105話 アストレアの内情
「出来るだけ早くグレイスロウに帰るから。そっちも気をつけて」
「あぁ、レンティス兄さんも気をつけて」
「あとこれもありがと。リシェルさんにもよろしく」
ユリウスから渡された守護の魔導具であるペンダントを内ポケットに仕舞うと、レンティスは飛竜に飛び乗ってあっという間に空へと昇っていった。
「……エルドリアとは逆の方向だからまた他国に行くんだな」
「忙しい中本当に様子を見に来てくれただけなのね……」
「ライラの為かな?なんか凄いね、レンティスさんって」
「んんっ……そうね……」
セラフィナの言葉にライラはほんのり頬を染めてレンティスが去って行った方向へ顔を上げるとしばらく空を見つめていた。
ライラが振り向いたタイミングでユリウスが口を開いた。
「今日はフェンリスに一泊して、明日エルドリアへ帰ろう。ライラももう少しファイフさんの様子を見ておきたいだろう?」
「そうね、ありがと。そうして貰えると嬉しいわ。すぐ無理するんだから、師匠は!」
「じゃあ明日の朝、十の刻にギルド前で集まろう。それまでは各自自由に過ごそうか」
それを聞いたドランが目を輝かせてにっこりと笑った。
「お、じゃあ俺達ボードウェルまで行ってくるっす!朝には帰ってくるんで!」
「せっかくガルディアまで来たからね。じゃあまた明日!」
そう言うと、二人も飛竜に乗ってボードウェルに向かって飛び立って行った。
「……レンティスさんの部下だけあるよな、あの二人」
「行動力と活動範囲が広すぎるな」
「ライラはファイフさんの所に行くとして、セラフィナはどうする?」
口元に手を当てて少し考えるようにしていたが、ライラの方へ向くと小さく頷いた。
「……私も、ファイフさんの所に行こうかな」
「そっか。いいと思うぞ。二人ともファイフさんをしっかり休ませてあげて。治したけど、血を流しすぎてるとやっぱり本調子では無いだろうから」
「分かった」
「よし。じゃあ行こっか」
セラフィナとライラはギルドの中へと入っていった。
後に残された二人は顔を見合わせると、とある場所へ連れ立っていく。
そこは先程までいた憲兵団の地下牢で、足音に気づいたジュダスが立ち上がり、鉄格子の前まで移動した。
「……ライラ姐さんのパーティの……」
「色々あってしんどいとは思うが、しばらく様子を見させてもらうぞ」
「構いません」
「後、守秘義務とかあると思うけどさ、少し、話をしてもいいか?」
「今更隠さなければならない事なんてないよ。答えれる事なら答えるんで。どうぞ」
「……神殿騎士に潜入したって言ってたけど、アストレアはジュダスから見てどんな状況だった?」
「……なんでアストレアなんだよ。てっきり仕事の事について聞かれると思ったのに」
リュカはジュダスの顔を真っ直ぐ見て小さく深呼吸をした。殆ど表情が変わる事なく、淡々と答える。
「…………俺が、元アストレア出身だからだよ」
リュカの答えにジュダスは一瞬目を丸くして眉間に皺を寄せた。
「アストレアの……?凄腕ヒーラー……まさか、お前が聖白騎士団の?」
「まさか、は良くわからんが。聖白騎士団にいたのは事実だ」
「……そうか……お前が……」
ジュダスはリュカを睨みつけていた。ヒョウの尻尾が逆立っていて、怒りが溢れて来ているのがわかる。
リュカを庇うようにユリウスが前に割り込んだ。
「サーフェス所属だったお前は思う所があるだろうが、リュカは今エルドリア王国で俺のパーティメンバーだ。アストレア側じゃない」
「……お前、あの有名な上級冒険者か。……そうだな……そのヒーラーはあのライラ姐さんも認めてるヤツなんだよな。それに、俺もそいつがいなかったら死んでいた。悔しいが、あのおっかない人からも言われた通りでせっかく生き延びたんだ。……戦争は国同士の戦いで、お前ら下っ端は命令に従うしか無かったんだよな……」
おっかない人と聞いてユリウス達の脳裏にチラリと水色が掠めたが、小さく頭を振ってそれを追い出した。
「そうだ。……で、リュカの質問には答えてくれるのか?」
「……あぁ、アストレアの状況だったな。あちらを発つ二ヶ月前までの話になるが、随分と荒れてたよ」
「荒れてた?」
「貧富の差と言うのか、それが酷く進んでいてな。平民の暮らしもかなり疲弊していた。そこら中に物乞いが転がっているし、衛生環境も劣悪だ。他国との国交も頻繁じゃ無いからか、支援もされない状況だった。これを逆手に取って信仰でまとめようとしていたのが聖神教の教会連中だ。人は追い込まれるとなんでも縋りたくなるってのは心理だと思ったよ。食料にありつけるからか、孤児や物乞い連中がこぞって入信していくのを見て鳥肌が立った」
「そこまで民衆が追い込まれてたという事か」
「そうだろうな。聖白騎士団は団長やその部下が現状を国や神殿騎士の方にも頻繁に訴えていたけど教会の上層部は全く相手にしてなかったから。そのうち何か起こるんじゃないかと思ってる……というか、もう起こってる可能性もあるよな。あれから二ヶ月だ」
「勘がいいな。アストレアで革命が起きたそうだぞ」
「……革命か。呆けた上層部では為す術も無さそうだ。だけど、あのアストレア王国の内情では国として維持するのも難しいだろうにどうするんだろうな……」
