90話 穏やかな休暇
「休暇……ですか?」
領主代理の“視察”から早一週間が経ち、その間もリュカとセラフィナはリシェルと共に魔導具の改良に勤しんでいた。
既に軽量化には成功し、物理攻撃も弾く改良型の物も完成させていた。現在はそれに治癒魔法を付与した物の開発中である。
そんな中、リシェルからの休暇の申し出にリュカとセラフィナは戸惑いの表情を浮かべた。
「うん。今、僕が確保してた魔石の在庫が殆ど無くなっちゃってね。開発ばっかりしてて管理を疎かにしちゃってたよ」
リシェルは改良した最新の魔導具を手に取り、ジッと眺めていた。
「あ、それならギルドで俺、購入してきましょうか?」
「それはありがたい話なんだけど、開発に使う材料の支援をグランスロット家が申し出てくれているから、そっちに既に連絡していてね。それが届くまでに後二日ぐらいかかるそうなんだ」
「あぁ、なるほど。……ユリウス達も今はダンジョンに潜って魔石集めしてくれてるしな……」
「どうせ魔石が無いと何も進まないからねぇ。届くまでの二日間は、お休みにしようかと思ってね。君たちも一ヶ月近くはずっとここに篭もりっぱなしだったから。まぁせっかくなんだ、二人で出かけておいでよ。若者は遊ぶ事も大事だよ」
リュカとセラフィナは顔を見合わせると小さく頷きリシェルへ顔を向けた。
「分かりました。ありがとうございます」
「リシェルさんもちゃんと休んでください」
「もちろん。流石にそろそろ僕も床じゃなくてベッドで寝たいし丁度良いよね」
「また床で寝たんですか……」
セラフィナが呆れた顔をリシェルに向けるが、彼は気にもしない様子で楽しげな笑顔を浮かべていた。
「いやぁ、つい作業が楽しくなっちゃってね!ほらぁ、見てよこれ!昨日ようやくこのサイズまで辿り着いたんだ!今検証中の治癒魔法を組み込む為のスペースも確保してあって…………」
魔導具をいじりながら語り出したリシェルは昨日の徹夜の成果をつらつらと述べていく。
もう見慣れてしまっていたリシェルの目の下にある濃いめの隈を思い出し、リュカはリシェルの持っている魔導具をサッと取り上げた。
「リシェルさん、ホントにちゃんと休みましょうね」
「あぁー、うん。分かってるよ」
「一旦仕舞っておきます」
リュカから魔導具を受け取ったセラフィナが、備え付け金庫に開発中の魔導具を仕舞った。
リシェルは名残惜しそうにそれを見ていたが、仕方なく笑うと肩を竦めた。
「やれやれ……はぁ……じゃあ一旦帰ろうか」
そうしてまだお昼前に三人は所長室を後にした。
研究所前でリシェルとは別れ、リュカとセラフィナは露天商が並ぶ広場へと向かい、いくつか店に寄って昼ご飯を買っていった。
広場から少し離れた場所に立ち木が並んでおり、木陰で休む事が出来る場所に向かい合って座る。
広場のベンチ程では無いがちらほらと人影がみえ、近くにはパーティだろう冒険者達も同じように昼ご飯を広げていた。
リュカは購入したパンや串焼きを取り出すと、パンに串焼きを挟み、串を抜いて即席サンドイッチを作るとそれを紙に包んでセラフィナに手渡した。
自分用も手早く作るとそれを早速頬張った。
するとパッと目を輝かせ、幸せそうな顔で食べ進めている。
セラフィナはリュカの流れるような動作を眺めて、いつものリュカの姿に自然と頬が緩んだ。
それに気づいたリュカが不思議そうな顔でセラフィナを見た。
「ん?どーした?食べなよ。美味いよ?」
「食べるよ。なんか、リュカが食べてると凄く美味しそうに見えるね」
「えっ、そうか?」
「うん」
頷くと、セラフィナも小さく頬張る。口に広がる小麦の香りと串焼きの香ばしいソースが絡んでとても美味しかった。
「美味しい」
「だよなぁ。あのおっちゃんの屋台、いっつも串焼きがいい匂いしてるからつい買っちゃうんだよなぁ」
そんな他愛もない話をしながら昼ごはんを済ませ、デザートに果物飴を食べ終えると、リュカはセラフィナと横並びに座り直す。
木にもたれかかると、そっとセラフィナの肩を抱き寄せて髪に頬を寄せた。
「……はー……なんか、こんなのんびりしてるの久しぶりかも」
「確かにそうだね」
「今日なんてめっちゃお昼寝日和だなぁ……眠くなる」
「寝てもいいよ」
「えー?」
「夜、あんまり寝れてないのかなって思って。……ちょっと隈出来てる」
セラフィナはそっとリュカの目元を指で撫でる。少しだけ擽ったそうな顔をして、リュカは眉を下げて笑った。
「……リシェルさんの事言えないなぁ」
「とりあえず、ここ頭乗せて寝たらいいよ」
ポンポンと、自分の膝を叩いたセラフィナを見て、リュカは目を丸くした。
「……脚痺れるよ?」
「大丈夫」
拳を握り何処と無く気合いが入っているセラフィナの様子に、少しだけ葛藤したリュカだったが、誘惑に負けて小さく頷いた。
「……じゃあ、ちょっとだけ……」
そっとセラフィナの脚に頭を乗せて寝っ転がると、セラフィナが上からリュカの顔を覗き込んだ。
「……眩しくない?」
「大丈夫だよ」
「目、瞑っておいたら?」
そう言うと、セラフィナはリュカの目元にそっと手を当てた。
「……なんか、マジで寝そう……」
目元の光が遮られると、暖かい木漏れ日と心地いい風も吹き抜け、昼下がりの時間がゆっくりと過ぎて行くような感覚になってくる。
自分の出自を聞かされてから、まともに睡眠を取れていなかったのは事実だった。
ユリウスもいない夜中の館の中は広く、静かで、他の事を考える間もなく思考だけがグルグルと巡って目が冴えてしまうのだ。
だが今は目元に当てられたセラフィナの手の温かさで少しずつ、リュカの思考が夢の中へ溶けていく。
(なんだ……これ……ヤバい……な……)
それを最後に、リュカの意識は完全に眠りについた。
規則正しく上下する胸元を見て、セラフィナはそっと目元に当てていた手を外した。
「寝た……?かな……」
穏やかに寝息を立てるリュカに少し安堵すると、セラフィナはリュカの目元にうっすらついてしまった隈を指でなぞる。
突然自分の知らなかった出自を出されて、混乱しない訳がなかった。落ち着いたように見えても、消化するまでどれ程時間がかかるのか、セラフィナには想像がつかなかった。
きっと彼は、辛くて泣き叫びたくても、その方法が分からないのだろう。幼い頃から自分を殺して生きるのはどれだけしんどかっただろうか。
彼に救われた自分がどれだけ返せるか分からないけれど、今、この時に穏やかな眠りに誘えたのは良かったと、セラフィナは小さく笑い、リュカの頬に手を当てた。
「……私も、リュカを守るから」
だからお願い。みんな、いざという時は力を貸してね。
そう心の中で強く思った時、それに答えるように精霊達はセラフィナとリュカの周りに寄り添っていた。
久しぶりの穏やかな時間。
弱音がなかなか吐けないリュカがセラフィナに癒される話でした。




