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木漏れ日②  作者: 汪海妹
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21 オリーブの首飾り②

  











   21 オリーブの首飾り②













   飯塚春菜













迎えたリハーサル


本番と同じ状態を想定するために、テーブルにはキャンドルが置いてありました。リハーサルを始める前にミゲールが下の方でお店の人にいろいろ言ってテーブルの位置を少し動かさせているのが薄ぼんやりと見える。やはり暗闇が重要なのでしょうと思う。

そして準備が整った。下の方で店の子が大原君にわかるように合図を送る。この時点ではステージは暗闇に包まれている。テーブルのキャンドルの灯りも届かない暗闇だ。

音楽がかかる。オリーブの首飾り、前奏が流れて定番のあのくだり


「飯塚さん、今」

「はいっ」


たらりらららー


定番のくだりに入ると同時にライトオン、強い灯の中にミゲールが浮かび上がる。

え?と思った。なんか凛々しいのである。いつもと違う。


「飯塚さん、ちゃんと動きに合わせてライトずらして」

「ああ、はいはい」

「だめ、そんな速く動かしちゃ、滑らかに」

「はい」


緩やかに動き回りながらミゲールがシルクハットを頭から取り、その中から、鳩やネズミや……、というのは冗談で、食品衛生法上お断りしましたから。色とりどりの大判のスカーフがあれよあれよと出てくる。まだ出てくる、まだ出てくる、コミカルな動作でセカセカ取りだす。


ライトを当てながら思わず笑った。


途中で突っかかった。うんしょ、うんしょと力を入れる。


「なんかマジックだけど、パントマイムみたいな要素もあるね」

「うん」

「上手だな」

「ミゲールさんはかなり変わった人だけど、マジックの腕は一流なんだよ」


そして思い切りグイッと引く。ズボッと全部抜けて、そして、ブワァッと花びらが飛び散った。今日は紙で作った花びらだったはず。


「ここ、一旦消す」

「あ、はいっ」


うっかり見惚れてた。やれやれ。それからもステッキを使った手品やコップと水を使ったもの等が続けられ、そしていよいよ最後、人一人が横たわれるような台が中央に置かれる。今日は人形が置かれていた。


たーらららーらららーらららーらららー


「浮かないな」

「飯塚さん、照明っ」

「あ!」


ちょっと遅れてパッと消した。それから旋律が変わるところでぼんやりとした光からゆっくりと上げて広げてゆく。これがラストである。盛り上がりのある音楽が流れる中で、ミゲールが身動きせずにじっとこっちを見ているのが見えた。


