第三章(五) 婚約破棄の真相
「私から説明をしましょう。」
沈黙となった部屋の中で、ネヤフは静かに説明を始めた。
「今回、ダンドア辺境伯殿に無理を言って此方へ来させて頂いたのは、アルカ王子のご意向からです。事情により、あまり大事にしたくないため、あくまで『私の甥』として、この場におります。
⋯⋯レティシアのことで謝罪をしたいとの仰せです。」
(謝罪⋯⋯?)
レティシアにはなんの事か、さっぱり分からなかった。そもそも、アルカ第一王子とは『今のレティシア』は初対面であるのだから。ジンもまた、黙って話を聞いている。
「ここからの話は、アルカ王子より話して頂いたほうが良いでしょう。」
「そうだな。⋯⋯話が長くなるから、楽にしていい。」
アルカは平坦な口調で、ジンに楽にするよう伝えた。
四人しかいない部屋の中で、アルカは話し始めた。
「⋯⋯事の始まりは、ダンドア夫人が記憶喪失になったと聞いた時からだ。
ネヤフから王家へとその情報が渡り、私の弟であるセムルはそれを不審に思った。よもや、何かを企んだ上で記憶喪失の『フリ』をしているのではないかと。そして、陛下に進言をして、警戒するよう訴えた。
そのため、ダンドア辺境伯殿に謁見するように命じ、謁見の際には色々と確認をしたということだ。
しかし、私や陛下の知らぬところで、セムルが勝手に動いてしまっていた。ダンドア夫人の部屋が荒らされた事件、そして、誘拐された事件は全てセムルが計画したことであった。
それにより、ダンドア夫人の身を危険にさらしたこと、ダンドア辺境伯殿に迷惑をかけたことを王家を代表して謝罪したい。申し訳なかった。」
そう言って、アルカが頭を下げた。
レティシアはなんと言えば分からず、ジンの顔を見た。ジンは冷静な顔で、どうか頭をお上げ下さい、と答えた。
「誰にも言っておりませんでしたが、もしやとは思っておりました。レティシアを誘拐した者も、そして、謁見の時も両方とも『記憶喪失が本当なのか、もしくは記憶喪失のフリをしているのか』について確認をされておりましたから。」
「そうか。勘付いていたか。」
「ただ、何故そこまでこだわるのか⋯私には分かりません。教えて頂けませんか。」
「無論だ。」
アルカはネヤフをついと見る。ネヤフが頷き、ネヤフが代わって話し始めた。
「いいですか、これは誰にも話さないで頂きたい。今から話すのは極秘の話です。我らコーレスト公爵家と王家の方々、一部の大臣しか知らぬこと。ダンドア辺境伯殿と、⋯⋯レティシアも他言無用です。」
ジンとレティシアがそれに頷くと、ふぅ、と一つ息を吐いた。ネヤフはそこで初めて話しにくそうにしたが、落ち着いた声で続けた。
「⋯⋯⋯我が娘レティシアは、セムル王子と婚約を結んでおりました。それは、二人が幼き頃に王命によってでした。年頃も合いますし、我が家門であれば釣り合いも取れたからです。
けれど、レティシアはその婚約を嫌悪していました。王妃になりたいから、アルカ王子との婚約が良かったと癇癪を起こしていました。この頃は、私も妻も、もう少し成長すればそんな我儘も落ち着くだろうと考えていました。
しかし、年頃になっても、レティシアはアルカ王子との婚約を諦めていなかったのです。どんなに私や妻が諭しても、怒っても、何度も罰を与えて躾けようとしても、王妃になるのだと、一番偉い女性になるのだと言って、あの子は変わらなかった⋯⋯。
ただでさえ、セムル王子に対して不敬な行動ばかりとっていて、いつ婚約破棄になるかも分からないというのに。
そして、忘れもしない。もうすぐで春が来ようとしていた頃合いでした。まだ肌寒い日に、レティシアは捕まりました。
レティシアは⋯⋯、あろうことか、セムル王子を殺害する計画を立てていたのです。」
しんと、部屋が静まり返った。
ジンは驚愕し、目を見開く。言葉を失ったのか、無言のままである。
レティシアもまた、顔を青くして目を伏せる。
アルカだけが無表情のまま、平静であった。
「どうにも様子がおかしく、コソコソと何かをしているので確認したところ、安い金で人を雇い、セムル王子と、アルカ王子の婚約者であらせられるルイーゼ様を殺害しようとしていたのです。
ですので、私はすぐに王都騎士団へ通報しました。そして、レティシアと金で雇われた者達が捕まったのです。
未然に防げたとはいえ⋯⋯王家の者を害そうとしたのですから。レティシアは毒杯を承る予定でした。
それを、私は陛下に頼み込み、多額の賠償金とコーレスト公爵家の領土の一部を返還。また、今までの私の功績を考慮して頂き、レティシアの命は見逃して頂いたのです。そして、この事は極秘事項として、一部の者しか知らないことにして頂きました。
しかし、レティシアを生かしてやることが私としては親として最後の温情のつもりでした。後は厳しい修道院にでも送って出れないようにしてやろうと思っていたところに、ダンドア辺境伯殿からの結婚の打診がありました。
そして、レティシアに二つの選択肢を与えたということです。」
ネヤフが話し終えた後は、部屋は気まずい沈黙に包まれた。
アルカはそのような雰囲気の中、改めてジンとレティシアに向き合った。
「これらの事情があり、王家としてはダンドア夫人の様子を注視していた。しかし、誘拐などといった行為は明らかにやり過ぎであった。
セムルの行為は、我ら王家の総意ではないことを伝えたい。
本来ならば、セムルが直接此方へ出向くべきではあるが、ある理由から、セムルは王城から中々出られぬ故、代わりに私が来た。
しかし、陛下と王妃はこの件について、いたくお怒りであり、セムルには罰として、執務の量を増やしている。また、世話をしている周りの者達を全て入れ替え、もうそのような事が出来ないように見張りも強化している。」
ジンはその言葉に頭を下げ、このように答えた。
「私としましては、陛下の判断に全てをお任せします。誘拐されたとはいえ、レティシアは傷一つ無く、帰ってきました。ですので、ダンドア辺境伯として、陛下の判断に不満はございません。」