「それは分からん。冒険者はそこら辺は管轄外だからな」
「まぁそうだな……」
それまで静かにジュダスの話に耳を傾けていたリュカが口を開いた。
「……なぁ、お前から見て、聖白騎士団はどんな風に見えた?」
ジュダスはリュカへ視線を向けると何かを飲み込むように一度大きく息を吐いた。
「……聖白騎士団は団長を中心にしてかなり統率の取れた組織だったな。戦争が無い間でも訓練は怠らないし、規律もしっかりしていた。サーフェス連邦軍があれだけ苦戦するのも分かる。特に団長が厄介だと思ったよ。神殿騎士の上層部にも団長を目の敵にしてる奴も多かった。だけど下っ端騎士は聖白騎士団長に尊敬の念を抱いてる奴も多かったな」
「そっか……」
「アストレアでも唯一話が分かりそうな男だったからどうにか接触をしたかったんだが、その前に俺はあの研究員に捕らわれたから、実際話は出来なかったが。アイツが居たから国も何とかバランスを保っていたんじゃないかと思う。というか、お前も所属してたなら良く知ってるだろ」
「……あぁ。そうだな。……在籍してた当時は、周りを見る余裕なんて無かったから。副団長だった頃から変わってないんだな、ローランドさんは……凄い人だよ……」
リュカは視線を下に落とし、痛みを堪えるように小さく笑う。それをジュダスは探るような表情で見ていた。
「お前………………いや、なんでもない」
リュカのその表情にコイツは自分と同じなのだと察したジュダスは口を噤んだ。
ユリウスが腕を組むと小さく首を傾げて言った。
「……ジュダス、お前はこれからどうするつもりだ?」
「俺?そうだなぁ……サーフェスには帰れなくなったし、先生に迷惑かけておいてガルディアに残るのも違うからな。罪を償いながらここでゆっくり考えるさ。時間だけはあるからな」
「そうか。思ってたよりは前向きな考えだ」
「ははっ……『思考を止めるな』って言われちゃったからな。先生や、ライラ姐さんをこれ以上失望させたくも無い」
「そうか。何度だってやり直せるだろ。お前はここで生きてるんだから」
「そうだな……」
「……まだ落ち着いてないだろうに、色々話してもらって悪かった」
「いや、いい」
「出所したらどこかで会うかもしれないな」
「……その時は酒の一杯でも奢ってくれよ」
「行く宛てが無ければグレイスロウに来たらいい。その時には飯ぐらいなら奢ってやる」
ユリウスの言葉に一瞬目を丸くして、ジュダスは声をあげて笑った。
「……はははっ!あのおっかない人と同じ様な事言うよな。どうもエルドリア王国はお人好しが多いらしい」
「なんだそれは。……じゃあな」
「あぁ。……あと、話が出来て良かったよ。“アストレアの英雄”と」
リュカの方を見てジュダスは少しだけ口角をあげる。
「……俺はそんなんじゃない」
「そうか。本人は全然分かって無い事もあるんだな」
「…………俺が生かしたんだ。死ぬなよ」
「死なねーよ。先生に何かしら返さなきゃいけないからな」
こうしてリュカ達は牢屋を後にした。
色とりどりの街灯が灯り、夕方になっても街は騒めいている。
二人は無言で歩き、ギルド近くの酒場へと足を踏み入れた。
幾つか料理を注文し、エールの入ったジョッキを合わせると二人は一気に喉へと流し込んだ。
「……悪かったな、付き合わせて」
「いいんだ。お前を一人には出来んだろ」
「ははっ……そうだった。……しかし、まさか、こんな所で故郷の内情を聞くことになると思わなかったよ」
「俺たちが思っているより、かの国の状況は悪いのだな」
「本当にな……俺、全然知らなかった……でもまぁ、今振り返ると劣悪な環境だったのは随分と前からだったなぁ」
「そうか……」
「孤児院のご飯も薄い麦がゆが主食だったし、俺みたいな子供が騎士団に幼い頃から入団出来るって事がまずおかしいんだって、今ならわかる。あの国はいつかこうなる運命だったのかもしれないな……」
「……レンティス兄さんも言っていたが、もう少し情勢が落ち着いたら、リュカの故郷にも行こう。必ず」
「ユリウス……」
「お前も飛竜に乗れるよう訓練するか?それなら移動時間も短縮出来て俺たちパーティの行動範囲も広がるだろ?」
「いやいやいや、飛竜を所持出来る財力なんて無いから!馬でも厳しいのに!」
「はぁ?何言ってる。俺達のパーティはグランスロット家お抱えなんだぞ?もう一体ぐらいなら余裕で準備してくれる。……セリオン兄様が」
「………………あぁー……ありそう。なんならノリノリで『乗れるよね?』って言いそう……」
「って事だ。むしろ兄様の事だからもう準備してそうだぞ」
「うわぁ……有り得る……」
「ならグレイスロウに帰ったらまずは飛竜と交流だな」
「その前に片付けなきゃいけない事もあるだろ……」
「それはそうだな」
「何にせよこの案件が終わり次第だなぁ。でも飛竜かぁ……ちょっと憧れはあるよな……」
「楽しみがあった方が仕事も捗るだろう?」
「間違いないな」
もう一度エールの入ったジョッキを合わせ、二人は笑いあう。つかの間の休息にリュカの沈んでいた気持ちも少し上を向いたのだった。
第三者目線のアストレア王国は酷く荒れた国でした。
ユリウスのように寄り添ってくれる暖かい友人のなんて心強い事か。
リュカもずっと噛み締めてると思う。




