17 サーターアンダーギー教①
17 サーターアンダーギー教①
飯塚春菜
ミゲール蒲田
先ほどもらった自分の手の中の名刺をじっと見つめる。じっと。
「以前お渡ししているものとは少し変わりましたので」
「ああ、住所とか、電話とか……」
「いえ、デザインが」
「……」
男だけれど耳の下ぐらいまで伸ばした黒髪をなぜか真ん中で分けていて、で、ペタッとしている。ペタッと。なんつうか、整髪料をつけてペタッとしているのだろうか。そして、口髭。男の割にはトリコロールとまではいかないけれど派手な色合いのストライプのシャツを着ていて、なんというか、名前からしてもイタリアの大道芸人的な雰囲気。
しかし……
顔がどっからどう見ても日本人。絶対にハーフでもクオーターでもない。
な、の、に、ミゲール……。そして、なぜか、蒲田……。
会社で必死に名刺を漁って、これだと見つけた時にすでに感じた違和感を、ご本人を前にしてさらに激しく感じていた。マギが時々イベントの時にお願いしている。フリーのマジシャンの方です。
いや、でも、仕事です。割り切りましょう。別にちょっと変わっていても、マジックさえしてくだされば問題はないわけですし。
呼び出されたカフェに二人で向かい合ってました。わたしの方が先についた。指定された時にお店の名前からは想像できなかった。それは、メイドカフェっぽいところだったんです。しかし、メイドカフェな格好はしているけど、「おかえりなさいませっ、ご主人様っ」と下からウルウルとした目で声をかけられることはなかった。なので、これはどっちかなと。
普段、自分からこういうところに入らないし、仕事柄様々な飲食店には入りますが、さすがにメイドカフェやろっ!次は!と神谷秀は言いませんから、研究したこともなかった。いや、へー、ほー、としばしキョロキョロ。メニューを出して端から端までお値段も含め研究。
こんなとこを指定するなんてどんなすけべマジシャンが来るのかなと。
で、きてみたら、格好は大道芸人、でも、佇まいはなぜか、宣教師ぽかった。宣教師のみなさま、大変すみません。でも、宣教師ぽかった。何がどうとは上手く言えないけど。
いやいやいや、そんなこたぁ、どうでもいい。仕事仕事。
「あの、実は今回はレストランウェディングの席で、進行の合間に軽いマジックを挟んでほしいというご要望を受けておりまして……」
「ウェディング!」
ミゲールは目をかっと見開いた。
「はい。ウェディング」
「おお、ウェディング」
そして、両手を顔の前でワナワナと振るわせ始めた。なんだ、なんだ?ちょっとひく。
「それならば、やっぱり鳩でしょう」
「はい?」
「ウェディングには鳩でないと」
そこで、自分はお皿の上にでんとのった鳩の丸焼きを思い浮かべた。皮をパリッと焼き上げた。日本ではあまり知られていませんが、フランス料理では鳩も食べるんです。うちの系列店では特別なオーダーが入らなければ作らないので通常のメニューには入っていませんが、これも勉強だと食べさせてもらったことがある。
「鳩ですか?」
「ええ、鳩です」
「いや、でも、日本で鳩は……」
「何言ってんですか。定番ですよ。鳩は」
何か話が噛み合ってないなと、ふと気づく。
鳩、鳩……
「あ、鳩!」
「そう。鳩」
「この、鳩ですね」
片手で自分の左手に右手でハンカチを引っ掛けハンカチを取り除くジェスチャーをする。パタパタパタ。想像上の鳩が飛び立っていった。メイドカフェの天井へ向けて。
わぁ……
なんだか嬉しい気分になって笑顔になる。ミゲールも向こうで笑っている。
「いや、ダメですよ!鳩は」
ふと我に返ってびしりという。
「ダメ?」
テーブルの向こうでミゲールが笑顔から突然獰猛な顔になった。がるる。
「だって、食事提供する場所で動物は……」
食材として存在するならオッケーだが、生き物はあかん。生き物は。
「でも、ウェディングには鳩ですよっ」
「なんで?」
「鳩がいなければサーターアンダーギーのご加護が得られない」
「……」
しばし、沈黙。
「すみません。ちょっと。ちょっと、トイレ行ってきていいですか?」
そう言って、ミゲールから目を逸らさずそっとそおっと立ち上がり、ミゲールに背中を見せないように後退りながらお店の奥のトイレの方へと逃げ込んだ。ポケットからスマホ取り出し、マギにかける。今は準備中のはず。
「はい。マギでございます」
「マネージャー出して」
「えっと……、お客さま?」
「飯塚ですぅ」
「ああ、はいはい。づかちゃんね」
マネージャー、づかちゃんと店の奥に向かって呼ぶ声がして、その後、しばらくしてのんびりとした中年男の声がする。
「もしもし」
