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閑話 悪女の変わり様に周りは戸惑う



ダンドア辺境伯の城で働いている侍女のエミリーは、朝食の準備をしていた。

今まであれば憂鬱でしかなかったこの作業も、レティシア・ダンドアが記憶喪失になってしまってからは、そうではなくなっていた。


(あぁ、どうか、まだ記憶を取り戻していませんように!)

神に祈りを捧げてから、レティシアの部屋へと向かう。



「失礼致します、レティシア様。おはようございます。」

「おはよう。」

「朝食をお持ちしました。」

「ありがとう。」


(あぁ、神様⋯!ありがとうございます!)



落ち着いた、大人しい様子のレティシアに、エミリーは心から感謝を感じる。

悪女として名高いレティシアは、夫であるジン・ダンドアに対しても小馬鹿にしていたり、蔑んだ態度を隠さなかった。

侍女であるエミリーには尚更であった。

無視は当たり前。レティシアの気分次第で、ちょっとした言葉遣いや動作に対してネチネチと嫌味を言われる。

さすがに打たれたり等の暴力はしないが、無視や嫌味な言い方に、エミリーの心が疲弊していたのは事実である。


それが、記憶喪失になってからというものの、レティシアは大人しく、ちょっとぼんやりとした女性になった。

言われたことを素直に応じており、また、自分が貴族という自覚があまりないのか、周りの者に対して平等に丁寧に接してくれる。

当初は誰に対しても敬語を使っていたため、侍女長がレティシアに敬語はお止め下さいと頼んだぐらいであった。


何か話すとしても、多くは疑問に思ったことや、分からないことを聞いてくるだけ。それに答えただけで、お礼を言ってくれる。

これが、あのレティシア様?と、同僚の侍女達と何度も同一人物であるかを疑った。


そして、記憶喪失から一週間経った今現在、城で働く全員が思っている。

「どうか、もう記憶喪失のままでいてくれ」と。



用意された朝食を大人しくモグモグ食べているレティシアを見て、エミリーは心の中で涙を流す。

(なんて平和な時間⋯!)

他の侍女もまた、エミリーと同様のことを感じていた。

以前であれば、部屋はいつもギスギスとした、張り詰めた空気だったのに、今はのんびりとした雰囲気へと変わっていた。

事実、エミリーを含めた侍女達は、実にのびのびと働けている。



「もうお腹いっぱいだから、下げてくれる?」

「かしこまりました。」

「美味しかったわ。」


にこりと少し微笑んだレティシアを直視したエミリーは、思わず硬直してしまう。

(いかん、いかん。)


一瞬の思考停止から立ち直り、朝食を下げて、台所へ向かう。


(レティシア様、笑うとあんなに可愛い人だったんだ⋯。そういえば、綺麗な人だもんな。怖くて今まで気づかなかったけど⋯⋯。)



レティシアの変貌ぶりに、戸惑いと安堵が止まらない侍女達は、こうして今日もまた、レティシアの変わりように裏で噂していた。




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