86話 飛竜と景色と家族と
時は少し遡って、ガルディア連合国へ向かうユリウスとライラは、飛竜がいる宿舎の前に来ていた。
宿舎の中には四体の飛竜が羽を休めており、レンティスの部下であるドランとゼノンが先程まで世話をしていたようで、それぞれの飛竜の鼻を撫でている。
「あ、弟君とライラさん、お久しぶりっすね」
「俺たちのパートナーじゃないのが一体増えてるなって思ってたけど弟君のだったんだ」
「お久しぶりです。……十日前に手懐けたばかりですがね」
ユリウスが一体の飛竜の前へ行くと、飛竜の方から鼻を差し出した。優しく撫でてやると嬉しそうに喉を鳴らし、機嫌が良さそうだ。ゼノンがその光景を見て驚きの声をあげた。
「へー!短期間なのに随分懐いてるじゃん!」
「最初から大人しい子でしたよ」
「んな訳ないっすよ!!うちの子と同じ餌を置いてたのに気に食わなかったら俺に向かって餌箱ひっくり返したりしてたっすからね!!……まぁ隊長が言い聞かせて大人しく食べてたけど……」
「言い聞かせ……?」
「言い聞かせだよ。この子達も本能的に分かるんじゃないかなぁ?この人に逆らったらダメだって」
「そうそう。隊長普段あんな感じでほわほわしてるっすけど、多分本気出したら視線で人殺せると思う……」
「マジでそれな。ってか既に何人か殺ってるかもしれないよね。ははは」
「ふぅん、そんな風に思ってたの?」
後ろから声がしてドラン達が振り向くと、レンティスが腕を組んでにこやかに立っていた。
笑っているはずなのに圧が凄い。背筋が凍るようなそんな笑顔を見て、ドランとゼノンの冷や汗が止まらない。
「隊……長……!!」
「あ、いや、これは……」
「いくら僕でも視線だけで人は殺せないなぁ。ちょっと実験してみようか。お前らそこ立ってなよ」
「いや、あの、その」
じりじりと後ずさる二人を追い詰めるようにレンティスが一歩前に出たその時、ユリウスが少しだけ咎めるような声を出した。
「レンティス兄さん、飛竜が怯えてるから止めてくれ」
「ん?あぁ、ごめんごめん、そういうんじゃなかったんだけどねぇ。この失礼な部下達に話してただけなんだけど」
フッと圧が消えたレンティスが飛竜へ近づくと、まるで媚びを売るような仕草で擦り寄ってくる。
「みんないい子にしてたみたいだね。それにしてもユリウスは昔から動物を手懐けるの上手だなぁ。馬達もなんだかんだユリウスが一番好きだったもんね」
「そうか?兄さん達も上手く乗るだろ」
「うちの弟は謙遜が過ぎるね!兄様達も乗馬は上手いけど、飛竜まではなかなか手懐けれないのに。サイレスなんていい例じゃん」
「いや、あれは、サイレス兄様に飛竜も怯えてるだけなんじゃ……」
「それもあるけどそうじゃ無くってさぁ……」
レンティスが小さく肩を落として困ったように眉を下げた。
「はぁ……お兄さん達見すぎて基準がバグってんのよ、ユリウスは。私からしたらあんたも十分ヤバいやつだからね。ってかいつの間にか飛竜手懐けてるとか意味分かんないし」
ライラが小さくため息をつくと呆れた声でそう言った。
「いや、これはレンティス兄さんが……」
「馬鹿ねぇ、見たら分かるじゃない。レンティスさんが言い聞かせるだけでそんなにユリウスの方に寄っていく訳ないでしょ」
ライラの言葉を聞いてもユリウスはいまいち納得いかないような顔をしていたが、レンティスがパッと顔を綻ばせるとライラの手を取り勢い良く握手をして、早口で捲し立てる。
「そう、そうなんだよライラちゃん!分かってもらえる!?うちの弟ってばすごく出来る子なのにさぁ、いっつもこんな感じな訳!ちゃんと分かってくれてる子がユリウスの仲間なの本当に嬉しいよ!!」
「あの、ちょ……っと、待っ……」
「もう本当にありがとう!ライラちゃんって仲間の事本当に良く見てるし面倒見も良いしダメな事はダメってちゃんと言えるし可愛いし綺麗だし最高だよね!僕今めちゃくちゃ感動してるから!!」
「いや、あの……」
「ガルディアでの道中でそこら辺もうちょっと話したい!!パーティの話色々聞かせてね。ライラちゃんは僕と一緒に乗るからゆっくり話が出来るし嬉しいなぁ」
レンティスがにっこりと笑ってそう言うとライラの瞳が大きく開かれて、少し焦ったようにユリウスの方へ首を向けた。
「……え、ちょっと待って、私、ユリウスと乗るんじゃないの?」
「何言ってる。俺はまだ飛竜初心者なんだ。二人乗りは難しい。レンティス兄さんの所が一番安全に決まってるだろう?」
「そうっすよ。俺らの飛竜は気難しいっすからね!」
「二人乗りは俺には無理なんで」
そう言うと三人は視線を逸らしそそくさと自分達の飛竜へと飛び乗った。
「って訳だから。……ちょっとごめんね」
「へ?……っわあぁぁぁ!?」
唖然としているライラをサッと横に抱き上げると、レンティスも飛竜へと飛び乗った。
突然の浮遊感に驚いたライラはレンティスの首元に思わず腕を回してしまう。
飛竜の背中に載せられていた鞍にそっと降ろされたライラは、ふと横を見て綺麗なレンティスの顔が近くにある事にも驚き、顔を真っ赤にしながら声にならない悲鳴を上げて仰け反った。
