88話 お酒は程々に
「……良かったら、ご飯食べませんか?……一緒に」
最後の方は消え入りそうなぐらい小さな声で、少しだけ視線を逸らしてライラがそう言うと、レンティスは一瞬だけ目を丸くして、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「嬉しいな。そんな提案なら何時でも採用だねぇ」
レンティスはライラの横へ立つと、ライラの腰に手を添えて自然に歩き出した。
「どこ行こっか。ライラちゃん何食べたい?僕なんでも食べれるよ」
「……馴染みの大衆食堂で良ければそこでもいい?」
「ライラちゃんの馴染みの?もちろん良いよ!楽しみだねぇ」
ニコニコと笑い本当に嬉しそうにしているレンティスは食堂までの道中も、ライラに寄り添いながらフェンリスについて色々と質問をし、ライラも楽しそうにそれに答えていく。和やかな道中となり、やがて二人はタヌキ系獣人の女将の店“まんぷく亭”まで辿り着いていた。
「こんばんはー!二人なんだけど空いてる?」
「いらっしゃ……ってライラ!また仕事かい?今日は四人じゃないんだ……ね……」
女将は後ろに立って爽やかな笑顔を浮かべているレンティスを見て口を開けて固まってしまった。
「おばちゃん、どうしたの?」
「…………ライラ!何!?このドえらい男前は!!!どっかの国の王子様!?何!?どういう関係!?」
女将はライラの肩をガシッと掴んで前後に揺さぶりながら捲し立て、興奮が収まらないようだった。
「んふふ、そんな訳ないですよ女将さん。僕はライラちゃんの仕事仲間ですよ。……今はまだ」
「い ま は ! ま だ ! そーいう事!?っはーー!ライラ、アンタやるじゃないか!!」
「もー!!いいから!!おばちゃん!ご飯食べに来たんだけど!!」
「あらあらーほほほ、ごめんなさいねぇ。あまりにも男前過ぎて興奮しちゃったわぁ!好きなとこ座ってて!いつものでいいのかい?」
「お願い」
「あいよー!おまかせ定食二つね!」
女将はウキウキとしながら厨房へ引っ込んでいった。ライラとレンティスは奥の席に座る。
「はぁ、ごめんなさい。おばちゃんが面食いなの忘れてたわ……」
「んふふ、面白いおばちゃんだねぇ。僕、お眼鏡に叶ったみたい」
「おばちゃん、乙女だから。王子様とか、そういう話好きなのよ」
「んふふふ……なるほどねぇ」
レンティスは笑いが収まらず、しばらく肩を震わせていた。
やがて定食が運ばれて来るとようやく落ち着いたようで、カラッと揚がった鶏肉に舌鼓を打っていた。
「たまごのソースがまた美味しいねこれ」
「そうなの。おばちゃんの料理はどれも美味しいんだけど、結局おまかせ定食食べちゃうのよねぇ」
「分かる気がするよ。これは何度も食べたくなる味だなぁ」
「……なんか、ユリウスの時も思ったけど、こういう食堂のご飯とか嫌がるかと思ってたのに……」
「えっ!?僕結構こういう所で食べるよ。家にいるより外にいる方が多いから、サッと食べれて美味しいし」
「そうなんだ……」
「エルドリアに帰ったらまた一緒にご飯食べに行こうよ。おすすめの食堂教えてあげる」
「もう知ってるかもしれないわよ?」
「んふふ、それならそれで良いんだ。ライラちゃんと出かけたいだけだから」
「っ……そう……」
優しく微笑まれ、気恥ずかしくなったライラは少しだけ視線を落とした。
レンティスは定食を綺麗に完食し、女将が持ってきた温かいお茶を満足そうに飲んでいた。コップを机に置くと、肘をついて手を組み、その上に顎を乗せた。
「この後さ、ファイフさんに美味しいお酒の飲める店聞いたから行ってみたいんだけど、ライラちゃん、弟に振られた可哀想な僕と一緒に行ってくれる?」
悲しそうに眉を下げ、小さく首を傾げてそう言ったレンティスがおかしくて、ライラはまた吹き出してしまう。
「ふっふふふ……仕方ないわね。可哀想だから行ってあげるわ」
「良かった。じゃあそろそろ行こうか」
揃って食堂を後にし、レンティスはまたライラの横に立つと腰に手を添えて歩き出した。
しばらく歩き店に着くと、それぞれ席が個室になっていて、周りを気にせずゆっくり飲めるようなお店だった。
「師匠が好きそうなお店だわ」
「ファイフさん有名人だもんねぇ。これはゆっくり飲めそう」
