第三章(三) 公爵家からの手紙と打ち明ける夜
季節は初夏。
ノーサレア地方も、心地良くはあるが多少は暑いと感じる季節になっていた。
人々はこの季節の間に、ふんだんに太陽の光を浴びようとしている。
城下町のレストランやカフェでは、皆がテラス席を座り、嬉々として太陽の光を浴びながら食事をする。また、カップルや家族で、町の広場で外の空気を吸いながら、談笑を楽しんでいる。
いずれも、この季節だからこそ楽しめる行為である。
また冬が訪れれば、室内にばかりいることになる。
だからこそ、この季節になると、皆は外に出たがるのだ。
結局、レティシアの誘拐事件に関して捜査の進捗が得られないまま、初夏となった今日この頃。
ダンドア辺境伯の城。
領主であるジンの元に、予想外の人物から手紙が届いていた。
「コーレスト公爵家から?」
「はい、左様です。」
ジンは侍従から渡された手紙を確認する。
確かにコーレスト公爵家からの手紙で間違いない。
以前に、レティシアの記憶喪失の件を伝えるために手紙のやり取りをしたが、それ以降は何も連絡をしていなかった。
それが、突然の手紙。
ジンが手紙の封を開けて、中に入っている紙を読んでいく。
「⋯⋯⋯。」
「内容はいかがでしたか?」
「レティシアに会いに行くと書かれている。」
「ええ!?」
驚いた侍従達が目を見合わせる。
ジンもまたおかしいと感じていた。
前の手紙では、会うつもりがないと言っていたにも関わらず、急に意見が変わったのは些か不可解である。
さらには、こちらが王都に行くのではなく、コーレスト公爵家の当主自らがノーサレア地方へ来ると書かれているのだ。
「⋯⋯どういうつもりかは分からんが、こちらが拒否するのは印象が良くない。了承する旨で返事をする。コーレスト公爵家が来られるのを準備するよう、侍女長と騎士団団長、警備隊にも連絡をするように。」
「かしこまりました。」
ジンは侍従達に指示をすると、早速返事を書くことにした。歓迎する旨を書き、どのくらいの人数でいつ頃来られるかを確認したい事も付け加えた。
ジンはこの事をすぐにレティシアにも言わなければ、と思った。
一緒に夕食を食べ、食後のワインを二人で嗜んでいる時間に、ジンは切り出した。
「実は、コーレスト公爵家から今日手紙が届いた。」
「! なんて書かれていたんですか?」
「敬語。」
「あ、ごめんなさい⋯。なんて書かれていたの?」
少し前からジンから敬語を使うのを止めるように言われたレティシアは恥ずかしそうに笑った。敬語を止めるようにしても、咄嗟に何か言う時はつい敬語になってしまうのである。
二人の仲はさらに親密になっており、だいぶ気軽に話せる関係性になっていた。
「レティシアに会いたいと書かれていた。」
「まぁ、私に?前は会いたくないと言っていたのに?」
「そうだ。何か事情が変わったのだろう。」
「⋯⋯⋯向こうが会いたいと言って下さるなら、私は会ってみたい。」
「そうか。」
ジンはワインを飲んだ。
黙ったその瞳を見て、レティシアは何かを感じた。
「どうかしたの?」
「いや⋯⋯、もう潮時かと思っただけだ。コーレスト公爵に会う前に、君の過去について俺から話した方がいいだろうと思って。」
「私の過去⋯⋯。言いたくないなら、言わなくてもいいわ。」
「そうは言っても、コーレスト公爵が色々言う可能性がある。その時に君が混乱するのは避けたい。」
「⋯⋯⋯。」
レティシアはその言葉に沈黙した。
しかし、ジンはその沈黙と伏せられた瞳の意味に気がつくことは無く、続けた。
「どうする?いつでも話そう。今からでも良い。」
「⋯⋯⋯では、今からお願い。」
「少し長くなるから、俺の自室で話そう。」
