92話 リュカの過去②
騎士団時代。
「なんか見た事ある顔だと思ったらお前、リュカか!デカくなったなぁ。……は?もう十二歳?まだガキじゃねーか。こちとらとっくに三十路超えちまったってーのに。まぁいいや、こっち手伝え」
久しぶりに会ったローランドさんは忙しなく患者の治療を行っていた。治癒魔法を使わない、外科手術というやつだ。
手は患者の血で真っ赤に染まっていたが、不思議と怖いとは思わなかった。
手伝えと言われた俺は患者に手をかざすと浄化魔法をかけた。まだこの頃は生活魔法に分類される浄化魔法だけ使えたから、それが役に立てばという気持ちで使用した。
治療を終えたローランドさんがこちらに身体を向けるとニカッと笑って肩を叩く。
「リュカお前、光魔法使いか!そりゃあ医療班向きだ。よし、色々教えてやるから今日からお前、俺の助手な!」
そうして俺は医療班に配置された初日から、班長だったローランドさんの助手に抜擢された。
彼は元々光魔法使いなのを活かし、町医者として働いていたところ徴兵されて、そのままズルズルと軍に所属しているんだと言っていた。
魔力には限界があるから光魔法だけに頼らないようにと、人体の構造や仕組みを知り、外科処置も交えて最小限の光魔法をかけていく。
更に薬草にもとても詳しかった。消毒替わりの下級ポーションが手元に無かった場合重宝するんだと笑って野草を摘んでいた。
「ちなみにこれは肉とか野菜と一緒に煮るとめっちゃ臭みが取れてスープが美味くなるから覚えとけ」
そんな料理の豆知識も教えてくれるような人だった。
手当ての話を教わったのもこの頃だ。
ローランドさんの助手になって半年ぐらい経った頃、一際激しい戦闘があった。
ひっきりなしに運ばれてくる怪我人に指や足を欠損した重症患者も運ばれてくる。血と汗と泥が混じった、更に肉が焼けたような臭いで鼻が馬鹿になったような感覚だった。
必死で処置をして回るが患者の数が多すぎて医療班が総出でも手が回りきらない。苦しそうな呻き声があちらこちらから聞こえて来る。
ふと、治癒魔法をつい最近教わった事を思い出し、俺は目の前の足を無くした患者に手をかざし、治癒と小さく頷いた。
加減がわからず、思いっきり広範囲に広がった淡い緑色の魔力は金色混じりの光を放っていた。
すると、足を無くして呻いていた目の前の患者の欠損箇所がみるみる修復していく。
まるで元々あったかのように、綺麗なままでそこに存在していた。
光が収まった時、天幕の中は驚く程に静まり返っていた。
呆然とする俺は後ろから肩を叩かれて振り向くと、そこには神妙な顔をしたローランドさんがいた。
「……リュカ、今はもう治癒魔法を使うな。こっち来て手伝え」
その後、医療班には俺の治癒魔法について箝口令が敷かれていたが、人の口に戸は建てられないとは良く言ったもので、しばらくして軍の上層部の耳に入ったようだった。
「ふざけんな!リュカはまだ成人もしてない子供だぞ!?聖白騎士団への異動とか正気か!?」
「……上から言われたのは成人もしてない子供を前線送りにするのは流石に体裁も悪いという意見もあったそうです。代替案としてリュカ・アルヴェインの代わりにローランド・ワーノック、貴方への打診が来ていますが……どうしますか?」
「……なら俺が行く。……クソが。最初からリュカをダシにして俺を前線に引っ張る予定だったんだろ」
「……察しの良い方は嫌いではありません。では私はこれで」
ローランドさんは大きくため息をつくと、引き出しからいくつかの本を取り出し、それを俺の手に乗せた。
「お前にやる。俺は前線に行かなきゃいけなくなったからな。……伝令のあの様子だと、リュカが成人した途端に前線送りになり兼ねん。それまでにこれ見て、医療班にいる間に生き残る為の力をつけろ」
そうして数日後にローランドさんは聖白騎士団へ異動となった。
彼から渡された本は、光魔法について書かれた物が数冊、医術書、薬草について、槍術の応用等、彼に教わっていた事が全て詰まっていた。
その日から、貰った本を片手に医療班で試していく日々になった。基礎的な治癒魔法、毒消し、重症患者への治癒、外科処置も行いながら、とにかく光魔法の精度を上げていった。
それが終わると天幕の裏で基礎体力を落とさないように槍術の訓練と、魔法を無効化する守護結界の構築訓練をひたすらやっていく。
救った患者が自分たちのリハビリにと、その訓練に付き合ってくれたのも技術向上が早くなった要因だったと思う。
それから二年と少し過ぎた頃、十五歳になり成人を迎えると、すぐに聖白騎士団への異動が決定した。
