21 オリーブの首飾り①
21 オリーブの首飾り①
飯塚春菜
とある日にミゲールからメールが届く。それには当日のマジックの進行表のようなものが添付されていた。なかなかきちんとしたものでした。さらに、楽譜のPDF。オリーブの首飾り*1。
「あの、進行表ありがとうございます。それでですね」
「はい」
「この、もう一個ついている楽譜はなんですか?」
「当日のBGMです」
「はぁ」
「で、余白をよく見てください」
「ああ、はい。なんか書き込んでありますね」
手書きの文字でなんか書き込んである。
「照明の指示です」
「ああ、照明」
「音楽に合わせて照明を動かしますので」
「それは、誰が」
「あなたです」
「ん?」
しばし沈黙。
「あの、ミゲールさん、わたしはレストランの会社で働く人間で照明係ではないんです」
「そんな本格的な照明ではないですよ。本物のショーで使うような」
「でも、ですね」
マギには簡易だけどショーのための照明設備があるとそう言えば言っていた。
「普段は、専門の方がされているんじゃないんですか?」
「いや、だから、そんな難しいことじゃないんですよ。普段はマギの従業員の方がお手伝いしてくださるんで」
なんだ。ホッとした。
「では、今回も弊社の中から経験のある者が……」
「いや、ダメです」
「え、なんで……」
「なんでってあなた、あなたはサーターアンダーギーのご加護を得ているでしょう?」
チーン
またかよ……
「あなた、この前ちゃんとご新郎とご新婦のためにサーターアンダーギーの祝福を祈ったではないですか。途中で降りるんですか?」
「ええっと……」
「とにかく、心を込めて準備してください。まず、リハーサルまでに曲を聴きながら動作を頭に叩き込んでください。わたしの魔力が最大限で発揮できるか否かはあなたのタイミングにかかってますからね」
「タイミング?」
「タイミングがずれると効果がうまく発動しないんですよっ!魔法は!」
翻訳すれば、タイミングがずれると、視覚効果が薄れてタネも仕掛けもバレるのがマジックなのかもしれない。
「わかりましたね?」
「ええっと、はい」
「それでは、本番まで気合い入れていきましょう!ナームー」
「ナームー」
電話を切った。ふっと気づいて横を見る。小松さんと三原ちゃんを見る。二人とも仕事の手を止めておんなじような顔で眉を顰めてわたしを見ている。
「あ、あのね、これは今度イベントお願いするマジシャンの人との暗号みたいなものなんだよ」
「暗号?」
「新興宗教とかじゃないから」
「本当に?」
「うん、本当」
やれやれ。
それから、楽譜と進行表を印刷し、スマホにオリーブの首飾りをダウンロードして聴いた。
あ、これか、この曲かとすぐに思い当たる。手品の時に定番でかかるBGMでした。
たらりらららーたらりらららーらー
たらりらららーららーららーららーららーらー
そして、盛り上がってゆく旋律
たーらららーらららーらららーらららー
ここで寧々ちゃんが宙に浮かぶのである。想像の中で寧々ちゃんが宙に浮かぶ様子とそれを浮かびあげているミゲールの様子を思い浮かべる。そして最高潮の時に暗転!一瞬真っ暗になる。
次の瞬間、寧々ちゃんは浮いていたのが普通に戻り立ち上がってマジシャンと一緒に観衆におじぎ。これでジエンドだ。
……
進行表をもう一度見直す。それから楽譜を。
どこにも書かれてないな。準備しなければいけないものを一通り見て、そしてまたミゲールに電話をかけた。
「あの、たびたびすみません」
「なんですか?」
「この、宙に浮くとこなんですけどね、念のためお聞きするんですが、天井に、こう、フックとか、後、ピアノ線とでもいうんですかね?そういうのは要らないんですよね?」
チッ と舌打ちされた。なぬ?
