第三章(六) ざまあみろ
「ダンドア夫人は今の話を聞いて、どうお思いか?」
急にアルカから意見を聞かれ、レティシアは心臓がドキリとした。先程からの話は信じられない内容ばかりであり、少し呆然としていたからだ。
胸に手をあてて、少し深呼吸してから、レティシアは今感じていることを言葉にする。
「まずは⋯⋯自分が過去に行った行為に驚いています。そのような事をしていたなんて⋯⋯。それに、私の父親でいらっしゃるネヤフ様にそこまでの代償をさせていたとは⋯⋯、」
そこまで言いかけて、レティシアはまた息を整えた。
覚悟はしていたはずなのに、想像以上の内容に、いつしかの夜のように涙が浮かびそうなのを堪える。
何の涙かは分からなかった。
あくまで別人である『レティシア』の行為であり、『自分』ではない。けれど、悲しく、辛い気持ちになった。
「私は、セムル王子に罰を求めません。そのような事情があれば、私が疑われるのも無理はありません。それに、私の被害は微々たるものだったと思っています。誘拐された時も、何も酷いことはされませんでした。」
「⋯⋯⋯。」
そう言い切ったレティシアの顔を見て、ネヤフは眩しそうな、少し苦しそうな表情をした。
そんなネヤフをチラリと見たアルカは、そうか、とだけ答えた。
「一つ、確認したいことがあります。何故、レティシアは、セムル王子とルイーゼ様を殺害しようとしたのでしょうか?その、⋯⋯人数が少ない方が、と思うのですが⋯⋯。」
ジンは直接的な言い方を控えた。
つまりは、二人を殺害するよりも、アルカ王子一人だけを殺害し、セムル王子が王、婚約者の自分が王妃に自動的になる方が楽なのでは?と疑問に思ったのである。その曖昧な言い方で、意図を理解したネヤフが答えた。
「その理由ははっきりとは、レティシアは答えませんでした。しかし、おそらくだが、アルカ王子の方が御しやすいと思っていたからでしょう。セムル王子とは昔から言い争いが絶えなかった⋯⋯。それよりも、寡黙なアルカ王子となら、より自分の思い通りにできると考えたのでしょう。」
「そうですか⋯⋯。」
そうして、沈黙が流れる室内。
アルカの謝罪から始まった話は、今回のダンドア辺境伯で起きた二つの事件の黒幕と、そして、婚約破棄の真相にまで関わるものであった。
ジンとレティシアがそれぞれに、それらの話を重く受け止めているのをアルカは観察していた。
そして、最後に、アルカはもう一つ大きな事実を伝えるために口を開いた。
「最後にもう一つ、伝えておくことがある。
⋯⋯私は昔から次の国王として期待されていたが、その座を弟へ譲ることとした。」
「!」
ジンが驚いたのとは対照的に、ネヤフはもう知っているのか静かに目を伏せるのみであった。レティシアは、ジンが何に驚いているのか分からず、静かに聞いていた。
「代々、長男の王子が国王陛下になる筈では⋯?」
「たしかに今まではそうだった。しかし、そうしなければいけないという決まりは無い。私は、自分よりもセムルの方が適していると考えている。近々に、この発表が陛下よりされるだろう。」
(代々、長男が国王陛下となっていたのね⋯。それが、アルカ様はセムル様に譲られたということ?)
ジンの反応を見ながら、レティシアはその暗黙の了解のような決まりがあったことをここで知った。
「つまり、ダンドア夫人。⋯⋯いや、レティシア・コーレスト嬢は、最初から王妃になりたいという夢を叶えていたのだ。
ただ、セムルの婚約者として、大人しく過ごしてさえいれば、次の王妃になれた、ということだ。」
ざまあみろ。
アルカは心の中で、そう呟いた。
表情が顔にあまり出ないため、周りの者は知らないことであったが、アルカはレティシアに対して強い怒りの感情をもっていた。
弟と、自分の婚約者を殺害する計画を立てていた女性。それは、アルカにとって、自身を殺害する計画よりも怒りを感じるものであった。
実は、アルカは毒杯を強く希望した者の一人であった。しかし、コーレスト公爵家の莫大な対価により国王は命は見逃した。そのため、仕方なく諦めただけであった。
だからこそ、アルカはざまあみろと思うのだ。
記憶喪失である目の前の女性ではない。以前のレティシアに対して、自分からそのチャンスを棒に振ったのだと伝えたかった。
「⋯⋯⋯。」
告げられたもう一つの事実を、レティシアは受け止めた。実に冷静に。実に素直に。王妃になりたいと一度も思ったことのない彼女は受け止めた。
「そうなのですね。それが、記憶喪失になる前のレティシアにとって、一番の罰になるでしょう。
⋯⋯きっと私はノーサレア地方から出ない方がいいでしょう。皆さんに不安を感じさせないためにも、此処で静かに暮らしていきたいと思います。そして、⋯⋯迷惑かもしれませんが、セムル王子の今後のご活躍をお祈りしています。」
「⋯⋯⋯。」
アルカは目の前の女性が心からそう思い、話していると感じた。
心の中で浮かぶのは、以前のレティシアであった。
今までは自分の姿を見るなり、すぐに近寄って来た彼女。正しい距離感を守ってくれない彼女。己の婚約者を邪魔そうにしていた彼女。周りから諭されても、全く耳を貸さなかった彼女。
一生、目の前の女性に言うことは無いと思っていた言葉をアルカは言うことになった。
「ありがとう。」




