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木漏れ日②  作者: 汪海妹
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22 未練は時に罪悪感から生まれる②














   22 未練は時に罪悪感から生まれる②













   飯塚春菜












   

その日、マギはウェディングで貸切でした。会が終わると、今日はディナーがない。ダラダラと会場の片付けをした後に、今月はウェディングが入ったおかげで売り上げも上々、みんなで飲みに行こうとなっていた。


散らばったゴミを片付けたり席を元に戻したりして歩き回るみんなの中で、お店の隅っこで中川さんがテーブルに座り、何をするでもなくぼんやりと外を見ていた。なんかおかしいなと思い、近寄った。


「中川さん」

「はい」

「今日はオフですか?」

「なんで?」

「いや、中川さんのことだから、ここにちょっと顔出したあとまた別の店舗なり行って仕事するんだろうと思ってたので」

「うん……」

「なんかありました?」


ぼんやりとしていたのがこっち見た。


「実はわたしたちが知らないだけで、うちは倒産の危機に瀕してるとか?」

「いいえ」

「お腹が痛いんですか?」


ぶっ、笑った。


「ごめん。手伝うよ」


ノロノロと立ち上がる。


「まさか。そんなんで声かけたわけじゃないですよ。別の店舗に行かないなら、どっか個室でメールでもチェックしてたらどうですか?で、飲みいきましょう」

「え?」

「部下を労うのは立派な上司の仕事ですよ。ささ」


個室に引っ張って閉じ込めた。しばらくしてこっそり覗いてみた。やっぱりぼうっとしてたんです。こりゃ、おかしいなと。なんかあった。


中川さんはですね。暇な日がないんです。あっちこっちいっつも歩き回ってるし、移動中だってパソコン開く人なのに……。


その後、みんなでいった居酒屋ではもう少しまともでした。穏やかに笑いながらみんなの話を聞いていた。でも、よくみるとやっぱり元気がないみたい。


一次会がはけると、お酒の好きな人たちで二次会へ行こうとなる。中川さんは今日は全然酔ってなくて、そして、二次会に行く子たちにまた今度と言って一人駅へ向かった。


「さ、づかちゃん、行くよー」


酔っ払ったスタッフが、ちゃっかり人の手首掴んで引っ張る。わたしは引っ張られながら後ろを振り返っていました。ゆっくりと駅のほうへ遠ざかっていく背中。


その時、神谷秀の声が聞こえた。


後悔しちゃ損だぞ。一回きりの人生だ。失敗してなんぼだよ

そんなことしてちゃあっという間にしわくちゃの婆さんなっちゃうぞ


「ごめんなさい」


掴まれてた手首を離す。


「えー」

「また今度ね」


そして、中川さんの方へ走っていった。


「つかまえた」


酔っ払った勢いで腕に抱きついた。


「なんだ。づかちゃん?」


中川さんが上からわたしを見下ろして、そして、わたしは見上げた。


「二次会なら行かないよ」

「わたしも行きません」

「じゃあ、なあに?」

「……」


腕にしがみついたまま、歯を食いしばった。いけ、春菜。根性見せろ。


「奢ってください」

「なんで?」

「今回わたし、頑張ったじゃないですか」

「うん」

「それに、元々は中川さん頼ってきたお客さんですよ」

「ああ……」


中川さんはちょっと上を見て考える。


「確かに」

「中川さんが何もしないからわたしが全部やりました」

「うん」

「奢ってくださーい」

「ああ、わかった、わかった。しょうがないな。どこへいく?」

「どっかお酒の飲めるとこ」

「はいはい」


二人で歩き出す。わたしはまだちゃっかり腕に抱きついていた。


「離しなさいよ。セクハラだよ」

「酔っ払って一人で歩けません」

「いや、嘘だ。絶対」

「セクハラは受けた本人が不快に思ったら、セクハラなんですよ。若い女の子に腕掴まれたら専務は不快なんですか?」

「うわ、肩書きで呼ぶなよ。封印してるのに」

「なんで封印するんですか?」

