22 未練は時に罪悪感から生まれる①
22 未練は時に罪悪感から生まれる①
飯塚春菜
そしてあれよあれよというままに、まぁくんと寧々ちゃんのウェディングの日が来た。当日マギの受付の辺りで教会での式を終えて移動してくるお客様をお迎えする。旧家同士の結婚式なのだろうか、着物のご年配の方が結構いらして、フレンチレストランに着物姿の人たちが集まるという少し風変わりな景色になった。まぁくんが青い顔をするわけだと思う。
程なく時任さんも到着した。今日はご主人とお子さんと一緒に来ていた。
「本日はおめでとうございます」
「ああ、春菜ちゃん」
にっこりと穏やかに笑った後に、時任さんの目がそっと辺りを見渡すのが伺えた。旦那さんが口を開く。
「崇は?」
「申し訳ありません。もうそろそろ到着するかと思うんですが」
「ああ、そう」
簡単にそういうとずかずかと奥の方へ入っていく。奥さんが子供たちを連れてその後に続いた。
新郎新婦が到着して披露宴が始まるまでまだ間があった。スタッフが飲み物をサービスしながら回るのを会場の端っこから眺めていた。すると近くの席でやはりこれまた袴姿のおじいちゃん同士が話しているのが聞こえてくる。顔色を変えずに静かに隅に佇みながら聞くとはなしにそのおしゃべりを聞く。
「それにしてもこんなところで結婚式を挙げるとは、やぁっぱり寧々ははちゃめちゃだ」
「女にしとくのはもったいないのう」
「正志のやつであの寧々のじゃじゃ馬を飼い慣らせるかのう」
「なんで寧々もあの正志で手を打ったのかのう」
がはがはと笑っている。するとそばにいた上品なお婆さんがおじいさんの手をぴしりと叩く。
「もう、正志さんのことをそんなふうにいうのよしてください」
「でも、見るからに頼りないのう」
「そんなこと言って、意外と正志さんは芯の強いところがおありなんですよ」
「そうか?」
「そうですよ」
そんな言葉に耳を傾けていると、入口の方が騒がしくなった。新郎と新婦がついたのかもしれない。そちらの方を見ると、ほどなく華やかなドレスに身を包み満面の笑みの花嫁が会場に入ってくる。わぁっと歓声が上がり、拍手が起こる。その脇にまるで付き人みたいにまぁくんがいた。
いや、まぁくん、完全に霞んでるな。でも……、本当に幸せそうな顔をしていた。
二人が席に落ち着き、司会の人が立ち上がる。そこまで見届けて会場の方はマギのスタッフたちに任せわたしは照明と音響の小部屋に入る。そこにはすでに大原君がいた。
「ああ、うまくできるかなぁ」
「飯塚さんって本番でこけるタイプですか?」
「ええ?どうだろう?」
「ほら、人って手のひらに書いて呑んで」
「ね、やっぱり大原君がやって」
「何言ってんすか。この後に及んで」
「ふえーん」
「サーターアンダーギーの呪いがかかりますよ」
「……」
「さ、腹を括ってください」
わたしはそして目を瞑った。すると、なぜかあの光景が目に浮かんだんです。
破天荒な寧々ちゃんが木から飛び降りる。見事着地して額から血を流しながらまぁくんに向かって見たかーと叫ぶ。
そして、わたしに魔素が見えた。というか、感じられた。
その時に始まった二人の絆が今日ここで結ばれるのだな。キラキラと光る魔素が感じられたのです。ああ、これは確かにサーターアンダーギーの祝福だわ。
二人が末長く幸せでありますように
結局はミゲールのいうところの魔素というのは、ここに参列している人たちの幸せになってほしいという心のエネルギーのようなものなんじゃないかな。代表のスピーチ、友人の挨拶、歌を歌う人もいた。キャンドルサービスがあって……。
「それではここで二人の門出を祝いながら、ちょっと珍しくはあるのですが、手品のショーが行われます」
司会のその言葉を合図にカーテンが閉められる。会場の皆さんがざわざわとし始める。カーテンが閉められて店内はキャンドルを残すのみの暗闇に沈んだ。
「飯塚さん?」
「もうちょっと待って」
ざわざわしている会場が静かになった。
「行こう」
その合図で大原君がオリーブの首飾りをスタートさせる。会場はそんなにたくさんの人がいるということを一瞬忘れてしまうほどに静かだった。その中におなじみの曲が流れる。
そして……
たらりらりらー