「マネージャー、あの人、なんなんすか?」
「え?」
「ミゲール蒲田っ!」
「ああ、ミゲールさん」
「絶対、頭、おかしいですよっ」
ああ、はっはっはっはと電話の向こうで笑ってる。
「心配しなくてもマジックの腕は一流だから」
「だって、さっき、サーターアンダーギーのご加護って、まるで、サーターアンダーギーを神様のようにいうんですけど、サーターアンダーギー*1は沖縄のドーナッツです」
「いや、ドーナッツではなかったような……」
「あの人、頭、おかしい」
「大丈夫。心配しないで、づかちゃん」
弟子に語りかけるブッダのように穏やかに話しかけられた。
「確かにミゲールさんは頭がおかしいけれど、人に危害を与えたりは絶対しないから」
「……」
「それに、マジックの間はほっとんど話さないから、ミゲールさんがおかしな人だってことはお客さん全然気づかないから」
「なんであんな人雇うんですか?」
「づかちゃん」
今度は少し、叱咤するブッダ。
「揉め事起こさないでよ。ミゲールさんと仕事できなくなったら困るから」
「だから、なんで……」
「あの人、マジックの腕は超一流なの」
「はい」
「なのに、変な人だから仕事あんまなくってさ。安いんだよ。ギャラが」
チーン
「ほんとに変なこと言うだけで、全然安全ないい人だから」
「でも、鳩……」
「ああ、鳩の話も、もう出たの?」
いっつもしてるんかーい。
「大丈夫。食品衛生法の話をして、お断りすればいいから。鳩もウサギも蛇もワニも」
「鳩も、ウサギも、蛇も、ワニも?」
「すべてサーターアンダーギーのご加護を得ている動物の名前です」
だから、それはドーナッツだろうが。
「いや、あの人、食品衛生法がある世界と別の世界に生きていると思うんですけど」
「あのね。あの人もどっかで現実をきちんと認識しているんだよ。だから、どっかで法律を守らなければならないとか、それと、うちからの仕事無くなったら大変だとかちゃんと認識してるから」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと」
「ああいう人と金額の話とかできるんですか?」
「大丈夫。大丈夫。お金の話になると意外としっかりしてるよ。商売人」
「サーターアンダーギーを神様だと思っているような人が?」
「うん。しっかりしてる」
とにかく失礼なことしないでよと言われて電話を切られた。
そこで仕方なくしぶしぶ席へ戻る。ミゲールは少し目を細めて窓から外を眺めていた。
「すみません。ちょっと長い方でして」
「そうですか」
女子としてその言い訳はどうなのかと自分に思いつつ、こんだけぶっ飛んだ人相手なら何を言っても雀の涙だろうと思う。ちょっと使い方違うか?雀の涙。
「あの……」
「はい」
「鳩のことなんですが」
「なんですか?」
「あの、日本には食品衛生法というのがありまして……」
「ああ、食品衛生法」
通じた!ビビった。
「サーターアンダーギーのご加護を得たいのは山々なんですが」
「ナームー」
話の途中で、突然、ミゲールは大声でナームーといい、両手を合わせる。
「さ、あなたもご一緒に。ナームー」
「え……」
「ナームー」
「ナームー」
しょうがないので、自分も言われる通りにナームーと言って両手を合わせた。とてもきっかいなことには、これだけ客の二人がおかしなことをしているのに、メイドが全員無表情でちらともこちらを見ないことでした。
するとミゲールはパァッと満面の笑顔になった。
「あなたもサーターアンダーギーを信仰される方だったんですね」
「……」
サーターアンダーギーは沖縄のドーナッツです。
「はぁ、そうなんですが、ただ、鳩は……」
「そうですね。食品衛生法がね」
不意にチャキチャキとビジネス的な態度になるマジシャン。
「反対に、こう、パッとハンカチの下から花が出てくると言ったようなのがあると……」
「ああ、それならブーゲンビリア」
「ああ、ブーゲ……」
「サーターアンダーギーのご加護を受けている花でしょう?」
なぜ知らないんだという顔で見られた。まずい。
「ええ、それで行きましょう。それで」
「それだけだと色合いが地味なので、他の花も混ぜても構いませんがメインはブーゲンビリアでお願いします。バラバラの花びらにしてね」
「あっと、もちろん、こちらでご用意するんですよね」
「毎回そうさしてもらってます」
やはり、チャキチャキとし始めた。
「それで、他にはどんなものを?」
「こう、100名ぐらいでステージを覗く形になりますので、みんなから見てよく見えるものを。こう、手元がよく見えないと伝わらないというのではなくて」