案内された席はベンチが置いてある二人用の席で、ベルを鳴らして店員を呼ぶようになっているようだ。
二人は並んで座り、ボトルで白ワインと簡単なおつまみをいくつか頼んだ。グラスにワインを注ぐと芳醇な香りが広がり、心が浮き立った。
「凄い良い香り……」
「へぇ、凄いねぇ。ファイフさんがオススメする訳だ。……じゃあ乾杯」
二人でグラスを小さく掲げ、ワインに口をつけた。
「うん!これは美味しいわ!」
「飲みやすいから幾らでも飲めそう」
「そういえば、レンティスさんってお酒強いの?」
「んー……一般的な人より強いかなぁ。結構飲む方かも」
「ユリウスも強かったわね、そういえば……」
他愛もない話をしながらワインを次々と空けていく。レンティスの飲むペースが早く、それにつられる様にライラのグラスも空いていった。
しばらくすると、ライラの酔いがすっかり回ったようで、頬が少しだけ赤くなっていた。目を瞬かせてチビチビとワインを飲んでいる。
「ライラちゃん、水も飲んどいてね?」
「……わかってるわよぉ」
「……呂律が怪しいから少しお酒休憩ね」
「らいじょうぶらし。まらのめる」
「却下。大分飲んじゃったでしょ?」
「……うん」
「うん。素直でよろしい。……はい水。ゆっくり飲んで」
「ありあと……」
チビチビと水を飲み、グラスを置いたライラがレンティスの方へ向くと、何処と無く目が据わっていた。
「…………れんてぃすさんってわたしのことほんろにすきなの?」
「……ライラちゃん、酔いすぎだよ」
「ろーなの?やっぱおたわむれなの?」
「ライラちゃん」
「わたし、ぬまにはまってしまったんれすけろ、ろーしたらいいんれすか」
ライラはそう言うと、レンティスの胸ぐらを掴んで自分の方へ引き寄せた。
「はまったせきにん、ろってほしいんれすけろ」
「ライラちゃ……!」
レンティスの言葉は最後まで紡がれる事なくライラの唇に塞がれてしまった。
驚きで固まってしまったレンティスは、サリッと唇を舐めるライラの舌の感触でようやく我に返ると、慌てて身体を離した。
「ライラちゃん!落ち着いて!」
「おちついてる。……いやなの?」
「嫌な訳なくてさぁ!あのね、酔った勢いでそういう事するのは僕が卑怯でしょ!?」
「べつにいいんれすけろ」
「んもーー!そうじゃなくてさぁ!」
「なによ……ろうせわたしのころなんておあそびなんれしょ?」
そう言うと、金色の瞳から涙がポロポロと零れ落ちてきた。
レンティスは未だ胸ぐらを掴んだままのライラをそのまま優しく抱き締めた。
「馬鹿言わないでくれるかなぁ。お遊びな訳ないでしょ?僕がどんだけライラちゃんに触れるの我慢してると思ってんの」
「……そうなの?」
「そうだよ!もー……酔ってない時にちゃんとするつもりだったのにさ。三段階ぐらい飛び越えて来るからビックリしたよ……」
「そうなんら……」
「……そっちがその気なら、もう遠慮しなくていいって事だね?」
「へ?!んんっ!」
レンティスはライラを腕の中に閉じ込めたまま唇を塞いだ。最初は押し付けるだけだった口付けが、徐々に角度を変えて深くなって来る。
ライラは唇と舌から伝わる熱で頭の中がふわふわとする感覚になっていく。小さく音を立てて唇が離れると酸素を求めて思い切り息を吸った。
レンティスを見上げると、彼も少しだけ息が上がっている。
「……順番、間違っちゃったけど。好きだよ、ライラちゃん」
「……うん。わたしもすきれす……」
「……酔いが覚めて、何も覚えてないとかは止めて欲しいなぁ……」
「らいじょうぶれす」
「大丈夫じゃ無さそう」
「れんてぃすさんの…あんしんする……」
「……ライラちゃん?」
ライラはふわふわした気持ちのままレンティス腕の中で眠りに落ちてしまった。
レンティスは大きくため息をつくとライラを抱え直し、そっと持ち上げて店を後にした。
宿についてそっとベッドに横たえると、幸せそうな顔で眠っているライラの顔が良く見えた。レンティスは小さく笑うと、もう一度唇に口付ける。
「……ほんっっとーに、僕の精神が鋼のようで良かったねぇ。起きてからマジで覚悟しといてよ、ライラちゃん」
ライラの頬を優しく撫でると、レンティスはベッドの横に備えつけてあったソファに寝転んだ。
酔っ払いの大暴走。
据え膳食わないレンティスの精神力に拍手を送りたい。




