12話 中ボス(?)戦
巨大な影がゆっくりと姿を現した。
ライラが思わず目を見開く。
「何あれ……でかい犬?狼?首二つついてるんですけど……」
その呟きに、ユリウスが視線を細めた。
「……オルトロスだ。こんな階層で出てくるモンスターではないぞ」
「え!?」
ライラが驚きの声を上げる。ユリウスは巨大な魔物を見据えたまま続けた。
「俺もまだ見たことはないが、ヤツらが生息しているのは禁域の手前……火山エリアの周辺だ。本来なら深層の通常モンスターとして出てくるはずの存在だ」
ライラは呆れたように肩をすくめた。
「……あんなのが通常モンスターで出てくるの?ヤバいね、深層……」
二つの頭がゆっくりと持ち上がり、同時に口が開いた。赤く輝く魔力が喉奥で渦を巻き、広範囲へと放たれる炎の奔流が空間を埋め尽くす。
その直前、淡い光が四人の周囲に広がった。
リュカが聖槍を軽く掲げ、守護結界を展開する。柔らかな光の壁が炎を受け止め、迫り来る熱を静かに遮断していた。
激しい火炎がぶつかり続けても、結界は揺らぐことすらない。
結界の内側で、リュカがぽつりと呟く。
「なぁこれ……今までのダンジョンのランクが変わったってことなんじゃないか?」
結界を維持したまま、視線だけをユリウスへ向ける。ユリウスは顎に手を添え、考え込むように魔物を見つめた。
「ふむ……その可能性はあるな。四十五階層を中心に、下層の生態系そのものが変化しているのかもしれない。ここを突破して五十階層付近まで潜れば、さらに情報が得られるだろう」
炎が止んだ。だがオルトロスはまだこちらを睨みつけている。火炎魔法が通じなかったことに苛立っているのか、二つの頭が不機嫌そうに唸り声を漏らした。巨大な体が前へ踏み込み、そのまま力任せに結界へ牙と爪を叩きつける。
だが、結果は同じだった。守護結界の表面で攻撃が弾かれ、オルトロスの巨体がわずかに弾き返される。何度も何度も攻撃を繰り返すが、結界はまるで動じない。
その様子を見て、ライラが呆れた声を出した。
「……ねぇ、あんた達。呑気に話してる場合じゃないと思うんだけど……」
視線の先では、オルトロスが明らかに苛立ちを募らせている。
セラフィナも小さく頷いた。リュカが軽く肩をすくめる。
「それもそうだな。どうするユリウス。結界自体は俺が寝ない限り維持できるけど」
ユリウスが小さく笑った。
「さすがにそこまで長引かせないさ」
そしてオルトロスへ視線を向ける。
「リュカ、もう少し広範囲に結界を広げてヤツとの距離を空けられるか」
「了解」
リュカが聖槍を軽く振る。守護結界が静かに広がり始め、空間そのものを押し広げるように膨張していく。光の壁がオルトロスの巨体をゆっくりと奥へ押しやり、戦闘のための空間が作られていった。
ユリウスが三人へ視線を巡らせ、要点だけを簡潔に述べる。
「俺とライラが足止め。リュカはフォローに回って個別の守護結界を維持。セラフィナは空中から高威力魔法で叩いてくれ。この範囲結界を解いたら一気に行くぞ」
全員が頷いた。
次の瞬間、結界が解かれる。同時にユリウスが前へ踏み込んだ。巨大な剣が弧を描き、オルトロスへ斬りかかる。刃が鋼のような毛皮に食い込み、火花のような魔力が散る。
ライラもすぐ後ろに続いた。足元の地面へ魔力を流し込み、土を隆起させる。突き上がる岩の柱がオルトロスの体勢を崩し、さらに風魔法で足場を滑らせる。巨大な魔物の動きがわずかに乱れた。
その間に、セラフィナは高く浮かび上がっていた。静かに戦況を見下ろしている。
ユリウスとライラの連携で、オルトロスの注意は完全に地上へ向いていたが、ふと二つの頭のうち片方が、突然空を見上げた。
セラフィナを見つけたのだ。
直後、巨大な後脚が地面を蹴る。信じられない跳躍力でオルトロスが空へ飛び上がった。鋭い牙がセラフィナへ迫る。
「セラフィナ!!」ライラの声が響く。
その瞬間、白い影が割り込んだ。
「おすわり」
軽い声と共に、聖槍が一直線に突き出される。
槍の切っ先がオルトロスの右の頭、その眼を正確に貫いた。リュカはそのまま身体を捻って巨体を下に薙ぎ払った。オルトロスは勢いのまま地面へ叩き落とされ、激しく転がる。
リュカはそのまま軽やかに距離を取り、不敵に笑った。
「犬っころは躾がなってないな」
その言葉を合図のように、ユリウスとライラが動く。二人同時に土魔法を発動させると、地面から岩の鎖のような柱が伸び、オルトロスの四肢を絡め取った。巨体が地面に縫い付けられる。
もがくが、動けない。
その上空で、セラフィナが静かに魔杖を構えていた。先端がゆっくりとオルトロスへ向く。
「……。」
小さく呟く。
「――獄炎槍――」
次の瞬間、圧縮された炎が槍の形を取って放たれた。
高密度の火炎が一直線にオルトロスを貫き、その巨体を内部から焼き尽くしていく。魔物の咆哮が辺りに響いたが、それも長くは続かなかった。
炎が消えた時、そこに残っていたのは黒く焼けた巨大な影だけだった。
沈黙が落ちる。ライラが思わず呟いた。
「……すごい」
セラフィナはゆっくりと地面へ降り立った。しばらくしてユリウスが剣を収める。
「よし」
周囲を見回し、冷静に言った。
「このまま調査を続行する。四十六階層で野営を行おう」
四人は顔を見合せ、静かに頷いた。調査はまだ終わっていない。
高火力パーティ。




