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第一章(六) 本当の私




レティシア・ダンドアが記憶喪失になって、一週間が経過した日の朝。


朝食を食べ終わったレティシアーーーいや、レティシアとして生きることになった女性は、少し休みたいと侍女に伝え、ベッドで横になりながら、今朝見た夢を思い出していた。



(夢にしては、とてもはっきり覚えている。あれは、神様の⋯⋯お告げ、というものかしら?)

(とても、とても優しくて⋯温かな光だった。)


それはただの夢なのか、それともお告げと呼ばれるようなものなのか。

それは確認のしようがないが、ただ、自分が本当のレティシアではないということに、しっくりときていた。


(本来の私は、別の世界で死んだ。そして、ちょうど同じタイミングでレティシアは頭を打った。本来ならば死ぬような怪我ではないけれど、レティシアの魂が離れてしまった。)

(代わりに、私の魂を入れることにしたなんて、にわかに信じられない話だけれど、けれど何故かそれを信じられる⋯⋯。)



(私は、本当のレティシアではないのね。)



窓から入ってくる光を眺めながら、女性は思った。

そして、これは誰かに言っても信じてもらえないだろうと考える。


(レティシアとして生きなさいと言われた。きっと、そうするしかないの、よね⋯?)

(けれど、『為すべきこと』って、何かしら?)


女性は、『為すべきこと』について、ぼんやりと考えた。








「うん、頭の怪我もだいぶ良くなりました。もう、包帯はつけませんが、まだもう一週間はなるべく汗をかかないようにして欲しいので、外出は散歩程度で。」

「はい。」


目覚めた時からレティシアを診ているモリセ医師は、次に記憶喪失について質問する。


「記憶喪失の件ですが、何か思い出せたことはありますか?」

「⋯いいえ。」

「ふむ⋯⋯、まぁ、気長に待つしかありません。色々と調べてみたのですが、やはり記憶喪失と言っても、なくした記憶の量や思い出すまでの期間は、個人差がありすぎて、なんとも言えないのです。」

また、稀なことでもありますので、と付け加えた。


「あの、記憶喪失というのは、一生記憶が戻らないこともあるのでしょうか?」

「可能性は無くはありません。」

「そうですか⋯⋯。」



(レティシアではない私が、記憶が戻る訳がないもの。良かった、記憶が戻ってきたフリをする必要はないみたい。)


レティシアとしては、ただ安堵していただけであったが、黙った彼女を見て、モリセ医師は落ち込んでいるのかと勘違いした。


「あまり落ち込まずに。気に病む方が、かえって記憶が戻りにくいかもしれません。」

「はい。」


実のところ、モリセ医師は城の者達が「記憶喪失のままであれ」と願っている現状を知っていた。

そのため、レティシアに積極的に思い出そうとしなくてもよいと、やんわりと、そういう方向性で話すようにしていた。

特に治療薬もないのだ。

医師の自分が出来ることもごく僅か。

であれば、周りの者が望む方向に誘導しても問題ないだろうと思ったからである。


帰り仕度をしたモリセ医師は、今までは毎日診ていたが、今後は周期を開けて、一週間後に来ますと言うと、帰って行った。




(⋯⋯⋯ずっと記憶喪失になっている、という設定にするとして。レティシアのことを少しは知っておきたい。そしたら、『為すべきこと』が分かるかもしれない。)


一人部屋にいるレティシアは、そう思った。

そのためには、先日封印するかのように、引き出しの奥底にしまった日記が、一番『レティシア』を知ることができるものだろう。


内容が怖いと思い、一度は読むのを止めたが、言ってしまえば他人の日記なのである。

記憶喪失する前の自分はこうだったのか、という不安と驚きで読むのを止めたが、今のレティシアにとっては怖いものではない。


レティシアは、机の引き出しから日記を取り出すと、ベッドに戻る。

そして、一から順番にじっくり読んでいこうとした。



「レティシア様、失礼致します。昼食をお持ちしました。」

「はい。」


まさに読もうとしていた時に、侍女が入ってきて、レティシアはその手を止めた。


「? あの、レティシア様。その本はなんでしょう?」

「これは、私の日記みたいなの。」

「えぇっ!?」

「これを読んだら、その⋯⋯、記憶が少しでも戻るかと思って。」


レティシアは、日記を読むことの建て前を考えていなかったため、咄嗟にそのように言った。

これなら不審がられないだろうと思った上での発言であった。


「駄目です!!!」


しかし、侍女は焦った様子で止める。

勢いのままに日記を読もうとしていたレティシアの手をがっしりと掴んで、日記が開かないようにする。


「?」

「えっと⋯⋯、無理に思い出そうとすると、良くないかもしれません!モリセ医師から、無理強いは良くないと聞いておりますし!」

「⋯そう、なのね。」

「はい、申し訳ございませんが、この日記は預からせて頂きます。旦那様が見せた方が良いという判断をされたら、お持ち致しますので。」

「分かったわ。」


すんなりと日記を読むのを止めたレティシアに、侍女は冷や汗をかきながら、なんとか日記を回収できたことを安堵していた。


(これで記憶が戻ったら、困るもの⋯!)

(本当に侍女の皆さん、優しいのね。こんなに案じてくれるなんて。)


侍女とレティシアは、それぞれ心の中で見当違いなことを思いつつ、日記は侍女によって回収された。

⋯ちなみに、レティシアが日記を書いていたことを知らなかった侍女達は、日記が存在した事、そして今のレティシアが読もうとしていた事実に「ひっ!」と恐怖に陥るが、侍女の一人であるエミリーが無事に回収したことを知ると、拍手喝采が起こった。




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