「なんちゃって専務だからだよ。ああ、もう、腕に捕まるのは許してあげるから、肩書きで呼ぶな」


ふふふふふ、思わず笑みがこぼれる。


「なんだ、ご機嫌だな」


にやけるのを止められなかった。離したくない。このままずっと。


***


二人で並んでカウンターに座って、最初は中川さんはわたしの話を聞いてた。時々笑いながら。二杯目、三杯目くらいになってきた時にわたしは聞いた。


「今日、なんかありましたよね?」

「ん?」

「すっごい変でしたよ」

「そう?」


カウンターに頬杖してこっち見る。


「今だけは、わたしが上司であなたが部下だという立場を忘れて」

「いや、反対でしょ?」

「だから、忘れて、話してみてください」

「えー」

「酒が足りないな。ほら、飲んで」

「いや、これ、結構アルコール度高い……」

「大人は飲んで忘れるんだよ。さ、ささ」

「……」


しばらくしかめ面してグラスを持ち上げてそこに入っているお酒を眺めていたけど、結局、諦めて飲んだ。


「さ、その、ネクタイもいけない。外してしまいなさい」

「……」


素直に従った。そして、ついでにワイシャツの手首のボタンを右と左外した。

そして、ため息をついた後にカウンターに突っ伏しました。


「ホントのところ、何があったんですか?」

「どっから話したらいいかわからない」


しばらく突っ伏していた。寝ちゃったかなとちょっと焦った頃にボソボソと話し出す。


「ずっと好きだった子が……、昔の話なんだけど」

「はい」

「なんか本当は悪い人だったのかなと……」

「それって……」


そっと言葉を継ぎ足した。


「もしかして、時任さん、ですか?」


中川さんはむくりと顔を上げた。


「あー、まだ、お酒、足りない。飲むか。すみませーん。お代わり、わたしも」


手に無理やりグラス握らせた。


「カンパーイ」


カチリと合わせて自分の杯をあける。


「さ、薬だと思って、ささ」


またじとっとグラスの中の液体を見た後に、体を起こすと諦めたようにまたぐいと飲んだ。


「なんで……」

「いや、だって、明らかに挙動不審だったし。二人とも」

「……」

「刑事ドラマ見て推理の真似事してたら、簡単にわかりますよ。でも、元カノじゃないって言ったじゃないですか」

「嘘はついてない」

「はい?」


そして、不貞腐れたようにまたカウンターにうつ伏せた。


「付き合ってない」

「じゃ、片思いだったってことですか?」

「……」

「すみませーん、お代わり」

「ああ、どうしても話させるのかよ」

「そんな景気の悪い顔してないで、言っちまいなさいよ」

「二股かけられてたの。大学生の時に」

「え……」

「司と俺と。あっちが本命」


時任さんのふんわりとした様子が浮かび上がる。人って……、見かけによらないな。


「それって、騙されてたってことですか?」

「いや、司と付き合ってるのは承知の上で」

「承知の上で?」

「誘いに乗った……」

「あー」


そりゃまた、どうして。いや、知らなかったな。あの再会の時のあの会話の裏にはそんなシチュエーションがあったなんて。


「で、時任さんは遊びだったけど、中川さんは本気だったってことですか?」

「……」


今度こそ寝たかと思ってたら不意にむくりと起きた。


「すみません。お代わり」

「お」


スイッチ入ってしまったかもしれません。


「奏が100%遊びだったってどうしても思いたくなくて」

「じゃ、少しは本気だったってこと?」

「わかんねぇ」

「ああ……」

「一旦、関係解消して一年くらい経った時に」

「はい」

「会いたいって電話かかってきて」

「会ったんですか?」

「いいや」


それから、中川さんはグラスの酒をぐいと飲んだ。


「結婚前に二回会いたいって言われた。直前に」

「ああ……」

「それでも、全部、遊び?」

「……」


何も言えませんでした。もう一度、中川さんカウンターに突っ伏した。


「司が、他の女の子と遊んだとか色々、司の悪いところ聞かされてさ。でも、別れたらって何回言っても別れなくって。司が加害者で、奏が被害者で、でも、奏はそんな司のことがそれでも好きで、そんなふうに思ってた」