「お前も成人か。久しぶりだなぁ……ってかすっかり俺よりデカくなりやがって。……はぁ?縮んでねーから!まだ俺は三十代だ!生意気なのも相変わらずだなぁ」
聖白騎士団への異動になった時、既に副団長を務めていたローランドさんは団員達にとても慕われていた。
彼が異動になってから、前線での生還率は徐々に向上していると噂になってはいたが、実際部下想いで自ら動く良い上司だった。
集団で動き、同じ班に必ず一人は光魔法使いを配置して、怪我人を増やさない様に立ち回る。
その時一番の光魔法使いだったローランドさんは単騎で戦場を駆け回っては危ない班の手助けに回って仲間を救っていった。
その当時の聖白騎士団の団長は、何処かの貴族の三男か何かで、神殿騎士団で不祥事を起こして左遷されたような奴だった。
副団長のローランドさんとは折り合いが悪く、権限を行使しては押さえ付けていた。
入ったばっかりの俺はローランドさんと知り合いで、更に比較的高い能力を有していた事で目をつけられ、わざと彼とは関わらない様な仕事を回される。
俺はその団長に良いように使われる駒として最前線に立つと、敵兵を殺し、仲間を治し、更に団長の護衛もさせられていた。
「はっ!戦争孤児風情が!少し治癒魔法が得意なだけで調子に乗るな!私が使ってやってるから活躍出来てるに過ぎないんだからな!」
「ローランドと関わるな!貴様は私が使ってこそ価値があるんだ!」
「おい、そこで見張ってろ。天幕に誰も近づけるな!……なんだその眼は。こんな前線基地なんか女でも抱かなきゃやってられるか!貴様は私に従っていればいいんだ!」
「貴様が先陣を切るんだ。は?何故私が行かねばならんのだ。私は伯爵家だぞ!!私に何かあってみろ!貴様ら平民なんぞ即刻処分してやるからな!」
こういう罵倒は日常茶飯事で、時には生意気な顔だったと理不尽な体罰もあった。
身体の傷は治癒魔法で治せるので、特に気にならなかった。理不尽な扱いへの憤りは全て心の奥へ抑え込み、淡々と日々を過ごしていく。
俺はそんなクソみたいな団長の代わりに何年も最前線に立ち、ローランドさんがやっていたように立ち回って生存者を増やしていた。
即死するような傷を受けた者を助けられない事を悔やむ間もなく先へ進む。補給部隊の者たちのように遺体は故郷に帰される事もなく、戦場で埋葬されてしまう事が常。疫病が発生しないよう、その場で火葬されて埋められてしまうのだ。
俺は昨日まで笑いあっていた仲間が、火葬されていく送り火をぼんやりと眺めていた。
当時の睡眠時間は三刻を切るぐらいで、精神的にも体力的にもどんどん疲弊していた時だった。
「リュカ」
後ろから声をかけられて振り向くと、気遣わしげな顔でこちらを見ているローランドさんと目が合った。
「話すのも久しぶりだな。お前……大丈夫か?顔色が……寝てない?あのクソ団長が……!」
俺の代わりに怒りを顕にしてくれた彼に小さく笑いかけ、自分なら大丈夫だからと声をかけた。
「……リュカ、嫌なら逃げたっていいんだぞ。俺と違って故郷に妻や子供がいる訳じゃないんだから」
そう言ってくれる人の為にきっと自分の力は人より強くなっているんだと思うから、もう少し頑張れそうです、そう言って踵を返し、護衛の仕事に戻るその後ろから、ローランドさんが小さく呟いた。
「お前は何もかも背負い過ぎだよ馬鹿野郎……」
俺は聞こえない振りをして、足を止めることなくその場を後にした。
その半年後、隣国サーフェス連邦との国境付近で大規模な衝突があり、最前線に配置された聖白騎士団にも今までにない程被害が出ていた。
俺はとにかく目の前の仲間を治し、敵兵を殺し、戦って、治し、また殺す。
サーフェス連邦軍が撤退を始め、アストレア軍から勝利宣言が上がる。
ずっと抱えてきた矛盾、救った命より奪った命の方がきっと多い。そんな五年間、ずっと擦り切れた心のまま勝鬨の歌を聞いてしまった俺は、自分が切り捨てた敵兵の何も映さない瞳を見て、ギリギリまで張っていた糸がとうとう切れてしまった。
その日の夜、俺は何もかも捨ててアストレア王国から逃げ出した。
ここでプロローグと繋がりました。
今のリュカの原点である医療班時代はまだ楽しいって思う事があったんじゃないかなと。
ローランドは常識人です。
リュカは成人してからずっと優しさを搾取され続けていて、更に戦場でヒーラーとしての自分が命を奪い続ける事の矛盾に耐えきれなかったのです。
成人って言っても10代、思春期真っ只中ですから。




