8話 魔力暴走
三日目の朝。
簡単な朝食を済ませた四人は、三十一階層の安全地帯を後にした。砂漠の中に突き出た岩場を慎重に進みながら、調査を続けていく。
三十一階層、三十二階層、三十三階層。
モンスターは現れるものの、どれも脅威になるような相手ではなかった。四人の連携はすでに安定しており、戦闘は短時間で終わる。三十五階層に現れた中ボス、サンドワームも例外ではなかった。ユリウスの一撃が胴体を断ち、戦闘は呆気なく終わる。
「……終わったな」
大剣を軽く振って血を払うユリウス。ライラが肩を回しながら息を吐く。
「ここまで結構楽勝だったねぇ」
その日の調査はそこで切り上げ、三十六階層の安全地帯に野営地を作ることになった。
焚き火の前で簡単な炊き出しを囲む。温かいスープを飲みながら、ライラが口を開いた。
「なーんか拍子抜けだったね、今日は」
「異常が無いのはいい事なのだがな……静かすぎる気もするが」
「まぁまぁ、この調子で怪我なく進めるのが一番だよ。調査ってのは、何も起きないのが一番の成果だったりするしさ」
リュカは少し考えるように顎をさする。
「ヒーラーさんらしい発言だねそれ」
「だって怪我人増えたら俺の仕事増えるし」
「本音出た」
そんな軽口が飛び交い、夜は静かに更けていった。
そして四日目。
再び調査を開始する。三十六階層、三十七階層、三十八階層。
モンスターは現れるのだが、どこか違和感があった。静かすぎる。ライラが小声で呟いた。
「……やっぱり変だよ」
「何がだ?」
「敵の気配が少ない」
耳を澄ませるように辺りを見回す。
「この階層、もっとうろついててもおかしくないのに」
「言われてみれば……確かに少ないな」
リュカも辺りを見回した。セラフィナは何も言わず、ただ周囲を警戒していた。
やがて四十階層へ到達する。中ボスの出現する場所へ続く手前まで進んだ、その時だった。
鋭い異音が突然セラフィナを襲う。耳を突き刺すような高い音。リュカの前を歩くセラフィナが、身体から力が抜けたように膝をついた。
「……!セラフィナ!どうした!?」
リュカがすぐに駆け寄り顔を覗き込む。セラフィナの表情は苦しげに歪んでいた。唇がかすかに動く。
「……にげ……」
言葉は最後まで続かなかった。
次の瞬間、セラフィナの身体から、膨大な魔力が噴き出した。渦のような圧力が周囲へ広がる。
「……っ!」
リュカは衝撃で後方へ弾き飛ばされた。
「リュカ!」
ライラが叫ぶ。ユリウスが素早くリュカの腕を掴み体を起こした。セラフィナから溢れ出る魔力を見て眉をひそめる。
「……魔力暴走だ」
あまりの力に息をのんだ。
「なんて質量だ……」
「魔力暴走!?セラフィナが!?」
ライラの声が震える。
「だってあんなに魔法を扱えるのにおかしくない!?」
セラフィナは自分の身体を抱きしめるようにしていた。溢れ出る魔力を必死に抑え込もうとしているが、一向に止まらない。表情は苦痛に歪み、呼吸も乱れていた。
リュカはそれを見て、ふと記憶を思い出す。最初に会った日、あの時も魔力が乱れた痕跡があった。
(……あの日も、これを抑えようとしてたのか)
セラフィナが震える声で言う。
「…………お願い……」
目をぎゅっと閉じ、涙が零れ落ちる。
「早く逃げて……」
「セラフィナ!!」
セラフィナを呼ぶライラの声が揺れる。
「ねぇ、やばいよ!どうする!?」
魔力の嵐は激しくなる一方だった。このままでは巻き込まれる。誰もがそれを理解していた。
その時だった。リュカが、前へ踏み出した。
「……」
何も言わず、セラフィナへ向かって歩き出す。
「……!ダメ!!早く逃げて……!」
涙を流しながら叫ぶ。
「みんな壊しちゃう……!」
リュカは立ち止まらない。ゆっくりと、しかし迷いなく進んで行く。その身体を薄い緑色の魔力が包んでいた。
セラフィナへ微笑む。
「大丈夫……俺が壊させない」
優しく言葉を紡ぎ、一歩、また一歩と近づく。
「セラフィナも」
「みんなも」
暴れる魔力の渦の中を、平然と進んでいく。やがて彼女の前まで辿り着いた。
手をかざし、薄い緑の魔力が広がる。そこへ金色の光が混ざった。一瞬だけ強く輝き、次の瞬間弾けて消える。
嵐のようだった魔力の暴走は嘘のように消え、静寂が戻った。
セラフィナは震える手を見つめていた。
「……治まっ……た……?」
恐る恐る呟く。リュカが優しく笑った。
「うん。……もう大丈夫」
セラフィナは顔を上げる。
「……壊して……ない……?」
「全然」
リュカは首を振る。
「誰も傷ついてないよ...万が一傷ついたとしてもさ」
穏やかに、安心させるように笑った。
「俺が絶対治してやるよ」
その言葉を聞いた瞬間、セラフィナの顔がくしゃりと歪んだ。彼女の赤い瞳から涙が溢れる。
「……っ…………ありがと……」
声が震える。そして小さく、けれどはっきりと。
「……リュカ」
初めて、セラフィナは名前を呼んだ。
リュカは目を瞬かせる。
(……今、名前呼んでくれた……!)
思わず笑みがこぼれた。
「ん」
短く頷いた。
少し心を開いた様子。




