第一章(四) 夫とは仲が悪いらしい
光が見える。
レティシアは、優しい、柔らかい光を見つめていた。
何かが聞こえる。
その音を聞こうと耳を澄ます。
それはーーー、
「⋯⋯⋯。」
朝。
レティシアは、部屋の中に朝日が入っているのを見つめながら、ぼんやりとしていた。
(なにか、夢を見ていた気が⋯⋯⋯。)
レティシア・ダンドアが、頭を打ったことが原因で寝たきりになり、目覚めたのが五日前。
つまり、記憶喪失になってから、今日で五日目。
今も包帯は巻かれているものの、次第に体の調子が良くなりつつあるレティシアは、初めて庭を散歩しようかと考えていた。
無論、記憶喪失以前はきっと慣れ親しんでいたであろう。
「レティシア様、おはようございます。朝食をお持ちしました。」
「ありがとう。」
「⋯⋯いいえ、とんでもございません。」
相変わらずレティシアが返事をすると、謎の沈黙はあるが、あまり気にせずに朝食を食べることにした。
(それに、理由はなんとなく分かる気がする⋯⋯。)
レティシアは机の引き出しの奥にしまった、あの日記のことを思い出しながら、スープを飲む。
日記に書かれていた恨みつらみ。
記憶喪失になった身としては、本当にこれを書いたのは自分なのか?と疑いたいところではあるが、記憶喪失になる前のレティシアが『あのような』文章を書く女性であれば、少なくとも侍女達に対して『好意的』には接していなかったであろう。
であれば、侍女達の謎沈黙もまた、説明がつく気がしていた。
(たぶん、私は、周りから怖がられていたと思う。普通に返事をしたら、戸惑うぐらいには。)
朝食を食べながら、レティシアはそう考えた。
「あの、私には、夫がいるの⋯よね?」
「左様です。」
「仲が悪いの?」
昼過ぎ。
レティシアは、昼食を食べ終わり、食器を下げにきた侍女に思っていたことを聞いた。
というのも、目覚めた日に少し言葉を交わした以降は、夫である男性を目にしてなかったからである。
今日で五日目。音沙汰なし。あの日記。それらを考えると、おそらく不仲ではないかという結論になるのは、不思議ではない。
「えっと、なんと言いますか⋯、レティシア様は此方に嫁いできてからまだ三ヶ月ほどしか経っておりませんので、お互いに話し足りていないだけかと⋯。旦那様は、お仕事でお忙しくされておりますので、中々時間が取れないのでしょう。」
侍女は戸惑いながらも、断定はしない曖昧な言い方をする。それを聞いて、レティシアはなんとなく直感ではあるが、不仲なんだなと思った。
(思えば、目覚めた時も、そんなに心配していない様子だった。)
侍女を困らせるのは本意ではなかったため、それ以上は追及せずに、レティシアは庭を散歩しても良いかと聞いた。
話題が変わったことに安堵した侍女は、少しだけならと笑顔で答える。
そしてレティシアは早速、庭へと侍女を連れて向かうことにした。
庭を散策しながら、レティシアは外の世界を感じる。
少し肌寒い。晴れてはいるが、太陽の光はあまり強くない。
また、木々は葉が枯れており、遠くに見える山は澄んで見えた。
耳を澄ますと、鳥の鳴き声も聞こえる。
澄み渡った空気で深呼吸すると、ずっと感じていた不安も少しは和らいだ。
「此処は、寒い地方なの?」
「はい、レティシア様。ノーサレア地方は、冬になると雪がたくさん積もります。」
「雪⋯。雪は分かります。」
食事のマナーであったり、服の着方はどうにもピンとこないレティシアであるが、雪はすぐに理解出来た。
「私の出身はたしか、王都でしたっけ⋯?」
「はい、王都ではあまり雪は降らないと聞いております。」
(⋯⋯じゃあ、なんで、雪を知っているんだろう?来たことがあるの?)
寒ささえも新鮮に感じながら、体が冷えてきた頃合いで、部屋に戻ることにした。
レティシアは知らない。
庭を散策している彼女を、観察するような、警戒しているような表情で、夫であるジン・ダンドアが窓から眺めていたことに。