「はい」

「俺が最後に奏を受け入れなかったから、奏は司と結婚したんであって、本当は奏は俺のところにきたがってたんじゃないかって」

「はい」

「ずうっとその考えが消えなかった。何度もあの時会わなかったことを悔やんで」


すっごい辛かったんだろうなとその顔を見ながら思う。


「それが今日、司にさ。奏は右で司を持って、で、左で俺を持ってる、その状態が一番満たされるんだって言われたんだよ。最初っから最後まで司と別れる気なんて全然なくて、それで、俺にも手を出してたって……」

「……」

「もしかして本当は、奏が加害者で俺と司って被害者だったのかなって、初めて思った」


中川さんは両手で顔を覆った。


「わけわかんねー、女って」


しばらくそのまま黙って動かなかった。


「それで、ショック受けてたんですか?」

「なんだろうなぁ」


顔を上げてぼんやりと天井を眺めた。


「奏とのことはもう、どうにもならない過去のことだから、それをどうこうしたいというのはないんだよ。これからね」

「うん」

「だけど、思い出は綺麗にとっときたいの。もし、奏が本当に司が言うような女だったら、俺が好きになった奏がいなくなっちゃう。それなら、なんで俺はこんなに長い間苦しんで、一度なんて自分のことを本当に大切にしてくれる女の子泣かしたりまでしたのに、なんだったんだろうって」

「時任さんのこと、今でも信じたいんですか?」

「過去を全部意味のなかったことになんてしたくない」


悲しい目の色でそう呟く中川さんをわたしはすぐ近くで眺めていました。


「中川さん」

「なに?」

「過去を綺麗なままに取っておきたい気持ちはなんとなくわかります」

「うん」

「わかりますけど」

「けど?」

「過去を綺麗なままに未来には進めませんよ」

「……」

「時任さんと別れた後、同じぐらい好きになった人、今までいました?」

「いない」

「過去とお別れしないと、きっと一生そのままですよ」

「……」

「それでいいんですか?」


黙って俯いている顔をすぐ横で眺める。わたしは、カウンターの上に置かれている中川さんの片手の上にそっと自分の片手を載せた。


「それで本当にいいんですか?」


そんな寂しい人生を送ってほしくない。この人には。

中川さんはわたしの方を見た。少し泣きそうになりながらわたしは一生懸命話してた。


「中川さん」

「ん?」

「時任さんの、その奏さんのそれは、愛じゃない」

「愛じゃない?」

「奏さんは確かに中川さんに対して何かは持ってたんでしょう。でも、それは愛じゃない」

「どうしてそんなこと、君にわかるの?」

「だって愛っていうのは、相手を苦しめるものじゃないもの。相手のことを思うことでしょう?こんなにあなたを傷つけて苦しめているものが、愛なわけないじゃないですか」

「……」


ごく近くで見つめ合いながら、わたしは必死でした。この時、自分をなんだか止められなかったんです。


「中川さんは大切な人なんです。わたしたちの。だから、わたし、奏さんが許せません」

「……」

「許せません。こんな傷つけて、一人ぼっちにして。こんなに長い間。そんなの愛じゃない」


本当はそこは、わたしたちではなくてわたし、でした。

中川さんはわたしの大切な人なんです。だから、奏さんが許せない。


「サーターアンダーギーの呪いがかかってしまえばいいのに……」

「……」


ぼんやりとわたしをじっと見たあとに、ぶっと中川さんが横で吹き出した。しばらく横で笑ってた。


「ごめんなさい。言いすぎました」

「いや、そうだな。かかってしまえばいい」


そう言って、少しだけさっきよりも楽しそうにグラスを口に運ぶ。やっと少しだけ、元気になったみたい。その様子を見て、やっぱりちょっとだけ泣きそうになりました。


「さ、飲みましょう」

「まだ飲むの?」

「夜はこれからですよ」

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