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聖槍の光、魔杖の夜  作者: 望月華月
3章 エルドリア王国
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71話 イグニスという男

リシェルの語り。

「グランヴェル帝国より来ました、イグニス・デザスターと申します。あなたがここの所長をされているとか?よろしくお願いいたします」

 

 イグニスと名乗った彼がグレイスロウの研究所へやって来たのは三十五年前、彼が二十三歳の時だった。


 エルドリア王国にも隣接しているグランヴェル帝国では、四十五年前の前皇帝がとにかく愚帝だった。傍若無人に贅の限りを尽くして国力は下がる一方。他国にもそっぽを向かれていた時期で、他所からの支援も見込めなかった。割を食うのは力の無い民で帝国はどんどん疲弊していった。

 だが四十年前にグランヴェル帝国で流行病が蔓延した事で、事態は急変する事となる。

 

 愚帝があっさり流行病で死んだのだ。

 

 そこからのグランヴェル帝国の新皇帝は賢帝としても名を馳せる事になった。ちなみに現在も健在である。

 

 そんなグランヴェル帝国との国交が断絶して十年、愚帝が死んで五年目にようやく開かれた、かの国との交換留学の為にエルドリアに来た一人がイグニスだった。


「私にはグランヴェルにもう家族がおりません。貴族でもない一般帝国民ですから、国としても差し出しやすい人材だったのでは?」


 そう苦笑いを浮かべて語るイグニスだったが、悲観した様子は無かった。

 聞けば五年前の流行病で彼を残して家族は全て亡くなったのだそうだ。


「私は自分の魔法の可能性を信じています。闇魔法は忌避されがちですが、父や母、幼い弟を病に苦しまずに逝かせてやれたので。今回の交換留学は折角の機会なんで、世界最高峰と言われるこの研究所で思い切り好きな事を突き詰めてやろうと思ってます」


 交換留学期間は二年。その間、彼は宣言通り精力的に魔法研究を行っていく。

 あの当時の闇魔法はまだ鑑定以外の用途は犯罪に使われる事が多く、闇魔法の使い手というだけで忌避されていた。

 しかし、彼の研究していた睡眠や催眠の魔法は医療現場で絶大な効力を発揮した。

 たった二年で闇魔法に対する今までの評価をひっくり返したのだ。


「アスラエル所長にも色々助けていただいて感謝しています。まだやりたい事もあるんで、またここに戻ってきますよ」


 そう言って交換留学を終えグランヴェル帝国へと帰って行ったイグニスは、一年後、本当に戻って来た。


「えっ、社交辞令だと思ってたんです?そんな訳ないじゃないですか。まだ中途半端で止まってる研究があるんですよ?」


 彼はとても優秀な研究員だった。

 所長になる前から人族の研究員とも多数関わりを持ったが、彼ほど真面目で、博識で、努力家で、熱心な研究員は初めてだった。


 魔法研究については闇魔法だけではなく、光魔法、四属性魔法についての新しい使用方法の確立。医療現場にもよく赴いていて熱心に講習会を開いては、闇魔法使いに睡眠や催眠の正しい使い方を教えていた。


「あ、アスラエル所長、これ()()で作ったんですけど差し上げますよ。巷で噂の魔導ランプ。私にこの発想は無かったから作るのなかなか面白かったです」

 更に趣味で魔導具を製作してしまうほど、器用になんでもこなしてしまうような男だった。


 そんな風に真面目に研究をこなしていたイグニスが少しづつ、おかしくなっていく出来事が起こる。


 研究所へ戻ってきて四年が経った頃、イグニスは魔導具研究の研究員だった女性と一緒になった。故郷で家族を失った彼に家族が出来たのだ。

 とても仲睦まじく、見ているこっちも幸せになるような、そんな二人だった。

 だけど、そんな幸せは長く続かなかった。


 一緒になって一年後、研究員の女性が事故で亡くなってしまう。

 彼女の腹には彼との子供が宿っていたのに、共に彼の前から居なくなってしまった。


「…………なんで……彼女だけ……」


 その事故は彼女が研究していた、古代文明の魔導具の暴走によって引き起こされた物だった。

 暴走した魔導具の魔力に吹き飛ばされ、非力な研究員だった彼女は打ちどころが悪くそのまま息を引き取った。

 

 共同研究者だった獣人の研究員や亜人の研究員は生きていたのに、彼女だけ、亡くなってしまったのだ。 

  

「……アスラエル所長…何故人族はこんなに脆く、直ぐに儚くなってしまうんでしょうね…。獣人のように身体が丈夫でもなく、亜人のように長寿でもない……何故、人族だけ……」


 そこから、イグニスの研究の質が変わっていった。

 

 動物に始まり、森に徘徊している小型の魔物を闇魔法で眠らせ、生きたまま解剖して魔石を取り出したり、戦争の現場に赴き、幻覚に悩まされる人々を使って強い洗脳の魔法を使う事もあった。

 前の彼では考えられない程残酷な実験にも手を出し始めていたのだ。

 更に寝る間を惜しんで古代文明の兵器や魔導具研究にも乗り出していた。


「……光魔法でも死んだ人間を蘇生させる事は不可能だ……だがそれに近い事が出来るとすれば……」

 

「……何故不死や蘇生の研究は禁忌扱いなんだ。資料が足りん……人族が他種族と肩を並べるには……」


「…………人からも魔石が採れるとしたら……」


「……やはり古代文明では精霊は道具として使われていたんだ……」


「このアヴァロライア大陸全域にあるダンジョンは全て古代兵器や魔導具の成れの果てか……?」


「それなら、ダンジョンコアを手にすれば……」


「もし、グレイスロウ大ダンジョンのコアなら……?」


 誰の言葉にも耳を貸さず、とにかく実験を繰り返し続けたイグニスは、彼女が亡くなって二年が経った、今から二十五年前、全てを放棄して研究所から姿を消した。

真面目で優秀な天才はきっかけがあれば転がり落ちるのも早い。

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