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第一章(三) 夫との出会いと、私の日記



「レティシア様、夫である旦那様です。見覚えはございませんか?」



(レティシア⋯⋯、あ、私のこと。)


レティシアはぼんやりとした表情で、部屋に入ってきた男性を見た。


(やっぱり、見覚えがない。自分の夫なのに、分からない⋯⋯。)


レティシアは侍女にゆっくりと首を横に振って、分からないことを伝える。

先程までいた医者に色々な質問をされる内に、レティシアは自分が『記憶喪失』になっていることを、実感していた。


何も分からないのである。

自分の名前。家族。此処が何処なのか。結婚していることも、今が何年であるのかさえも。

医者には、目覚めたばかりで混乱しているだけかもしれませんから、とにかく今はゆっくり休んで下さい。と優しい笑顔で言われたが、レティシアは不安を感じていた。



「あー、その⋯、」


男性は喋りにくそうに、口を開いた。


「貴方が記憶喪失になっていることは承知している。とりあえず今は、ゆっくり休んでいてくれ。」

「はい。」

「⋯⋯⋯。」


何故か、男性は驚いた様子で、レティシアを見た。


「⋯⋯⋯?」

「⋯⋯お大事に。私は仕事に戻ろう。」

「はい。」

「⋯⋯⋯。」


返事をしただけなのに、何故か変な沈黙が生まれるが、そのまま男性は部屋を後にした。

レティシアは出て行く男性を見て、そして、部屋の中をぼんやりと眺めた。


(夫の筈だけど、なんだか、あんまり心配されてない気がする⋯。)



「レティシア様、お腹はすいておりますか?」

「軽いものなら食べられそうです。」

「⋯⋯⋯。お、お持ち致します。」

「お願いします。」

「えっ、あ、あの⋯⋯、かしこまりました。」


やはり変な間があってから、侍女は軽食を持ってきますと去って行った。

レティシアは、先程から『普通に』答えているつもりなのに、自分が返事をすると変な沈黙が流れることに疑問を感じていた。


(私の返事⋯、何かおかしい?)


レティシアは知らない。

傲慢不敬であった彼女は、夫であっても田舎者だと蔑み、侍女に対しても、無視もしくは高圧的に話すことが『普通』であり、一般常識的にいう『普通』の受け答えをした事が無かったことを。


部屋にいる侍女達はソワソワとお互いに目を合わせる。

そして、軽食を持ってくると言った侍女もまた、「初めて普通に会話してもらえた!」と、謎の感動を与えていたことを、レティシアは知らない。








夜。


レティシアはあまり寝れないでいた。

それは少し前に、軽食を食べ終え、また眠りについてしまったからであろう。


一度、寝ることを諦めて、体が痛まないようにベッドからゆっくりと起き上がる。

ランプの明かりを頼りに、部屋の中を少し観察してみると、机の上に分厚いノートがあることに気が付いた。


(これは⋯⋯?)


試しにページを捲ってみると、予想外の文章が書き殴られていた。



『女王陛下になれないなんて、死んだも同然なのに。

何も進まないまま、年月だけが流れていく。

あぁ、苛々する。

第二王子となんて、酷い侮蔑だわ。

第一王子の婚約者と第二王子、どちらからにしよう?

とにかく、私だとバレなければ、方法はどうだっていいのに。


憎い、憎い、憎い!すべてが憎い!』



「えっ⋯⋯⋯。」


レティシアは、言葉を失う。

しばらく固まっていたが、意を決して次のページ以降もパラパラと見てみる。

これはどうやら自分自身の日記のようだと分かり、改めてゾッとした。


(内容の意味はよく分からないけれど⋯、私って一体?)


恐怖を感じながらも、レティシアは好奇心をおさえられずに、最後に書かれたページを見てみる。




『北の田舎にきてから、もう三ヶ月経つ。

私の人生は終わってしまった。

許さない。許されない。おかしい。この世の全てが、おかしい。

こんなはずじゃなかった。

いつか、いつか王都に行けたら、その時は⋯⋯』


(⋯⋯⋯⋯⋯怖い。)


文字から伝わる、底知れぬ怨嗟の念に、レティシアは早速読んだことを後悔した。

机の上にあった日記を、引き出しの奥の方に隠すかのようにしまってから、ベッドへ戻った。



「分からない⋯、分からないの、何もかも。」


レティシアは中々寝つけない夜を過ごした。




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