83話 “視察”という名の
「“視察”?」
トールが眼鏡を押し上げながらそれに答える。
「年に数回、研究所へは足を運んでいるんです。それぞれ研究の進捗状況を確認して、それによって領からの補助金を決定しますから」
「なるほど……」
リシェルがソワソワと落ち着かない様子で声をかけた。
「立ち話もなんだから入って入って!セリオン君と話が出来る良い機会なんだからね!」
「リシェルさんは相変わらずだねぇ」
セリオンは小さく笑うと一人がけのソファに座り、優雅に脚を組む。
トールがその後ろに立ち、サイレスは扉を閉めるとその前に立った。
机の上に置いてあるビーカーに入ったお茶を見て、トールが眉を顰めた。
「……実験器具で茶を飲むなと前にも言いましたよね所長?」
「えぇー、これが一番たくさん入って良いんだけどダメ?」
「はぁ……私が入れ直しますんで少しお待ちください。リュカ、こちらに」
「あ、はい!」
名指しされ少し背筋を伸ばして立ち上がったリュカは、ビーカーを下げるとトールの後ろについていった。
備え付けられている小さなキッチンでホコリを被っていた茶器を拭きあげ、手際よく茶を淹れていく。トールの後ろで盆を持たされているリュカは感心したようにそれを見ていた。
「めっちゃ上手いですね。ユリウスも同じように入れてた気がするなぁ」
「あの子には私が教えましたからね。貴方も覚えておきなさい。折角の茶葉が勿体ない」
「すみません……」
「あの所長なので仕方ありませんよ。来ると毎回同じやり取りをやらされてますから」
「ははは……」
「さぁ戻りますよ。放っておくと所長が暴走しかねないので」
そう言って手を拭いたトールは盆を持つリュカを連れて戻っていった。
トールが心配していた通り、リシェルが製作途中の魔導具を持ってセリオンと物凄い勢いで喋り倒しており、その勢いに圧倒されて端に座るセラフィナが少しだけ引いていた。
それを制止するようにトールが割り込むと、そっと茶器を机に置いていった。
「やっぱりちゃんと淹れると美味しいねぇ。トール君は上手だなぁ」
お茶を一口飲んだリシェルから感嘆の声が上がり、セリオンはそれを楽しそうに眺めている。しばらくして音も立てずにカップを置くと口を開いた。
「さて、じゃあ今日の本題に入ろうか」
その言葉にリュカ達もカップを置き、視線を向ける。
「アストレアの国と教会が対立したようだ。現在、所謂内戦状態に陥っている」
「内戦!?」
「国の言い分は教会が暴走して勝手に起こした事件であると。教会は国からの指示だったという主張だ。お互い問題を擦り付けあってるよ」
「じゃあ教会の神殿騎士団と国の聖白騎士団が?」
「まだ武力行使にまでは至っていないようだけど時間の問題だね。元々一枚岩ではない関係だったから。リュカ君、一つ聞くけど、この二つの騎士団はどっちが強いのかな?」
「……俺が居た頃は、聖白騎士団だったと思います。今、団長になってるのがローランド・ワーノックっていう人なら、多分、まだ聖白騎士団かと」
「ふぅん、そうか。ちなみにどんな人だった?」
「……元々は医療班を率いてた人でした。光魔法の使い手で、ローランドさんがいると戦場での生還率が高くなると言われるぐらい医術の腕も確かでした。俺が聖白騎士団に異動になった後も既に副団長でしたし、前線での立ち回り方を教えてくれた人で……俺の、先生だった人です」
「なるほどねぇ。リュカ君はローランドさんがこの件を知らなかったと思ってるのかな?」
「……そう……ですね。ローランドさんが関与してるって、俺が思いたくないだけかもしれないですけど……」
喋っているうちに目線がどんどん落ちていくリュカを見て、セリオンは少しだけ眉を下げて困ったように笑うと、膝の上で手を組んだ。
「一つ、言っておこうか。この件に関して、聖白騎士団は“白”だよ」
セリオンの断言するような言葉にリュカの思考が停止した。
「……?……は?」
「聖白騎士団の構成員ってね、平民やリュカ君のような戦争孤児が主でしょう?君の先生もそうだよ。言うなれば何時でも替えがきく人材だ。前の団長だった人物は貴族の出身だったけど、これも神殿騎士団から左遷されただけの替えがきく人材だった」
「……死んでも別に困らない人達って事ですよね」
「そういう事。国の上層部や教会がただの平民や立場の弱い孤児達にそんな事を話す訳がないよね。それにずっと聖白騎士団は他国との小競り合いの最前線に立たされているんだから。リュカ君も何の為に戦っているのか、知っていて前線に立っていたのかい?違うだろう?」
「……」
「軍では上からの命令は絶対だ。一番立場が弱い聖白騎士団の意思なんて入る余地は無い。反抗すれば軍規違反で処分も有り得るような理不尽がまかり通る世界だからね」
「……そうですね。俺は、アストレアから見るとただの裏切り者で、逃亡者で、処分対象になっていると思います」
「普通なら、そうだろうけど」
「えっ……」
「ルシアンが言ってたんでしょう?リュカ君には一切非がない状態にして前団長を処分したって」
リュカはルシアンとの会話を思い出して息が詰まった。
確かにそうだ。そう言っていた。じゃあ、今の自分の処遇はアストレアでは一体どうなっているのだろうか。
もし、もし団長以外でも自分のせいで処分された人がいたら……
ぐるぐると良くない事ばかりが頭に浮かんでは消えていく。
「リュカ君」
「っ!……はい」
セリオンが穏やかな声で名前を呼ぶと驚いたように肩が跳ね、リュカはようやく顔をあげた。
「今、君のいる所は何処かな?」
「……グレイスロウ、です」
「うん。そうだよ。忘れないで」
セリオンは優しく笑みを浮かべてこちらを見ていた。
グランスロット家はなんて暖かい人達なんだろうか。たった一言、それだけなのに、自分を受け入れてくれているのだと理解してしまった。
喉の奥から込み上げて来るものをリュカはぐっと飲み込んだ。
アストレアの話になると一気に後ろ向きになってしまうリュカ。
衝撃的な話は続きます。