「かしこまりました」
「そんなに長い時間ではないと思うんです。他のウェディングのイベントの合間にやるものなので、約20分から長くても30分くらい」
「かしこまりました。こちらで適当に考えて飯塚さんに案をお送りします」
のっけはどうなるかと思ったが、意外とこの人やるでないか。
「それで、ショーの最後のメインなんですが」
「はい」
「ご新婦さんのたっての希望で、ご新婦さんが参加されてちょっと大きなマジックをしたいと」
「大きなマジック?」
「それが……、あの……、箱に入って真っ二つに切られるのとか……」
「まっぷたつ!」
ミゲール、目を見開いた。
「いや、あの、ウェディングで花嫁の胴体が上と下に一瞬でも離れてしまったら、まずいですよね?ほら、わかれるって連想になるじゃないですか」
冷や汗をかきながらしどろもどろにいう。
「もう一個希望があって、まっぷたつか宙に浮きたいと……」
「……」
ミゲールはしばらくじっとわたしの顔を見ていた。
「でも、宙に浮くのって、仕掛けとか大掛かりでお金かかりますよね?どっちかっていうと真っ二つの方がお安くなります?」
「わたしの」
「はい」
「魔力であればできないこともない」
「……」
チーン
さっきまでビジネスちっくになっていたのに……
「それにマジの位置はね、風水にも適ってますし」
「はぁ……」
「ただね。今年は星の巡りが悪いんです。ウェディングのために地球の磁力と戦う。少しでも高くあげたほうが、縁起はいいですが、ちょっとわたしも魔力を強化するために色々と準備が……」
「はぁ」
鰻でも食べるのだろうか。
「ただ、わたしならやってやれないこともない」
そして、きらりと目を光らせた。そして、不意にゴソゴソと傍の鞄からくしゃくしゃの何も書いていない紙を取り出すと、わたしの前でテーブルに置いて、まず、手で丁寧に二、三回伸ばしました。シワを。それから、これまた傍らの鞄から万年筆をおもむろに取り出すと、キャップをカチリと外し、そして、書き出す前にペン先舐めたし。で、数字を二つ書きました。
それから、さっとそれをわたしに突き出してきた。
数字が二つ並んでました。上と下で0の数が一個違った。そして、下にミゲール蒲田のサインが。
「これは?」
「上が真っ二つ、下が宙に浮く」
「……」
桁が違うんかい。
それから、不意に真面目な顔になって、両手を合わせてピタッとわたしを真正面から見つめる。
「わたしはね、飯塚さん」
「はい」
「まぁ、世間では色々言われますでしょうけど、ご新婦さんが真っ二つになってしまっても、こんな訳のわからない21世紀、ノストラダムスの大予言も乗り越えたカオスに生きている我々ですから」
「はぁ」
「ぶっちゃけ平気じゃんって思いますけど」
「……」
いや、突然、キャラ変わったぞ。ミゲール。
「ただ、伝統を重んじるなら、浮きましょう」
「はぁ」
「日本の伝統からいって、花嫁が真っ二つというのはあまりにも」
「はぁ」
それからもう一度手元の紙を見る。いや、でも、この価格差は……
「さて」
不意に突然ぶっちゃけた現代人だったミゲールがまた宣教師に戻る。傍のよれよれの帽子を頭にのっける。
「サーターアンダーギーのご加護が飯塚さんにもありますように。ナームー」
「ああ、どうも。ナームー」
「見積もりは今、お渡ししたもので。具体的な案についてはメインを変えてサブは同じで二つお出しします。最終決定はお早めに。魔力の準備の都合がありますので、前金は半分くださいね」
それだけいうと、テーブルの上にあるコップの水をぐいぐいと最後まで飲んで、ポカンとしているわたしを置いて、さっさと出て行ってしまった。
不意に我にかえりどうしても気になってお店のドアまで突進して、彼の去っていく後ろ姿を見つめた。スキップしてた。遠くの方で。
え……
一旦、自分の席に戻り、しばらくショックで動けない。
あの人……
最初は頭のおかしな人だと思いました。
でも、全くの正常者で、チャキチャキの商売人?
頭がおかしい方が、商売がうまくいくから装っているだけでは?知能犯?ミゲール、知能犯?
ドキドキしているわたしに無表情にメイドが近寄る。
「お勘定、お願いします」
「あ……」
ぼんやりとトレイに載せられた手書きのレシートを見る。
何枚もある。
「何これ」
一枚、二枚とめくる。
「こんなに食べてないけど」
「ツケです」
「はい?」
「毎回、こうなんです」
「あ、うちのが払ってるってこと?仕事の依頼するたびに」
「いや、おたくの方なのかどうかは知りませんけど……」
「……」
「どうします?」
「いえ、はらいます」
経費で落とします……。