暗闇の中にパッとミゲールが浮かび上がった。
おおーっと歓声が上がる。パチパチと拍手が上がる。
ミゲールは滑らかな動作で帽子をとると中から大判のスカーフを引っ張る、そのコミカルな動きに笑いが集まる。ミゲールはヨタヨタとステージを動き回りながら延々と帽子からスカーフを取り出し続ける。いつまでも終わらずイライラとしている様子に笑いが集まる。そして、スカーフが突然何かに突っかかる。うんともすんとも言わない。突っかかったスカーフと格闘しながら動き回るミゲールをわたしは逃さず照明で追い続けた。
そして、スカーフが突然抜けてその後にパッと花びらが散る。パァッと。
わぁっと歓声が起こり、ミゲールがまるで執事のようにきっちりとお礼をする。
一旦パッと電気が消えた。パチパチパチと拍手が起こった。
そして、また会場が明るくなる。いつの間にかミゲールはステッキを持っている。リハーサル通りにショーは進みました。そして、最後のメイン、寧々ちゃんが宙に浮く場面がやってきました。
照明は大きめに会場を照らし、ミゲールの動きを追う。ミゲールはステージのすぐ脇の新郎新婦の席に颯爽と歩み寄ると、寧々ちゃんに向かってやはり執事のように恭しくお辞儀をする。寧々ちゃんは輝くような笑顔でミゲールを見て、そして、まぁ君を見て、そしてもう一度立ち上がって恭しくお辞儀をしているミゲールに従う。照明が動く二人を追ってもう一度ステージ中央を照らすとそこにはいつの間にか細長い台が配置されている。ミゲールはそこで台を指し示す。寧々ちゃんが恐る恐ると台に横になる。すると台の横でミゲールがはっしと両手を合わせ目を閉じ一心に拝む。
たーらららーらららー
音楽が佳境に入る時、スルスルと寧々ちゃんが浮かび上がる。おおーとみんなの声が上がる。メロディーが旋律を上げ続け、最高の所まで来た。寧々ちゃんは宙に浮かんでいる。
ぱちん
そこで、我々は暗闇の中に落ちる。1、2、3、4、5。ゆっくり五つ数を数える間、皆は暗闇の中で再び光が現れるのを待つ。ここで、わたしが照明をつけたら、ミゲールと寧々ちゃんが立ち上がって二人とも両手を挙げて観客に喝采をこうはずでした。
パチリ
ところが……
光が再び現れるとそこにいたのはミゲールと寧々ちゃんではなかった。
そこに現れたのは台の上でまぁくんに抱っこされた寧々ちゃんだったのです。
まぁくんはステージの脇の席に座っていたはずなのに。みんなおおーっと驚く。
新婦自身も驚いていた。驚いた後に寧々ちゃんはまぁくんに抱きついてそのほっぺにキスをした。笑いが起こってそして、拍手がまた起こる。まぁくんが寧々ちゃんをそっと立たせて、そして二人で右に左にお辞儀をする。
「なんかいいね。こういうの」
無事に終わった安堵感も相まってその光景をうっとりと眺めた。
「結婚したくなりました?」
「相手がいないな」
「相手ができたらぜひ、飯塚さんもマギで結婚式あげてくださいよ」
暗闇の中で待っていると、王子様が自分を抱きしめてくれるのか。悪くないな。
「社割効くのかな」
「ん?」
「よく考えたら、一般庶民がマギで結婚式はないわー」
ミゲールの見積りの値段を思い出した。真っ二つコースでも危ういわ。
小部屋を出てホールに戻る。
ショーも終わり、今度はクロカンブッシュが出てきた。新郎新婦がそれを切り分けてみんなに渡しながら回っている。会場を見渡して隅の方に見慣れた背中を見つけました。そっと近寄ってちょっと離れたところからその人を眺めた。
「お口に合いましたでしょうか」
「ええ、思ったよりあっさりしてたわ。あたし、フランス料理ってもっとしつこいのかと思ってた」
「フレンチも進化しているんです。現代風は昔よりもっとあっさりとしたものが本場フランスでも好まれるようでして」
「あらそうなの?」
「健康志向の影響もあるかもしれませんね」
「へぇ、よくご存知ね」
中川さんは老婦人の賛辞に控え目に笑って応じた。
「でも、なんだかこういうのは使いこなせなくってね」
すぐそばにいる夫人のご主人かと思われる男性が、ナイフとフォークを持ち上げて見せる。
「そちら、拝借してもよろしいですか?」