「うん。」
レティシアは悩んでいた。このタイミングで自分も話した方がいいのだろうか、と思ったからであった。
ジンの自室にあるソファーに、レティシアは座っている。その隣に、ジンもまた座っている。
「⋯⋯。」
「⋯⋯。」
お互いに黙っていた。沈黙の中、ついにジンは静かにレティシアの過去を話し始めた。
「まず、君は元々婚約者がいた。それは、第二王子であるセムル様だ。」
「⋯⋯第二王子!?」
「しかし、仲が悪かったと聞いている。コーレスト公爵家だから、身分的には釣り合っていたが、君は⋯⋯これは噂で直接俺が目にしたことはないが、以前の君は、セムル王子を人前で罵倒したり、色々と不敬な行為を行っていたらしい。」
「⋯⋯⋯。」
レティシアは顔を青ざめ、口元に手をあてている。
ジンは一度話すのを止めて、様子を伺った。
しかし、続けて下さい、とレティシアが小さな声で言ったので話を続ける。
「また、第一王子であるアルカ様に付き纏っていたり、その婚約者であるルイーゼ様には敵対心を持っていたのか、目の敵にしていたとも聞いている。」
「⋯⋯⋯。」
「そして、去年の春頃だったと思う。突然、レティシアとセムル王子の婚約破棄が発表された。君の有責によるもので、その詳細な理由までは発表されていなかった。
俺はその頃に、コーレスト公爵家が賠償金や君のことで困っていると噂を聞いた。そこで、君との結婚を申し込んだ。」
「それは、何故ですか?」
「勿論、その時はレティシアと会ったこともなく、恋い慕ってもいない。ただ、ダンドア家のためになると思ったからだ。元々、こんな田舎にわざわざ嫁いでくれる女性もいなかった。であれば、コーレスト公爵家に貸しをつくる形での結婚も悪くないと思った。」
ジンはそこまで言い切って、ソファーの横のテーブルにある水を少し飲んだ。
「コーレスト公爵家に結婚の打診をしたら、あっという間に話はまとまった。普通はもっと時間をかけるものだが、春に打診をして、夏には君は此処に⋯ノーサレア地方に来たということだ。」
「⋯⋯⋯ありがとうございます、話してくれて。」
レティシアは感謝を伝えた。
そして、何かを言おうとしたが、それよりも先に涙がぽろぽろと落ちてしまった。
涙を止めようとしたが止まらなく、ついには嗚咽まで出てしまう程にレティシアは泣いてしまった。
ジンは何をすれば良いか分からず、戸惑いながらも、レティシアの背中に手をあてて擦った。一応、慰めているつもりらしい。
暫く泣いた後、落ち着いたレティシアは真っ赤にさせた目で顔を上げて、ようやく口を開いた。
「旦那様、ありがとうございます。ようやく⋯⋯レティシアについて知ることが出来た。」
「あぁ。」
「けれど、いけませんよ。そのように自らを蔑ろにするのは。きっと、城中の皆が貴方を心配したはず。」
「いや、それは⋯⋯。」
「それは?」
「⋯⋯結果的に今はこうなっている。」
その答えにレティシアは少し笑った。
レティシアはジンと見つめ合って、何かを言おうとしてはお互いに黙っていた。
(言うなら、今かもしれない。)
不思議な夢⋯⋯お告げについて。
おそらく、自分はレティシアではないということ。
それを話そうと喉まで声が出かけたが、ジンの顔を見た時に、それはおさまってしまった。
唇をぎゅっと閉じる。
「⋯⋯⋯。」
少し考えて、レティシアは気を取り直したように言った。
「コーレスト公爵家の方がいらした際、私どのような顔でお迎えすればいいか、分からないわ。」
「記憶喪失は向こうも承知だ。あまり気にしないでいい。」
「うん。でも、なんだか色々と考えちゃって。」
ジンと話しながら、レティシアはそっと胸の内に秘めることにした。