「わたしを誰だと思ってるんですか」
「あ、じゃあ、いらないと。では、なんか特別な設備とか小道具がいるんですか?」
「……」
「浮かせるのに」
すると、ミゲールは黙りこくった。なんだろ?いる、いらないの単純な返事なんだけど。
「飯塚さん」
「はい」
「わたしはそこらの偽物とは違うんです」
「はい」
「そこらの偽物がいったいどんな小道具を使ってわたしのような本物の真似をしているのかは存じておりません。わたしは本物なので」
「はい」
「本物は、魔力を使いますから、そんな小道具は必要ないんですよ」
「あ、必要ないと、あ、はいはい」
「ただ、マギはもともとショーをする部分は黒い布で覆われるようになってますね?」
「ああ、はい、確かそうだったと」
うろ覚えである。
「それと当日は昼間されるんですよね」
「はい」
「だけど、ショーの間は遮光カーテンがきっちり使えるようになってますよね?すぐに閉められるように」
「ああ、はい、確か」
「確かではいけません!」
ピシリと言われた。
「いいですか?1ミリの隙もなく、穴など空いていないちゃんとしたカーテンを用意してください。不備がないかリハーサルまでにご確認を」
「ああ、はいはい。今日明日にでも確認しておきます」
タネも仕掛けもやっぱあるんじゃねえか、くそ。
「では、音楽に合わせてリハーサルまでに練習しておいてくださいね」
「かしこまりました」
「ナームー」
「ナームー」
これはサータアンダギー語でさようならという意味なのだろうかと思いつつ電話を切る。やれやれ。だんだんわたしのこの様子にも慣れてきたのか、三原ちゃんも小松さんも今度はわたしの方を見ていませんでした。
それから、早速というわけでもないけれどマギへ移動しがてらオリーブの首飾りを聴きながら楽譜を見る。
「こんにちはー」
「ああ、づかちゃん、どうしたの?」
フロアマネージャーが迎えてくれた。ディナータイムの前の店舗にはお客さんはいません。
「今度のウェディング関係でマジックの下見というか」
「ああ、お疲れ様」
ステージ周りのカーテンと、窓際のカーテンを確認する。
「すみませーん、一瞬閉めてもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
ボタンで自動で閉まる。どっかが突っかかることもないし、カーテンに穴が空いていることもない。夕方の店舗では電気をつけてないから、真っ暗になってしまいました。店の中で開店前の準備をしていた人たちは一旦手を止めてその場に佇む。
「すみません、すみません」
慌てて開いた。ストップしていたみんなが動き出す。
「こんな真っ暗なるんですね。これじゃ、ショーの間は食事できないな」
「キャンドルをおいておいた方がいいかもね。当日は」
「キャンドル、キャンドル」
「あ、備蓄があるよ。確認して」
忘れないようにメモした後に、マネージャーに連れられて厨房そばの物入れを開けてキャンドルの在庫を確認する。
「あ、あと、ショーの時に使う音響の装置とか照明設備を確認したいんです」
「いいけど、それは大原に任さないの?」
「大原君?」
「あの子、たまたまそういう専門学校の子なんだよ。そうじゃないと扱えないよ。あれは」
「……」
「いっつもショーの時は大原君に頼むか、ダメな時は大原君の友達の子に臨時で頼んでバイト代渡すんだよ」
簡単じゃないんじゃん。ミゲールのやつめ。
「ミゲールさんにわたしがやれって言われたんですけど」
「え、なんで?」
「サーターアンダーギーの信者だから」
「ええっ」
マネージャー、のけぞった。
「ミゲールさんのことは丁重に扱いつつも距離をとって、誰も今までそこまで踏み込んでないのに、なんでづかちゃんそんなことになってんの?」
「うっかりちゃっかりいつの間にか信者に……」
