101話 師匠と弟子
半日もかからずガルディアの首都フェンリスに辿り着いたリュカ達はフェンリスギルドへ向かった。
ギルド前でドラン達は待っているとの事でそこで別れ、受付で話をすると奥から慌てた様子でうさぎ系獣人のサリーがやってくる。
「ライラさん!皆さんも!どうぞこちらへ」
案内されたのはギルドマスターの部屋だった。中へ入ると机に座って書類を片付けてる最中のファイフが座っていた。サリーが慌てて書類を取り上げる。
「ファイフ様!大人しくしておいてくださいと言ったはずですよ!」
「大人しくしてるじゃないか。サリーは心配性だね……って大勢でどうしたんだい」
「どうしたもこうしたも……師匠が刺されたって聞いて慌てて来たに決まってるでしょ!?」
「無事で良かった……」
「あぁ、それはすまなかったね。見ての通りピンピンしてるさ」
「何を仰ってるんですか!!刺された後無理に動いたから失血死しかけてたんですからね!!本来ならまだ動いてはいけないというのに……」
目がみるみる潤んだサリーは懸命に泣くのを堪えているようだった。ライラがファイフをジトッと見て呆れた声を出した。
「師匠……サリーさんに心配かけるの良くないわよ」
「ふー……分かった分かった。お前達、話をしにきたんだろう?休憩にするよ」
ファイフが応接用のソファに座るとそれぞれも腰掛けていき、サリーが紅茶を入れて机に置いた
「それで、何があったのか聞いても?」
ユリウスがファイフに視線を向けると、ファイフは小さく頷いた。
「気を抜いていたんだろうな。その前まで普通に喋ってたんだ。後ろを見せた途端、腹を思いっきり深くやられてしまってね。殺気の一つも感じなかったから反応出来なかった」
「師匠と普通に喋ってた?……知り合いだったって事?」
「あぁそうさ。……刺したのは私の弟子だった子だ。ライラも知ってる奴だよ」
ファイフの言葉に誰もが息を飲んだ。弟子想いのこの人が油断した事にも妙に納得出来るような犯人だった。
「私を刺した後に自害しようとしたから取り押さえて拘束はしておいたんだけどね。その時に様子がおかしいと気づいたんだ。……リュカ、すまないが見て貰えるかい?」
「分かりました。……でもすみません、その前にファイフさんの体調を一度確認させて貰ってもいいですか?ライラもセラフィナもずっと心配してたんで」
「そうですよ!ファイフ様!ポーション治療だけじゃダメです!リュカさん、私が治療費を払うんでファイフ様を診てください!」
必死の表情でサリーがリュカに頭を下げる。困ったように眉を下げたファイフが観念したようにため息をついた。
「はぁ……全く……仕方ない。リュカ、すまないが頼めるか?」
「もちろんです。……じゃあ失礼します」
リュカはファイフの横に立つと手をかざす。淡い緑色の魔力がファイフを包んでいった。
「……内側に魔力が集中している場所がありますね。内蔵の損傷を自己治癒力で何とか保ってる。これ、まだ動いたらダメなやつですよ」
その言葉を聞いて、ライラとサリーが責めるような視線をファイフに向けた。
「師匠……」
「ファイフ様……」
「いや、あんまり痛く無いから……」
二人の視線に耐えかねてファイフは他所を向いて気まずそうに腕を組んだ。
「じゃあ治しますね」
リュカがそう声をかけ、金色の光が混じったと思った瞬間に魔力が弾けて消えた。
不思議そうな顔で自分の腹に手を当てたファイフは自然と安堵の息をついていた。
「……実際、治癒魔法を受けてみるとより分かるが、本当に腕の良いヒーラーだね。リュカは」
「もう大丈夫ですけど、失血死しかけてたって事なんで本当は栄養のある物食べて休んでて欲しいんですけど……」
「まだ、そういう訳にもいかないさ」
「そう言うと思いました。なので、激しい動きは禁止という事で」
「はぁ……分かった……」
「リュカさん、ありがとうございました!」
サリーが安心したように礼を言うと顔を綻ばせていた。ライラも胸をなでおろしたようで小さく息を吐く。
「……無事を確認出来た所ですまないが、その、犯人の元弟子は今何処に?」
ユリウスが遠慮がちにそう問うと、ファイフはユリウスの方へ視線を向けた。
「今は牢屋で拘束されてるよ。……拘束を取ると自傷行為を繰り返すからどうしようも無くてね……」
「なるほど……目的を達した後は自害させて証言を引き出させない様にさせられている可能性が高いんだな」
ファイフは眉間に皺を寄せ小さく頷いた。
「……出来れば自傷行為だけでも止めたい。ひとまず牢へ行こうか」
移動した先はフェンリスの憲兵団が常駐している建物の地下にある牢屋だった。
憲兵団の団長含め数名がギルド前で合流したドランとゼノンを見て青ざめていた。おおよそボードウェルで行われた地獄の合同訓練の参加者だろう。青い顔のままの団長が牢屋まで案内をして、そのままそそくさと去っていった。
