁ、予想通りと言えばそうかな。これは意図的に起こされた魔物暴走だろうから」
セリオンが少しだけ口角を上げて事も無げにそう言うと、グスタフが怪訝な顔をしてセリオンを鋭く見つめた。
「……どういう事だ、領主代理」
「うん。これを起こした人物はグレイスロウへ混乱をもたらして、それに乗じて目的を果たそうとしているんだろうと思う」
「混乱をもたらす?」
「そうだよ。おおよそ目的地は魔法研究所かグレイスロウ大ダンジョンのどちらかだ」
「何故そんな事が分かる?」
「ガルディア連合国の誘拐事件を切っ掛けに自棄になったか、研究自体は完成していてダンジョンコア狙いか。きっとどちらかだろうから。犯人はイグニス・デザスターで間違い無いだろうね」
「イグニス・デザスター?誰だそれは」
「彼は闇魔法のエキスパートである根っからの研究者だよ。ちなみにイグニスが魔物を使役出来る事は確認されている」
グスタフの表情が硬くなり、場の空気が張り詰めていった。
その時部屋の扉を叩く音が響き、失礼しますと言って入って来た人物を、セリオンが笑顔で迎える。
「レンティス、早かったね」
レンティスは部下の二人を連れ、部屋の中へと入った。
「丁度王都にいたからすぐ飛んで来れたよ。国の許可も貰ってる」
「そうか。それは助かるねぇ」
「グレイスロウが墜ちたら王都が危険に晒されるって流石に上層部も分かってるよね。上の話を要約すると『確実にグレイスロウで食い止めるように』との事だよ」
「うん。承知した」
「後、ここに来る前にドランとゼノンに空から偵察に行かせたけど、なかなか大規模な魔物暴走みたいだね」
レンティスがゼノンに視線を移すと、ゼノンが一歩前へ出て小さく頭を下げた。
「ご報告申し上げます。こちらに向かってる大小様々な個体で構成された約一万の大群と推測致します。走るのが早い個体を先頭に円錐形のように後方へ広がっておりました。先頭がグレイスロウへ到達するまで後一日、後方の魔物が到達するまで一日半、北門の警備を強化されるのが良いかと愚考致します」
「うん。ありがとう。一万か……なかなか大規模だけど、その程度でイグニスはグレイスロウの街中へ足を踏み入れられると思ってるのかな?舐められたものだ」
表面上セリオンは穏やかな笑みを浮かべているはずなのに、何故か背筋が寒くなるような笑みだった。
「リシェルさん、頼んでいた例の物は?」
「出来ているよ。そこまで検証はしていないから効果の程は保証出来ないけどね」
「うん。構わないよ。さて、今からこの魔物暴走の制圧と犯人の捕縛を同時に行っていくからね。……トール」
「はい。既に手筈は整ってますよ」
「流石だね。ありがとう」
セリオンは優雅に足を組み替えると、肘当てに腕を置き不敵な笑いを浮かべる。誰もがその仕草に視線を奪われ、自然と背筋が伸びていた。
全員を一瞥すると、セリオンは口を開いた。
「残念だけど、領主代理として私がここにいる限り、イグニスの思惑は何一つ叶わないという事を教えてあげようか」
領主代理セリオン、本領発揮。