中川さんはご老人の手からナイフとフォークを受け取るとお皿をそっと動かして、代わりに肉を切り分け始めた。少しの音も立てずにあっという間に綺麗に切り分けられていく。
「あらお上手ね」
言葉に一礼してそっと食器をご老人の前に戻す。
「飲み物、おかわりお持ちしましょうか」
「日本酒はないのかなぁ」
「すみません。あいにく取り揃えておりません」
「もうあなたったら」
仲の良さそうなご夫婦のそばで合わせて微笑んでいる横顔を見ていました。約束通り最後には来たんだな、中川さん。
中川崇
式が始まってからそっと静かに店舗に入り隅の方で全体の様子を眺めていた。そして、司の横で子供たちと一緒にいる奏を遠くから眺めました。
お母さんなんだなと思いながら。子供に服の袖を引っ張られて振り向いてなぁにと優しく話しかけるその顔。
それを不思議な気分で眺めていた。
お母さんである奏を見た時のその不思議な感じ。その正体はなんなのだろうと考えてみる。
多分、それは……
それは、彼女が幸せそうに見えること、だったのだと思う。
僕にとっての奏は、あの奏なんです。電話の向こうで僕に会いたいと言って泣いたあの奏。
そして、僕の不在の家に僕を訪ねてきた奏。
どこかで僕が奏を見捨てたような、そして、奏は今も泣いているような錯覚に、それこそ本当に長い間囚われていたのだと気づいた。
そんな奏、どこにもいないのに。不幸な奏なんてこの世に存在しないんです。
そして、気づいた。自分の未練は、奏を手に入れられなかったことにあったのではなかったことに。自分の未練は、奏を不幸にしてしまったのかもしれないという罪悪感にあったのだということに。
僕はとっくに、僕自身はとっくに、奏がいなくても生きていけるようになっていた。
顔を合わせたくないと逃げ回る必要なんてなかったんだな。
なんだか妙に清々とした。
いったん厨房の方の様子を見に奥に入り、もう一度会場に戻ろうとしたところで、会場から離れて携帯で電話をしている司に出くわした。
「あ、ごめん。ちょっと切るな」
司は僕の姿を認めると、通話中の電話を切った。
「よ、崇。久しぶり」
片手をあげて笑いながら近寄ってくる。
「久しぶり」
「今回はありがとな。妹のために」
「いや、こちらこそありがとうございます」
それから司は僕をジロジロと上から下へ、下から上へ眺めた。
「なんかお前、雰囲気変わったな」
「そりゃ、もう随分時間経ってるし」
「そりゃそうか」
それから、司は前を見た。奥の方に奏がいた。子供たちと食事をしている。
「奏に会った?」
「ああ、うん」
「年取ったけど、まだ、まぁまぁいけるだろ?」
「そうだね」
「そのうちまた、崇くーんって言い出すぞ」
「……」
会話の意図がよくわからなくて司の顔を見た。
「奏のことだ。久しぶりにお前に会って、また、崇くーんって言い出すぞ。それとも、久しぶりってのは俺の勘違いで、久しぶりじゃなかったりして」
「なんの話してんの?」
「知らないと思ってた?お前と奏のこと」
僕は息を呑んで、司はでも、ニコニコとしていた。奇妙なくらい。
「あいつはさ、なんか抜けてるからさ。知ってたよ」
「……奏はそのことを知ってるの?」
「いいや」
「……」
「賭けてもいい。そのうちまた、お前んとこ行くぞ」
「そんなん平気なわけ?」
ふっと司は苦笑いした。その顔は大人の男の顔だった。高校生の時とは全くの別人の。
「崇、あいつはな、金が好きなの。金とステータス。本人ちっともそういうの表に出さないし、自分ですら気づいてないんだよ。でも、金が好きなの。だから、絶対に俺と別れない」
「……」
「それでだな、右手に俺をしっかり握って、それで、左手にお前を持ってるのが一番満足のいく状態なんだよ。右手に金、左手に愛だ」
「そんなん……」
「ないって言う?」
この時だけ司はとても真面目な顔で僕を見た。
「他のやつならいざ知らず、お前は奏のことをよく知ってるだろう?」
「……」
何も言い返せなかった。司は前を向いて遠くにいる自分の妻と子供たちを眺める。
「一番タチが悪いのはな、本人が自分はそういう女だって自覚がないことだ。それで、ふらふらとお前のとこに行く」
「……」
「今度はさ、崇、お前も遊んでやれよ」
そう言って、ぽんぽんと肩を叩いて、自分の席に戻って行った。




