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聖槍の光、魔杖の夜  作者: 望月華月
1章 グレイスロウ
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10話 ダンジョン、異常あり

 セラフィナの涙がようやく落ち着いた頃、焚き火を挟んで座っていたユリウスが静かに口を開いた。

「一つ確認しておこう。このまま先に進むつもりではいるが、ここで一度地上に戻るという選択もある。無理をする必要はない」

 視線がセラフィナへ向けられる。炎の明かりが、彼女の赤い瞳をわずかに揺らしていた。

 セラフィナは少し考えるように俯いたあと、小さく首を横に振る。

「……大丈夫。先、進もう」

 その言葉を聞いて、ライラがにっと笑った。リュカとユリウスも互いに顔を見合わせ、静かに頷く。明日からも調査再開で決まりだった。


 翌日、四十階層中ボス出現地点周辺。

 昨日、セラフィナが異変を起こした場所の近くで、四人は慎重に歩みを進めていた。

 リュカはさりげなくセラフィナの様子を見ている。顔色も呼吸も落ち着いていて、今のところ魔力の乱れも感じられない。ひとまず問題はなさそうだと胸の奥で小さく息をついた。

 しばらく進んだところで、セラフィナが足を止めた。

「……少し、ザワザワする……」

 不安そうな声だった。リュカはすぐに彼女の隣へ寄り、手をかざして治癒魔法を流し込む。淡い光がセラフィナの周囲に広がり、乱れかけていた魔力の流れを静かに整えていった。

「どう?」

「……うん、落ち着いた」

 その様子を確認していたライラが、周囲の索敵に意識を戻す。しばらくして眉をひそめた。

「……ちょっと待って。前方に反応ある」

 そして、少しだけ首を傾げる。

「……中ボスっぽいけど、なんか変」

 ユリウスが剣に手を添えた。

「行くぞ」

 短い合図だった。

 四人はそのまま慎重に進み、中ボスの出現地点へ足を踏み入れる。

 そこでライラが思わず声を上げた。

「はぁあ? あれ、何……? 見た事ないやついるんですけど」

 視線の先。巨大な影がゆっくりと首を持ち上げた。ドラゴンのような大きな翼。蜥蜴を思わせる鱗の身体。ぎょろりとした目と、鋭い牙が並ぶ大きな口。

 巨大な爬虫類型のモンスターがそこにいた。

 ユリウスがわずかに目を見開く。

「……ドラコリスクか」

 低く呟く。リュカも眉を寄せた。

「ここのボスって、マンティコアだったよな」

「そうだ」

 ユリウスが頷く。リュカは一瞬セラフィナを見る。

「もしかして、セラフィナが反応した原因って……ボスモンスターの変化だったのか?」

「……まだ断定は出来ん」

 ユリウスは冷静な声で答えた。

「だが、可能性はある。もう少し先の深層まで調査してみよう」

 その瞬間、ドラコリスクが翼を大きく広げる。

「来るぞ」

 ユリウスの声と同時に、四人は動いた。

 中ボスだとしても戦闘は長くは続かない。四人の連携は長年パーティを組んでいるかのように正確に機能していた。

 ドラコリスクはほどなく地面へ崩れ落ちる。

 だが、四人の表情は勝利の安堵よりも、別の疑問に向いていた。本来いるはずのないモンスターが、ここにいたからだ。

 

 それからの数日間、四人は第四十一階層から第四十四階層までを慎重に進みながら調査を続けた。安全地帯で休息を取りつつ、セラフィナが感じる違和感を手がかりに周辺を細かく確認していく。

 地形が変化している場所。以前とは違う種類のモンスターが出現する区域。

 異変は思っていたよりも多く、気づけば四日が経っていた。

 そして現在、第四十五階層の安全地帯で、四人は野営をしている。

 奇妙なことに、この階層ではボスモンスターに遭遇しないまま調査が終わっていた。

 焚き火の明かりの中、ライラが腕を組んで地図を見つめる。

「だいぶ変わってるね。前来た時より、ダンジョンがかなり複雑になってる」

 いつもの軽い調子はなりを潜め真剣な顔つきだった。ユリウスも同じ地図を覗き込む。

「ここまで多くの変化が同時に起こるのは珍しい」

 そして視線を上げた。

「明日からも気を抜かず調査を進めよう」

 三人が頷く。ユリウスはそのままセラフィナを見る。

「セラフィナ、何か気になることはあったか」

 セラフィナは少し迷ってから、地図に指を置いた。

「……この辺」

 赤い瞳が地図を見つめる。

「ここが……一番ザワザワした」

 小さく息を吐く。

「……何もない空間だったのに、あまり近づきたくない感じ」

 ユリウスはその場所を見て、ゆっくり頷いた。

「やはり、これまでのボス出現地点とは違うな……そこは、もう少し詳しく調査する必要がありそうだ」

「了解」

 三人の声が静かに重なった。



 四十五階層。

 前日に目印を付けておいた地点へ、四人は再び足を運んでいた。古代都市跡の名残が色濃く残る区域で、崩れかけた石柱や砕けた像の破片が地面に散らばっている。かつて建物だったのだろう石造りの壁がいくつも残り、広い空間の中に静かに佇んでいた。