「っと危ないよ」
レンティスは事も無げにライラの腰と手首を掴むと自分の方へ引き寄せる。ライラはポスンと音がしそうな程、優しく彼の胸元に抱き止められた。
「驚かせてごめんね。絶対落としたりしないしライラちゃんにとっても快適な旅にするから、あまり嫌がらないで欲しいなぁ」
少しだけ眉を下げて笑うレンティスを見てライラは視線を落とすと、小さな声で呟いた。
「……別に……嫌な訳じゃなくて……」
「……うん」
「急に来られると戸惑うっていうか……」
「…うん」
「……は……ずかしいというか……」
耳まで赤くなってそう言ったライラに、レンティスは嬉しそうな顔になった。
「そっか、良かった。嫌な訳じゃなくて。……ちょっと浮かれすぎてるねぇ、僕。気をつけなきゃな。じゃあそろそろ出発しようか」
笑って頬をかいたレンティスは、ライラに前を向かせて飛竜に跨らせると、後ろから右手でライラの腹に手を回し自分の方へ寄せて支え、左手で手綱を持った。
同時に四体の飛竜が空に向けて飛び上がり、あっという間に地面から離れていった。
飛び上がった時の重力が身体にかかり、ライラはギュッと目を瞑って耐えていたが、しばらくするとそれが無くなった。
そっと目を開くと、視界に広がるのは壮大なグレイスロウの街並と遠くに連なる高い山々、更に雲がこんなに近くに見える。見渡すと海も見えてはるか先まで続く水平線が太陽の光で煌めいていた。
初めて見る空からの景色に素直な感動の声が溢れた。
「わぁ……!凄い……!こんな遠くまで見渡せるなんて……」
「眺め良いでしょ?僕もこれ見て初めて騎士団に入って良かったって思ったよ」
「初めて……?」
「うん。兄様達は反対してたんだけど、ほら、兄様達や領民を護るだけならサイレスで事足りてるし、サイレスは見た目の通り脳筋気味だから、王国騎士団に入るなら僕の方が上手く立ち回れるよねって十五歳で志願して行ったんだけどねぇ。当時は平和ボケした上層部の多い事多い事。兄様を見習えって思っちゃって」
「……セリオンさん、凄い人だものね」
「そうだね。まぁまだ成人してすぐだったから若かったんだなって思うけど。んで、ずっと鬱々してた時にこの特殊部隊の話が来てね。二つ返事で了承して、初めて空に昇ってこのグレイスロウを一望した時に、僕のいる国は美しいな、兄様達やユリウスがいるここを僕が最前線で護らなきゃいけないなって思ったんだ。結構単純でしょ?」
なんとなく気恥ずかしそうに話すレンティスの声にライラはそっと後ろにいるレンティスを見上げた。
懐かしい思い出を辿るように景色を眺めていたレンティスの目がとても優しく細められたのを見て、ライラの心臓が大きく音を立てた。
「……全然単純じゃないわよ」
「そぉ?」
「十分立派な動機じゃない。家族みんなを護りたくて騎士団に入ったって事でしょ?」
「一番の動機はまぁそれだけど普通だよ」
「凄い事でしょ。お兄さん達は行かなくていいって言ってくれてたのに、自分から最前線に行くなんて」
「んふふ、兄様は過保護だからねぇ。僕なら強いし大丈夫なのにね」
「……強くても、危険と隣り合わせなら誰だって心配するわよ」
「まぁそっかぁ。……もしかしてライラちゃんも僕の事心配してくれたりするの?」
「っ…………………………するわよ……」
そう聞かれたライラは一瞬だけ言葉が詰まったが、しばらくして小さく答えた。
一瞬だけ目を丸くしたレンティスはライラの耳が赤くなっているのを見て嬉しそうに笑い、支えるためにライラの腹に回していた手に少しだけ力を込める。更にほんの少しだけライラの方へ身を預け、頬を髪に寄せた。
「んふふ、そっかぁ。ならライラちゃんが安心出来るようにもっと頑張るよ」
「十分頑張ってるでしょ……」
「ふふっありがと……やっぱりライラちゃんっていい子だねぇ」
「なにそれ」
「悪いのに捕まっちゃいそうで大変だなって」
「悪いのって自覚があるのね……」
「さぁねぇ?ライラちゃんが可愛いのが悪いんじゃない?」
「んんっ……そうじゃなくて……」
「あっはっはっは!ホント、可愛くて困るなぁ。……ね、ライラちゃん、どうしようか?」
最後はライラの耳元で囁いたレンティスは支える為だった手を更に前に回すと、ライラとの隙間をほとんど無くしていった。
ライラは小さく息を吐いた。
この男は分かって言ってる、非常にズルい男だと思う。どうしようか、なんて。僅かに空けた隙間はこちらが何時でも逃げれるようにしてくれているのだろう。そんな気遣いもズルい所だと思う。
……もういいじゃん。少しぐらい素直になってもさ。
小さく笑いそっと後ろに寄っかかると、ライラはレンティスとの僅かな隙間を埋めた。
「……ホント、悪いヤツだわ……」
「んふふ、光栄だねぇ」
レンティスは楽しそうに笑い、右手でライラをしっかり抱き締めると、頬を寄せていた髪に口付けを落とした。
少しだけ進展した二人の恋模様。
もう少しだけ続きます。