「こいつだ。……三年前まで面倒を見てた弟子だよ」
牢にいたのは、暴れないように手足を拘束椅子に縛られ、舌を噛み切らないように猿轡を咬まされている、虚ろな目をしたヒョウの獣人の男だった。
取り押さえられた時についた土や自傷行為でつけたであろう傷は治療されずに残っていて、虚ろな目と合わせて死んでいるようにしか見えなかった。辛うじて肩が上下していて息をしているのが分かる。
「そんな……ジュダスじゃないの……」
ライラが彼の状態を見て衝撃を受けたように一歩後退りをした。
「……ジュダスが故郷に帰っていってから久しぶりに尋ねて来たんだ。本当に普通に挨拶してきたんだよ。いつも通り話してたけど、少し顔色が悪いようだったから部屋で話そうと私が背を向けた瞬間、後ろからやられた。一瞬、何が起こったか分からなかったさ。そのまま私を刺した短剣で自分の首を切ろうとしてね、取り押さえたらこんな状態だったんだ。話を聞きたくても出来なくてな……何が切っ掛けでこんな状態になったかさえ分からないまま、拘束するしか無かった」
ファイフは苦悶に満ちた表情で視線をジュダスへと向けていた。ライラも少し身体が震え、セラフィナがその背をそっとさすっている。
「リュカ、すまないが状態を診てやってくれないか?」
「分かりました」
リュカは拘束されているジュダスに近づくと手をかざし、治癒魔法をかける。淡い緑色の魔力が彼を包むと、リュカは眉間に皺を寄せた。
「……洗脳状態、というより強い催眠がかかってるのか……?洗脳状態だった子供達より話が聞けるかもしれないけど……」
「けど……?何か違うの?」
「…………本人の意思じゃないならやった事の記憶が残ってるってのは想像以上に過酷な事だよ」
「……仕方の無いことさ……それでも治してやってくれるか?」
「…………分かりました」
リュカの魔力に一瞬金色が混じり弾けて消えると、ジュダスの虚ろだった瞳に生気が宿っていく。
視線が動き、ファイフが立っているのを見つけると、瞳から涙が溢れて俯いた。
リュカがそっと猿轡を外すとジュダスに声をかける。
「ジュダスさん、で間違いありませんか?」
「っ……はい……ファイフ先生……生きてて良かった……」
「自傷行為に走る恐れがあったので、拘束はこのままですが大丈夫ですか?」
「……構いません。自分が何するか分からないのは……怖いので……」
「自分が何をしたか、覚えている、という事ですね?」
「…………はい。覚えています。先生……本当に、すみませんでした……」
ジュダスはそう言うと顔をくしゃくしゃにして俯いた。とめどなく涙が零れて服を濡らしていく。
ファイフがジュダスへ近づくと、彼の頭へ手を置いて髪をかき混ぜるように乱暴に撫でた。
「あれしきの事で私が死ぬわけ無いだろ?」
「本……当にっ……よかったっ……!」
「アンタが自分の命を粗末に扱った事の方が問題だよ。私の目の前で死ぬなんて許さんからな」
「はい……はい……」
正気を取り戻した本来のジュダスはこんなにも感情豊かにファイフを慕っている。
仲のいい師弟を引き裂くような催眠をかけた人物が居る事にリュカは言いようの無い不快感が込み上げてきた。
ファイフとジュダスのやり取りに、ライラも少し安心したようで身体の震えは治まっていたが、未だ俯いたままだった。
「……ちょっと、ゴメン……」
そう言うとライラは踵を返し、足早に牢の出口へと足を向けた。
角を曲がった所で誰かにぶつかりそうになったが、クルッと身体が反転したと思ったら転ばないように抱き留められていた。
「……ライラちゃん?どうしたの?」
名前を呼ばれ、顔を上げると少しだけ目を丸くしたレンティスと目が合った。
「……レンティスさん……なんでここに……?」
「ファイフさんの様子を見に来たのと、ライラちゃんも心配だったから……やっぱり来て正解だった」
そっと指先で目元を拭われたライラの瞳から更に涙が溢れ、顔を隠すようにライラはレンティスの胸元に縋り付いた。
「……うん。ずっと心配だったんだよね。ごめんね。肝心な時に傍にいれなくて」
レンティスはそっと抱き寄せて俯いているライラの頭を優しく撫でた。ライラは小さく首を横に振り、レンティスに体重を預ける。
その時、ライラを追いかけてきたセラフィナが角から顔を出した。レンティスがセラフィナに気がつくと、彼は唇に人差し指を当てて小さく笑う。
セラフィナは会釈をすると、その場を後にした。
ファイフ師匠元気でした。
師匠と弟子達との関係はどの弟子とも良好だったので、余計にショックを受けてしまったのがライラです。
そして何処にでも現れるレンティス君がいい仕事しました。




