102話 一体何があったのか。
ライラがレンティスと共に牢へ戻ってくる頃にはジュダスの涙も落ち着いて、話を聞ける状態になっていた。
「レンティス兄さん!?どうしてここに?」
「んふふ、みんな同じこと聞くよね。ファイフさんの様子を見に来たんだよ。どうやらリュカ君がきちんと診てくれたみたいだね」
ジュダスの側にしゃがみ込んでいたリュカがユリウスの驚いた声に立ち上がり、レンティスを見つけると小さく頭を下げた。
「僕からも少し報告があるけど、先に彼の話を聞こうか」
レンティスがジュダスへ鋭い視線を向けると、ジュダスの肩が小さく跳ねた。
「……っ……」
「君は催眠にかかっていたとはいえ、ガルディア連合国の要人でもあるギルドマスターへの傷害罪は必ず下される。それは分かってるね?」
「……はい。罰は受けます」
「これから幾つか質疑応答をするけど、虚偽の情報は言わない方がいい。裏取りで嘘だと分かれば罪が更に追加されるから」
「分かっています。誓って嘘は言いません。俺が知ってる事なら全て話します」
真っ直ぐにレンティスを見て答えたジュダスを見定めるように、レンティスは小さく頷いた。
「うん。じゃあ調書も取るから。名前、年齢、経歴、現在所属している組織、そこで何をしていたか、覚えているならガルディアのギルドマスターを狙った目的を順番に答えて」
はい、と返事をしたジュダスは一つずつ答えていく。
名はジュダス・バジーリオ、二十三歳、サーフェス連邦出身。十年前にファイフに師事し、三年前にサーフェス連邦へ帰郷。
帰郷後は連邦軍の密偵として各国への潜入調査を行っていた。
最後に潜入した先はアストレア王国の絶対的権力のある教会だった。
「アストレア王国か。潜入したのはいつの話?」
「一年前に。……二年前にサーフェスとアストレアの大規模な衝突があった事はご存知ですか?」
一瞬リュカの眉間に皺が寄るが、目を細めてジュダスの方へ視線を向けたまま話を聞いていた。
「うん。知ってる。その戦争でサーフェス連邦軍は随分と疲弊したって」
「そうなんです。アストレア軍、特に聖白騎士団の躍進があって、うちの軍は撤退せざるを得ない状況になりました。その後、追撃戦が行われると思っていた所、それ以降アストレア軍からの攻撃が途絶えたんです。何ヶ月経っても変わらずで、どうやら騎士団内部で何か起こっていて、軍全体の足並みが揃って無いようでした」
「それで君が詳しく情報を得る為に潜入調査を?」
「はい。アストレア軍の実質的支配者は教会ですから、神殿騎士として潜入したんです。そこで分かったのはアストレア軍の“要”だった人物が消息不明になっているという事でした。秘密裏に捜索はしているものの、国外に出てしまったというのが有力で、捜査は難航しているようでした。国と教会の関係が悪化したのもこの頃だと思います」
リュカは複雑な気持ちでジュダスの話を聞いていた。自分が戦線離脱した後、戦争の噂話の一つも聞かなかったのはそれ以降戦闘が行われなかったからだった。
自分が戦争の要なんて思った事はないが、結果的にあれ以上聖白騎士団にも被害は出ていないのだ。だが、国と教会が対立している以上はまだ内戦が勃発する可能性も残っている。
「……それと同時期にアストレア王国の秘密の研究施設がある事に気が付きました。そこからは研究の情報も得るべく少しずつ施設内の調査もしていたんですが、研究所の深部では不死の研究と称して……非人道的な実験が行われていて……」
「……ガルディアや他国で攫われた子供達か……」
「……そうです。目を覆いたくなるほど残酷な物でした。それを見て俺は動揺してしまって、ミスをしてしまったんです」
「ミス?」
「まだ息のある子供を助けようとして、逆に研究員に見つかってしまったんです。密偵として有るまじき行動でした。何があっても見て見ぬふりをしなければならなかったのに……」
「研究員に?それなら制圧して逃げれそうなのに何故逃げなかったの?」
「……多分、魔法なんだと思います。逃げようとした足が……身体が硬直して動かなくなったんです。そんな事初めてで更に動揺してしまって、そのまま捕まってしまった」
「……闇魔法だ……」
少し顔色を悪くしたリュカがポツリと呟いた。闇魔法と聞いて、リュカと同じ考えが過ぎったユリウスやレンティスの眉間に皺が寄っていた。ユリウスがジュダスへ問いかける。
「……その研究員はどんな人物だった?」
「赤茶色の髪の毛で黒い瞳と目の下の酷い隈が印象的でした。後は眼鏡をかけている痩せ型の男性です。……まるで世界に絶望しているような、そんな雰囲気がありました。対峙した時にあの目で見られた時、言いようの無い恐怖にかられたんです」
イグニス・デザスターだ。
誰もが口にはしなかったが、リシェルの話していた人物が、やはりアストレアの研究施設に間違いなくいたのだ。
「捕まった後は一体どうして殺されなかったんだ?」