「そのうち、集会とかに誘われるかもよ」
「え、いや、え、あの、サーターアンダーギー教の信者って今のところミゲールさんとわたしだけなのでは?」
本当に集会なんてあるんかい。
「あ、まあ、とにかくいいや。大原君は今日シフト入ってたと思うから、しばらくしたら来るよ」
本来ならば大原君を待つついでにせっかくマギに来ているのですから、セントラルの人間としてお店のチェックとか色々仕事はあるのですが、本日はまんじりともせずに厨房とフロアの境目のところで、ボケーっとシルバーを磨いてました。
「飯塚さん、そんなことしなくても」
バイトの子が慌てて声をかけてくる。
「何かしてないと落ち着かなくて」
「それ、しかも、もう磨いたやつですよ」
「そうなの?」
取り上げられた。ぼんやりしてると厨房からシェフが出てきた。
「ほら、これでも食べてなさい」
厨房の片隅に引き摺り込まれ、パイプ椅子あてがわられ座らされた。
いろいろ具の入ったスープが出てきた。
「なんすか?これ」
「今日の賄い。まだ煮込み途中だけど、これでも食べてなさい」
すっかり邪魔者扱いである。やれやれ。
「うめ」
体があったまった。サーターアンダーギー教の信者にいつの間にかなってしまった。このことでわたしの身に何かあった場合、労災は使えるのだろうか?会社を訴えようかな。業務上の過失ではないか?考える力が戻ってきました。
「あ、あのう」
メガネかけた男の子が厨房を覗いている。
「ええっと、大原君?」
「ああ、はい」
「すみません。飯塚です。ちょっと音響とか照明のことで」
「ああ、マネージャーから聞きました」
「あ、ごちそうさまでした。これ」
厨房の皆さんに声をかけてから、再びホールへ出る。それから店の廊下をずっといって端っこの扉から小部屋に入り込む。
「これが、こうで、これがこうなって」
「はい?」
「もう一回言いますよ」
連れて行かれた音響と照明の機器のある小部屋には、思いのほか色々なボタンとかあって、ちんぷんかんぷんだった。
「むりっ」
頭抱えた。数秒そのまま硬直した後に飯塚春菜復活。顔を上げた。
「こうしよう」
「はい」
「リハーサルの時も、本番も大原君は出勤」
「はぁ」
「この小部屋にわたしとこもる」
「はい」
「で、ミゲールさんにはわたしがやったってことにして、実際は君がやる」
「ダメです」
速攻で逆らわれた。
「なんでやー」
「いや、飯塚さんには悪いですけど、ミゲールさんにバレます」
「え?」
「あの人、魔力がありますから」
「……」
一瞬沈黙。
「いや、なに、大原君、信じちゃってるの」
ひゃっひゃっひゃと笑いながら手をふらふらさせるが、大原氏は笑わない。
「飯塚さん、でも、まじ、あの人やばいから」
「え……」
「あの人には教えていなくて知らないはずのことをなぜか知ってることがよくあるんです」
「なぬ?」
「言いつけ通りにしないと、飯塚さんサーターアンダーギーの呪いをかけられますよ」
チーン
呪いをかけられた場合、労災は下りるのだろうか?
「だから、僕が音響見つつそばにいてあげますから、指示に従って飯塚さんが操作して」
「ふえーん」
「でも、マジックの照明はテンポが大事だから流れはちゃんと自分で抑えないと。指示聞いてから考えてたらアウトです」
「ふえーん」
照明をぎゅっと搾る。大きさを大きくしたり反対に小さくしたりする。大きくする時は少し光の強さを弱くする。弱めの円を数個重ねてそれを揺らすなんてのもある。
「ふえーん」
「ほら、やる気になればどうにかなりますから。いつまでも泣いてないで」
どっちが年上かわからない。
そして、通常の仕事の合間にオリーブの首飾りを聞きながら、照明の操作の盤面を思い出しつつ、ああやってこうやってと頭の中で確認する。そして、
たらりらららー
の音楽がかかると胃が痛くなるようになってしまった。




