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第一章(七) 夫婦の再会




ジン・ダンドアは、レティシアに会わないようにしつつも、様子を観察をしていた。



会わないようにしていた理由は、疑っていたからである。

ジンは、レティシアが記憶喪失になった『フリ』をしているのではないかと、当初から疑っていた。



そう都合良く記憶喪失とやらになってしまい、全て忘れてしまったなど、あり得るのか?

理由は分からないが、レティシアが何かを企んでいて、記憶喪失の『フリ』をしているのではないかと考えていたのである。


そのため、あえて全く会わないようにして、レティシアの反応を伺っていた。

今までの彼女であれば、ジンのことを田舎者で夫とは認めないと言うくせに、いざ見舞いに来なかったら、夫失格だの、常識がないだの、文句を絶対に言う筈である。

しかし、一向にレティシアが怒っていたり嫌味を言ってるというのは侍女からの報告に上がらなかった。


むしろ、まるで人が変わったようだとの報告ばかりであり、次第に周りの者達は絆されていった。

特に侍女長は、今のレティシアにすっかり同情しており、夫が一度も様子を伺いに来ないなんて、あんまりです。とレティシアの味方をするような発言を、ジンに対して言うようになった。




そして、ついに、昨日の夕方。

侍女長に、レティシアの日記を渡された上で、言われてしまったのである。


「旦那様。レティシア様は以前のご自分が書かれた日記を読もうとしていた様です。すんでのところで、侍女の一人が回収出来たので良かったものの、もし読んで記憶を取り戻されたら、どうするのです?

そもそも、日記を読もうとされたのも、旦那様がお会いにならないからでは?

会って無理に思い出そうとしなくて良いと、そう言って抱きしめたりすれば良い話なのです。記憶を失って不安になっている女性を放っておくなんて、酷い対応です。心細い状況で、尚且つ夫からも距離を置かれているなんてお可哀想に。そんな時に日記があれば、夫から嫌われている理由を知ろうと、見てしまうに決まっております。とにかく会ってお話しすることです。

⋯⋯あら、そうそう、数日前に一人の侍女が、レティシア様から『夫とは不仲なのか』と聞かれたそうですわ。」

「⋯⋯⋯分かった。会うから⋯⋯。」


こうなった侍女長には、もう反論してはならない。

何かを言えばもっと面倒な事になるのを十分理解していたジンは、大人しく黙って聞いていた。

侍女長からの長ったらしい説教に辟易したジンは、ついにレティシアと会うことを決意するのである。







「まぁ、旦那様?⋯⋯から?」

「えぇ、お仕事で忙しかったようですが、一段落したので是非会いたいと言っております。こちらに来ても宜しいでしょうか?」

「勿論です。」


レティシアは、その日も部屋でのんびり過ごして、時間になったら庭で散歩をしようと思っていた。

そんな時に侍女長から、夫が自分に会いたいと言っている旨を聞き、了承した。

無論予定は何もないのだから、いつでも構わない。


侍女長の話から間もない頃合いに、夫が現れた。

思ったよりも早い登場である。

黒髪に、冷たそうな雰囲気の男性。

目覚めた時に少しだけ話したあの男性を、レティシアは久しぶりに見た。



「失礼する。」

「どうぞ、こちらへ座って下さい。」

「⋯⋯⋯。」

「⋯⋯⋯。」


部屋にある椅子を進め、レティシアは小さいテーブルを挟んだその対面にある椅子に座った。

二人とも黙ってしまい、部屋には沈黙が続く。



「⋯⋯その、仕事で中々会いに行けなかった。申し訳ない。」

「いえ、大丈夫です。」

「何か困っていることはないか?」

「そうですね⋯⋯、記憶喪失、以外はありません。」

「そうか、まぁ⋯⋯、何かあったら侍女にでも言ってくれ。」

「はい。」

「⋯⋯⋯。」

「⋯⋯⋯。」


(話には聞いていたが、あのレティシアとは思えない。記憶喪失になったら、こんなに人格が変わるものなのか?)

(やはり、夫とは不仲だったみたいね。)


ジンは初めてレティシアと落ち着いて話をできていることに驚いていた。

一方、レティシアは夫と不仲であっただろうことを確信していた。



「それと、侍女長から日記のことは聞いている。日記を読みたい気持ちは分かるが、モリセ医師から無闇に記憶を刺激するようなことは控えた方が良いと助言をもらっている。しばらくは俺の方で日記は預かる。」

「分かりました。」

「⋯⋯⋯。あと、記憶を取り戻そうと急がなくていい。これから冬が始まって寒くなる。体調管理を大切に生活してくれれば良い。」

「はい、ありがとうございます。」

「⋯⋯⋯。」



本当にあの女か?と、ジンが思ってしまうほどに、今のレティシアは大人しい。

ちなみに、モリセ医師からそのような事は特に言われていない。実際は、記憶喪失のままでいて欲しいので、読まれたくないだけである。


(なるほど、城の者達が「このままでいてほしい」と願う訳だ。)

ジンは実感した。



「⋯⋯それと、君の家族についてだが、」

「!」

「実は色々あり、君はほぼ絶縁状態で、此処に嫁ぎにきた。」

「絶縁⋯⋯。」

「俺から当主に今のこの状況を連絡するつもりだが、会えるかは分からない。それに、もし会うことになったとしても、ノーサレア地方の冬は厳しい。王都に行くとしても、雪解けする春以降になるだろう。」

「そう、なのですね⋯⋯。」


レティシアは思案した。

あの日記の荒んだ内容。夫とは不仲。家族とはほぼ絶縁状態。

何があったかは知らないが、レティシアは孤独であったことが分かった。そして、おそらくではあるが、レティシア自身に問題があっただろうことも。



「相手側が望まないのであれば、私は会わなくて構いません。」

「いいのか⋯?」

「はい。その⋯、色々とあったのでしょう?相手側に無理強いはしたくないので、その方の意向に合わせたいと思います。」

「⋯⋯分かった。」


ジンは、少し居心地悪そうにしていた。

絶縁と言っても差し支えない状況になったのは全てレティシアに原因があるため、今までは何も思わなかった。しかし、こうも大人しく、それでいて自分よりも相手を優先している物言いをされてしまうと、少しばかりではあるが、憐れむ思う気持ちが出てしまったのである。


こうやって侍女長達が絆されてたのだと思いながら、ジンは小さくため息をついた。






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