「丁度、先生がガルディア連合国での誘拐事件を解決され、アストレア王国の研究施設の存在が明るみに出たようで、その研究員はそこから逃げる為の手段として、ここまで単独で潜入してきた俺を使う事にしたようです。俺の意識はあるのに、何故かどうしてもその研究員の命令に従わなければならないという思いになっていました」
「その研究員を連れて、二ヶ月かけてアストレアからここまでやって来たって事?逃げる為の手段だったなら……何で師匠を攻撃する事になったの?おかしくない?」
「……その研究員が俺に言ったのは、『貴重な研究所を潰された意趣返しといこうか』と。俺の経歴は話をしてしまっていたので、俺相手なら先生も油断するだろうという事だったみたいです。後、『これで世界中巻き込んで戦争にでもなればいい』とも言っていました。……先生の弟子は色んな国にいますから」
「君が自害するように仕向けたのは口封じもあるだろうけど、その研究員はファイフさんの死がいずれ戦争の切っ掛けになると分かっていたんだね?」
「はい。先生は有名ですからね」
「他には何か言っていなかった?研究員の逃亡先は何処だったか分かる?」
「そうですね……『獣人は丈夫だから死なないかもしれない、だけどシルヴァル女史が疑心暗鬼になってくれたら僥倖だ』『君は先生を殺してしまった絶望感の中死んでくれ』と……」
その言葉にファイフが息を飲んだ。組んだ腕に食い込む程手に力が入っていた。それを見たライラがそっとファイフの肩に手を置いた。
「逃亡先については研究員はほとんど口にしなかったので分かりませんでした。ただ、『古巣に帰る』とだけ……」
「古巣……」
それが、イグニスの故郷、グランヴェル帝国なのか、研究所のあるエルドリア王国なのか。いずれにせよ近くまで迫っている事には変わりない。
レンティスの予想が確実な物となろうとしている事にリュカは背筋が凍るような気がした。
「その後、何処に行ったかは分かりません。フェンリスに入る前に研究員とは別れ、俺は命じられたまま先生の下へ行きました。後は皆さんも知っての通りです」
「……研究員がここを発ってから時間も経ってない。まだそんなに遠くへは行けてないはずだ」
「それは分かりません。あの研究員の恐ろしい所は、道中遭遇した魔物を難なく手懐けて、馬の替わりにしていたんです。俺も一緒にここまで魔物に運ばれました。あれも闇魔法の一種なんでしょうか……。なので、もう少し遠くへ行っているのではないかと思います」
「ふぅん……そっか。分かった。……リュカ君」
「……っはい!」
レンティスに名を呼ばれ、リュカの肩が跳ねる。彼の方へ向くと親指でジュダスを指している。
「彼にかけられてる闇魔法は解除したんだよね?」
「はい。そのはずです」
「念の為、もっと隅々まで確認をしてもらっても良い?もしかすると、念入りに時間差で自害するよう仕込まれてる可能性もある。拘束を外すのはそれからだ」
「……!分かりました。確認します」
「ありがとう」
リュカは改めてジュダスに光魔法を念入りにかけていく。
その様子を眺め、レンティスはジュダスの方へ観察するような視線を向ける。その視線に気がついたジュダスは怖れを感じ、小さく身震いをした。
しばらくするとリュカが顔をしかめて呟いた。
「…………っ!……レンティスさんの言う通りでした」
「闇魔法の痕跡が?」
「ここまで細かく調べないと気づかないぐらい小さい物ですけど、幾つか闇魔法の種、みたいなのを見つけました。何かを切っ掛けにして発動するようになっているみたいです。……ここまでするか……?悪意の塊みたいだ」
「……一つも取りこぼさないように全て解除して欲しいけど、出来る?」
「やります。……絶対、コイツの思い通りになんてさせない」
リュカは今までに無いぐらいの憤りをイグニスに感じていた。
リシェルに聞いた、イグニスに起こった出来事は本当に遣る瀬無い程どうしようもなく不幸な事故だ。
当人じゃないから苦しみは理解は出来ないが、沢山の人を犠牲にして不幸な人を増やし、世界中を巻き込んで戦争の火種を作ろうとする事は絶対に間違ってる。
自分も、魔石が埋め込まれた後適応しなければイグニスの“被検体”としてそのまま犠牲になっていたかもしれない。
セラフィナだってもし精霊魔法が暴走していなかったら実験の素材としてこの世にいなかったかもしれない。
イグニスの実験の被害者としてだけじゃない。
闇魔法に対抗出来る、光魔法に特化した自分の才能はきっとイグニスを止める為に生まれたのだ。
魔石に適合したこの無尽蔵に湧き出る魔力も、イグニスに造られた物なら、そいつの悲願を止める為に大いに使ってやる。
そう胸の奥で思うと、リュカは拳を握り締めた。
イグニス、実在していました。闇魔法のエキスパート過ぎるな。
改めてリュカとの対比が浮き彫りになっています。




