第二章(十一) 疑惑と裏の一幕
ジン・ダンドアは領地に戻ったその日、とても忙しかった。
まず、王都から大急ぎで戻ってきたことから始まる。
速達でレティシアが誘拐されたことを知ったからだ。
これから行くつもりであった、交流のある貴族に挨拶する等の予定を全てキャンセルにして、すぐに王都を出発した。
戻っている最中に、また速達が届き、レティシアが怪我もなく戻ってきたことを知った。しかし、それでも心配だったため、ジンは大急ぎで領地へと帰ったのである。
そして、ようやく帰って来れたジンは、まずはレティシアを一目見て、無事をしっかり確認した。
それから、侍女長、留守番していた侍従達、騎士団団長、警備隊の者達に、事情を聞いた。
皆の話を聞いた上で、侍女長と侍従達には他にスパイがいないかの確認を任せ、騎士団団長には警備体制の見直しと警備隊への協力を頼み、警備隊には犯人捜索の依頼をした。
そこで一旦、色々なことが一段落ついたので、だいぶ遅めの昼食を取ることにした。
「旦那様、私も同席して宜しいですか?」
「あぁ。」
慌ただしく事態の把握や指示をしていたジンの様子を伺っていたレティシアは、一緒に昼食を食べるために待っていた。
ようやく一息ついたタイミングで、レティシアはジンと共に昼食を食べることにした。
レティシアから直接は話を聞いていなかったため、ジンは誘拐について質問する。
「場所について、何か分かることはないか?」
「⋯⋯馬車で結構乗っていた、ぐらいしか分かりません。目隠しをされていましたし、行く道中も着いた時も、静かでしたので、ヒントになりそうなことは思いつかないです。」
「そうか⋯⋯。仮面男については何か特徴的なことはあったか?例えば、口癖や、何かの仕草だ。」
「そうですね、低くてボソリとした言い方をする方でした。わりと平坦な口調で⋯⋯。あの、こんな事を言うのも変かもしれませんが、仮面男さんは良い人でした。」
「⋯⋯そうかもしれないが、誘拐は誘拐だ。」
「そうですね。」
その後も、色々と質問をしたジンは、やはり場所や人物を特定するには情報が足りないと感じた。
考え込むジンを見て、レティシアは疑問に思っていることを聞いた。
「私が記憶喪失なのか、それともフリをしているのか、それを知るために何故、わざわざ誘拐までしたのでしょう?」
「たしかに、それが謎だ。」
「そんなに大事なことなのでしょうか?」
「⋯⋯⋯。」
ジンは首を傾げるレティシアを見て、ふと思い出した。
そう。自分はつい先日にも、同じ問いを聞かれた。
『記憶喪失か、記憶喪失のフリどちらなのか。』
⋯⋯⋯それは、王との謁見の時である。
第一王子、第二王子までいた。王妃も来る予定だった。そして、話を聞いた上でレティシアの『王都出禁』を命じられた。
「⋯⋯⋯⋯⋯。」
「旦那様?」
顔が険しくなったまま黙り込んでしまったジンを、レティシアが心配する。
「いや、なんでもない。」
「なら、良いのですが⋯⋯。」
(これは、まさか⋯⋯。いや、だが⋯⋯。)
ジンはある疑惑を感じながらも、否定した。
心配そうに見てるレティシアに言うべきではないと思い、何も言わずに誤魔化した。
そして、気を取り直して、昼食を再開する。
「セムル王子、シェイド様が来ております。」
「あぁ、入れていいよ。」
王城の一角。セムル第二王子専用の応接間にて、シェイドは商人としてセムルに会いに来ていた。
応接間には、騎士一人と、侍従一人、そしてセムルのみである。
「此処にいるのは信頼できる者だけだから、商人のフリは止めて大丈夫だよ。」
「ありがとうございます。」
シェイドは、己の主であるセムル第二王子に深々と礼をした。
そして、命令されていた誘拐について話す。誘拐までの順序、そして結果まで正確に伝える。そして、自分の考えも少しだけ添えて。
「へぇ。そうだったんだ、本当に記憶喪失か。そんな事あるんだね。」
セムルは屈託のない顔でニコリを笑った。
「シェイドには慣れないことをしてもらって悪かったね。」
「いえ、とんでもござません。」
「色々やってくれて、ありがとう。」
セムルはそう言うと、シェイドの持ってきた商品から何個か選び、それを侍従に渡す。
侍従は、商品の価格以上の金をシェイドに渡す。
これは『依頼料』も込みで、ということなのだろう。
「いやぁ、良い買い物出来たよ。ありがとう。また、買い物したくなったら呼ぶね。」
「いつでもお待ちしております。」
シェイドは再度深々と礼をすると、応接間から出た。
シェイドがいなくなったのを確認してから、侍従はセムルに聞いた。
「宜しかったのですか?あの者、誘拐の概念がだいぶズレているようですが⋯⋯。」
「いいの、いいの。シェイドだから、頼んだことだよ。」
セムルはケラケラ笑って、自分の意図を理解していない侍従に優しく教えた。
「だってさ、辺境伯夫人に滅多なこと出来ないじゃない?だから、シェイドみたいな善良すぎる人が誘拐することに意味があるんだよ。もし、怪我なんかさせちゃったら、僕でも庇いきれない可能性もあるし。
⋯⋯それに、以前のレティシアであれば、あんな生温い監禁でも、怒り狂っただろうね。なのに、大人しかったなんて、記憶喪失は本当だったんだなぁ⋯⋯。」
「⋯⋯私が浅慮でした。申し訳ございません。」
「いいよ。この事は黙っててね。二人とも。」
恭しく頭を下げた二人を見て、セムルは満足した。
この信頼している二人は周りにこの事を話すことはないだろう。
兄であるアルカあたりが疑うかもしれないが、自分はもうレティシアに関わるつもりはないし、この誘拐事件も未解決のまま、有耶無耶になるだろう。
シェイドが誘拐に使った別荘地は、自分の名義である。それを誘拐事件のために捜索するなんて、そんな馬鹿なことを向こうは言わないだろう。
そして、それはダンドア辺境伯が自分まで辿り着かないことを意味する。
「まぁ、ちょっと勘付かれるかもしれないけどね。証拠を見つけることが出来なければ、聞くことも出来ない。」
セムルは『あの女』が大嫌いであった。兄の第一王子に纏わりつく虫。兄にちっとも相手にされていないのに、公爵家の格を下げるような振る舞い。貴族としての責務の自覚はないくせに、プライドだけは人並み以上だった。そんな女を、セムルは心から軽蔑していた。
本当に記憶喪失ということは、『あの女』が消えたという意味である。そのままずっと忘れていれば良い。
ある事を伝えて、『あの女』が死ぬほど悔しがる姿を見てみたいとも思っていたが、まぁ、大人しいと評される今のレティシアのままでいてくれた方が平和だと考えた。
第二章 完