「飯塚さんっ」

「すみません」


降りていって第一口を言われる前に謝った。


「あの、ミゲールさん、やっぱり照明は大原君に頼んだほうが」


逃げようとしている大原君の腕をガシッと掴みつつそう言った。ミゲールさんは腕組みをしてそんなわたしたちをじっと見ている。


「飯塚さん」

「はい」

「もっと心を込めて」

「はぁ」

「宇宙と交信するような気持ちで」

「……」


何を言ってるのだろうか……。


「あなたならできるはずです。何せサーターアンダーギーのご加護を得ているのですから」

「……」


大原君をはじめ周りにいるマギのスタッフの子たちが無言でわたしに同情している気配を感じる。


「いいですか?飯塚さん」

「ええっと、はい」

「考えてはなりません」

「考えてはならない」

「あなたなら感じるはずです。この大気に満ちる魔素の気配を」

「マソ?」

「魔法の元となる素粒子のことですよ」


チーン


「考えてはならない。感じてください。魔素を感じてその流れにのりながら、光を媒介にしつつわたしに魔力を!」

「……」

「これはつまりコンビネーションなのです。大技です」

「……ええっと、はい」


この話をくすくすとかプッと笑い出さずに真面目に聞いているうちのスタッフも相当なものだなと思いつつ、ドン引きしながら最後まで聞いた。


「じゃっ、もっ回やりましょう」

「えっ?」


ぎろりと睨まれた。


「あなた、今ので十分だったとでも思っているんですか?」

「ああ、いえ、まさか、はい」

「魔素をちゃんと感じてくださいよ」

「はい、承知です」


それから、小部屋に戻る。大原君がいう。


「飯塚さん、ちゃんと、魔素を感じてくださいよ。僕達帰れませんから」

「君までそれを言うな」


マソがなんだ?クソの間違いじゃねえのか?くそ。


そして、オリーブの首飾り、アゲイン。


たらりらららー


ああ、絶対この音楽一生忘れられなくなるわぁ。


***


何がなんだかよくわからなくなるくらい練習を繰り返した挙句、ボロボロになって会社に戻った。


「ただいま帰りましたー」

「おかえりー」


中川さんがいた。何か書類を見ながら、こっちを見ずにおかえりと言った。その横顔を見ながら、なんだか邪魔をしたくなったのです。中川さんの方にふらふらと歩み寄った。


「中川さん」

「なに?」

「サーターアンダーギーの呪いをかけられたら、労災、おりますか?」


書類から顔を上げて笑った。


「具体的にどんな不具合が起きるの?」

「まだわかりません」

「じゃあ、被害が出てからいって」

「おりますか?」

「もし、本当に呪いがかかったってなって、君がいよいよやばくなったら」

「はい」

「心のお医者さんのところに連れていって、診断書を書いてもらったら下りるかも」

「なるほど」


メモした。


「メモするな」

「いや、でも……」

「それとも、何か?今、行くか?」

「いや、もうちょっと先で。ちょっと仕事が立て込んでいるんで」

「そんなこと言ってるやつに呪いなんてかかってないって」


ちょっときっとなって中川さんを見た。


「もうちょっと同情してくださいよっ!普通ではない仕事を今してるんですっ。わたしは」

「それは本当にすまないことだと思っているよ」

「じゃ、代わってください」

「いや、サーターアンダーギーの信者には簡単になれないし」

「……」

「それに、信者が増えたら労災申請の書類、2枚書かないといけないよね」


自分のデスクによろよろと戻ると、ベターと寝そべった。本当に疲れた。心身ともに。

寝そべって軽く目を瞑っていると、ふわりと人の動く気配がした。


「ごめん、ごめん。任せっぱなしで」


男の人の手がわたしの髪を軽くぽんぽんと撫でました。ぱちっと目を開けてむくりと起きました。


「あ、ごめん、つい」


無言で眺めるわたしに、中川さん慌てだした。


「これもセクハラか。もうしないから許して」

「あ、いや別に、平気です」


わたしがボソボソとそういうと、笑いながら立って向こうのほうへゆく。コーヒーでも淹れるのだろう。


「なんか、づかちゃんってときどき、犬みたい」

「はい?」

「子犬?なんか、つい撫でちゃった。ごめん」


犬……


中川さんに犬と言われたことが、妙に引っかかった。厳密に言えば、喜べもせず、かといって悲しむこともできない。ビミョーだなと。わけわからん。


男の人が、女の人を犬だと思う時、それは一体……


誰に聞いたらこのモヤモヤがわかるだろうか。女の人ではない気がする。

で、とりあえず聞きやすい人に電話する。お風呂に入って出た後に野田君に電話をした。


「もしもし、どうしたの?」

「あのね、野田君、もう時間も遅いし単刀直入に聞きますけど」

「うん」

「男の人が身近にいるとある女の人をこの子、犬みたいだなと思う」

「うん」

「で、ちょっと撫でたりする」

「はぁ」

「それってどういうこと?」

「そんなことされたの?」

「いや、友だちの話だよ。友達の」

「うーん」


どんな時でも丁寧な同僚はこの日も親切でした。真面目に考えてくれた。


「その人って遊び人?」

「いや」

「まぁ、好意じゃないの?」

「いや、でも、犬だよ」

「犬が好きな人?」


はて?


「よくわかんないけど、犬が好きな人にとって、自分の身近にいる女の人が犬に見えたら」

「うん」

「それは、安心できる相手ってことじゃないの」

「……」


ゴニョゴニョとお礼を言って、電話を切った。時計を見る。もう一件、電話をしてみた。


「社長」

「なんだ?こんな時間に、珍しいな。仕事の話?」

「いいや」

「じゃ、なに?」

「今、電話してて大丈夫ですか?」

「ああ、帰りのタクシーの中だから大丈夫だけど?」

「酔ってます?」

「それなりに。大事な話なら明日にして」

「ああ、いや、いいんです。酔ってるんなら、今からする話は明日までに忘れてください」

「何の話?」

「社長にとって、自分の身近にいる女の人が犬みたいに思えることってあります?」

「犬?」

「犬」

「いや、犬じゃねえだろ。女は普通は猫だ」

「じゃ、女でなくて男に思えたってことですか?」


ちょっと泣きそうになった。


「いやいや、何、興奮してんの?何?づかちゃんの話?」

「いや、友達の……」

「何?気になる男に犬みたいとでも言われたの?」

「……」


ハハハハハと向こうで笑ってる声がする。


「もういいです」

「いやいや、ちょっと待てって。どういうシチュエーションで言われたの?」

「子犬みたいだから思わず」

「思わず?」

「撫でちゃったって」

「ああ、撫でられたの?」

「はい、髪をちょっとだけですけど」

「ふうん」

「ちょっとだけですよ。ほんと、そういうのじゃないんで」

「そうだなぁ」


社長はのんびりとした声を上げた。


「男は嫌いな女には触れないよ」

「……」

「好きな女にしか触れないよ」

「でも、その好きって、動物とか子供とかなんかそう言うのなんじゃないですか?」

「その好きも女の人を好きだなって好きもそんなたいして変わんないと思うけどなぁ」

「……」

「悪い傾向じゃないと思うけど、づかちゃんがその人を好きなんだったら」

「……」

「そんなぐずぐず悩んでないで、自分から迫ってみればいいじゃん」

「ええ?」

「なんだ。そんな子供でもないくせに」

「いや、でも……」

「やったもん勝ちだぞ。こういうのは」

「そりゃ、社長はそうでしょうけど」

「なんだ、また、自分は品行方正みたいな口利きやがって、崇とそっくりだな」

「……」

「そんなことしてぐずぐずしてるうちに、婆さんなっちまうぞ」

「なりませんよ」

「いいや、すぐだ。意外と早いぞ。時間が経つのは」

「……」

「後悔しちゃ損だぞ。一回きりの人生だ。失敗してなんぼだよ」


その後、社長はあくびをして、じゃあなと言って一方的に電話は切れた。

自分は何もすることができず、ただ電気を消した部屋でベッドに寝っ転がって天井を見ながら、何度も何度も中川さんの手の感触を思い出していた。


本当いうと感触なんてほとんどなかったんです。軽くそっと触れただけ。その僅かな感触を何度も思い返しながら眠りについた。


*1 オリーブの首飾り

クロード・モルガン作曲。オリジナルはビンボー・ジェットが演奏。1975年にポール・モーリアが演奏して大ヒット。手品のBGMとして現在でも有名(Wikipedia参照)

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