 セラフィナが足を止める。その手が小さく震えていた。

「……! ここ……」

 顔色も明らかに悪い。リュカはすぐに隣へ回り込むと、そっと手をかざして治癒魔法を流した。淡い光がセラフィナの身体を包み、乱れかけていた魔力の流れを静かに整えていく。

「セラフィナ、大丈夫だから」

 落ち着いた声でそう言うと、セラフィナの呼吸がゆっくりと戻っていった。

「……うん、大丈夫」

 少しだけ安堵した表情を見せる。胸の奥で、セラフィナは思う。

――リュカの魔力は、本当にあたたかい。

 四人はそのまま周囲の調査を始めた。

 古代都市跡らしい痕跡があちこちに残っている。風化した石の床、半ば崩れた壁、形の分からなくなった像の破片。かつてここに何かの施設か建物があったことだけは分かるが、今ではその用途までは想像できない。

 しばらくして、ライラが足を止めた。

 

「……いる」

 小さく呟く。

「この壁の奥、何かいる。しかも……複数」

 彼女が見ているのは、レンガ状の石を積み上げて作られた古い大きな壁だった。向こう側は何も見えない。

 リュカが少し焦った顔になる。

「複数……?」

「間違いない」

 ライラは頷き、ユリウスへ視線を向けた。

「ユリウス、ここの中ボスって何だった?」

「四十五階層はキメラだったはずだ」

 その言葉に、セラフィナが小さく反応する。

「キメラ……?」

 リュカがふと何かに気づいたように顔を上げた。

「……そういえば、あの時のはぐれモンスターって、キメラ型だったよな」

「えっ、でも中ボスって普通は一体で現れるはずだけど…」

 ユリウスの表情がわずかに引き締まる。

「……今回の異変の原因は、ここかもしれないな」

 少し考えてから、ライラへ声をかける。

「ライラ、正確に何体いるか探れるか」

 ライラは壁に手を当てるようにしながら目を閉じた。

「やってみる」

 しばらく沈黙が続き、ライラがゆっくり目を開いた。

「…………中型が三十二体、大型が十二体……それと、さらに大きいのが一体」

 その数字にリュカが息を呑む。ユリウスは低く呟いた。

「四十五体か」

 少し間を置いて、ライラへ視線を向ける。

「種類は分かるか」

 ライラは申し訳なさそうに首を振った。

「……ごめん、そこまでは分からない。ただ多分、中型が普通のキメラだと思う」

 ユリウスはその答えを聞くと、わずかに口角を上げた。

「十分だ」

 そして今度はリュカの方へ振り返る。

「リュカ」

「ん?」

「模擬戦で使っていた守護結界、どの程度まで強度を保ったまま広げられる」

 リュカは少し考える。

「広げすぎると強度は落ちるけど……この空間くらいなら多分大丈夫かな。ユリウスが使った魔法の威力くらいなら防げると思う」

 その答えに、ユリウスは小さく息をついた。

「薄々思っていたが……君は本当に規格外だな」

 次に視線をセラフィナへ向ける。

「セラフィナ、君の攻撃魔法は全力で使った場合、どの程度の威力になる」

セラフィナは少し戸惑いながら答えた。

「……全力では使ったことないけど…マンティコアなら一撃で倒せた」

 ユリウスが一瞬言葉を失う。

「全力ではなくて、か」小さく苦笑する。

「君も大概規格外だな」

 そして三人を見渡した。

「よし」

 声がわずかに低くなる。

「作戦を伝える」

 その言葉に、三人は静かに頷いた。

 この先にあるものが、今回の異変の核心に近いと、誰もが感じていた。

ダンジョンの様子が…


_____________________

※グレイスロウ大ダンジョンについて③


5階層ごとに中ボスと呼ばれる階層に現れる種の上位個体が出る。

フロアボスと呼ばれる、冒険者ランクの目安になる強い個体のモンスターがいる。

10階層...下級冒険者なら倒せる強さ。ギルド規定で12歳以上で挑むことが出来る。

30階層...中級冒険者なら倒せる程の強さ。

60階層...上級冒険者でないと難しい。

各ボスは撃破すると品質が高いドロップ品あり。

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