73話 非公式の依頼
「追跡調査……」
「闇魔法への対処法の確立って……?」
首を傾げるリュカにレンティスは小さく笑い、机に置いていた資料を手に取った。
「……これを作ったイグニスはあくまで“素材集め”の為に神殿騎士に渡していた。でもこれが、もし、神殿騎士以上に悪意のある人物の手に渡ったとしたら?」
レンティスの言葉にその場の空気が張り詰めていく。
「今、手元にあるのが三つ。だけど、もっと数があると考えるべきだよね?……もし、この技術が悪意ある誰かに解析されて、更に大きな魔石に組み込めたとしたらどうなると思う?」
「……国が滅ぶな……」
「うん、そういう事。今、ここにある物だけでも、やろうと思えば国が乗っ取れるような代物なんだ。洗脳の性能が異常な程高いんだよ。覚えてるかな?救出した子供は四ヶ月もの間記憶が飛んでいた事。これ、意識は無くても最低限の食事や排泄、睡眠を自分でさせられていたのが分かった」
「……まさかそんな……」
「そのまさかが起こせる魔導具なんだよ。この小さい魔導具は一定の範囲に近づかなければ使えなかった。でも、大きな魔石に組み込んで出力を上げたとしたら?民だけじゃなく上層部も洗脳されたら?国の戦力である騎士団が洗脳されたら?国が危惧してるのはね、その可能性がゼロじゃない事」
「……騎士団が洗脳されたって想像しただけで怖いわね」
「うん。だからこそ最優先なのは闇魔法への対抗手段だと思う。同時に重要人物であるイグニスの追跡調査も行わなきゃなんだけど、この件で動ける人ってのが少なすぎてねぇ……手が足りないから君たちも呼んだって訳」
「……これは、国からの非公式の依頼って事か」
「うん。そういう事。まぁ僕としてもユリウス達のパーティとならやり易いから助かるんだけど。断って貰っても良いんだけど、その場合、この件が終わるまで君たち全員に王家からの“監視”が付く事になってる」
ユリウス以外の三人は目を見開き、驚きを隠せないでいた。ライラが小さくため息をつく。
「はぁ……実質断れないって事ね」
「そうだねぇ……かなり危険な依頼だし、本当は関わらせたく無いんだけど…ごめんね?」
申し訳無さそうに眉を下げ、小さく首を傾げて上目遣いで隣に座るライラに謝るレンティスを見て、ライラは喉を詰まらせた。
「……ダイジョウブデス……」
「んふふ、良かった」
ニコニコと笑うレンティスと、目をギュッと瞑り何かに耐えているようなライラを見て、ユリウスとセラフィナはそっと視線を外し、リュカは首を傾げていた。
ユリウスが空気を変えるように咳払いしてから口を開いた。
「……依頼については分かった。だがイグニスはアストレアの研究施設に居るんだろう?そんな遠くの国へ行ってこっちが攫ってくるという訳にはいかないだろうが、どうやって追跡調査を?」
「うん。それなんだけどね。僕の予想が当たれば、イグニスはそのうちエルドリア王国に来るんじゃないかと思ってる」
「えっ!?」
「リシェルさんの話を聞いた印象でしかないけど、イグニスはまだ、蘇生魔法に固執していると思う。禁忌の研究であるときちんと理解した上でここを出て、今までアストレアに身を寄せているからね。だけど、誘拐が明るみに出たアストレアの施設が解体されたら?次はどこに行くと思う?」
「……ダンジョンがたくさんあって研究施設のあるここに戻ってくる可能性がある……?」
「そう。イグニスはダンジョンコアにも興味を示していた。研究場所を失ったら次はダンジョンを形成出来る莫大な魔力の塊を狙って来るかもしれない 」
レンティスはそう言うと、手に取った資料から一束の綴りを取り出すと、ユリウスに手渡した。
覗き込むとそこには走り書きの様な字で表題が書かれているようだった。
『蘇生魔法における魔力循環及び魔石の有用性について』
「これは動物実験のようだけどね。成功はしなかった物だけど、蘇生魔法について自ら調べていた。……それとこっちも」
『医療機関での実証・睡眠の魔導具魔力回路設計図』
『闇魔法の戦闘における実証実験』
『古代兵器と精霊・ダンジョンコアの関係』
『グレイスロウ大ダンジョン・コア動力機構構想』
イグニスが置いていった研究資料の一部を見るだけでも、彼が優秀な研究員である事は疑いようが無いほど綺麗に纏められており、細部までメモ書きがあるぐらい書き込みもされていた。
リュカは資料に目を通していた時、ある一文が妙に引っかかり、思わず呟いた。
「……闇魔法はダンジョンのモンスターにも有用……?」
リュカの言葉にレンティスは小さく頷いた。
「気づいた?グレイスロウ大ダンジョンは、深層にあるコアに辿り着くまでにダンジョン内に罠がたくさんあるから難しいとは思うけど、各地の通常のダンジョンなら?階層が浅いダンジョンなら、イグニスは戦闘は出来なくても無傷でコアを探し出せる可能性があるって事」
「かなりヤバくないです?それ……」
「見つけたとして、こっちから近づいた瞬間に闇魔法で眠らされたらどうしようも無いわよね……」
「そう。だから、最優先なのは闇魔法への対処法、対抗手段なんだよ。これはリシェルさんから説明してもらった方がいいかな?ね、リシェルさ……」
レンティスがリシェルの方へ向くと、そこには床に転がって資料の上で健やかに眠っているリシェルがいた。
「静かだと思ったよ……」
苦笑いして、レンティスは所長の椅子にかけてあったブランケットを手に取ると、リシェルへとかけてやる。
「随分根詰めてたからねぇ。仕方ないか。リシェルさんが寝てる間にある程度僕から話しておくね」
危険な案件だけど、一緒に仕事が出来て嬉しいレンティス。
一番危惧してるのは自分が洗脳されて大事な人達に危害を加えてしまう事だったりする。




