第二章(十) 帰宅
レティシアはぐっすりと寝ていた。
昨日のおそらく夜に夕食を食べて以降、何もすることが無くなったので寝ることにした。
あの仮面男に誘拐はされているものの、全く誘拐らしくなく、無体なこともされないだろうと思った安心感から、レティシアはぐっすりと寝ていた。
ガチャリ
鍵の音がして、ようやくレティシアは起きた。
のんびりとベッドから起き上がると同時にドアが開かれ、仮面男が朝食のトレーを持っている。
パン、スープ、ヨーグルト、フルーツ、温かい紅茶。コーヒーまである。
(やっぱり、良い人なのよね⋯⋯。)
監視をされながら、レティシアは朝食を食べる。
特別すごく困っていることはない。しかし、この生活がいつまで続くのか?
それが懸念点だと思っていると、仮面男が口を開いた。
「誘拐は終わりだ。」
「! 終わり、ですか?」
「どうやら記憶喪失は本当のようだからな。朝食が終わった後に城の近くまで送って行く。無論、この場所が何処なのかバレる訳にはいかない。目隠しはさせてもらう。」
「まぁ、わざわざ送ってくれるんですね。」
「当たり前だ。」
「⋯⋯⋯。」
(当たり前ではない気がするけど、有難いから送ってもらおう⋯⋯。)
レティシアは仮面男に色々指摘するのは止めておいた。
こうしてレティシアは、朝食を食べて少ししてから、目隠しをされた状態で馬車に移動した。
もはや猿轡はいらないと思われたのか、目隠しのみである。
そして馬車が移動を始めた。
「誘拐されて怖い思いをさせてしまっただろう。すまなかった。」
「いえ⋯⋯。その、あんまり誘拐という実感もありませんでしたし。」
「あまりの怖さに感覚が麻痺してしまったか?しかし安心して大丈夫だ。もう、誘拐することはない。」
「⋯⋯はい。」
(この人、もしかして貴族?『粗末な部屋』があの部屋だったのを考えると、裕福な家の方とか?)
レティシアは、仮面男の出自のことが気になりながらも、もうすぐで城に戻れるという事に安心したのか眠くなっていた。
昨夜から結構寝たつもりであったが、一応は気を張っていたのだろうか。だんだんと、うとうとしてきたレティシアは、遂に目隠しをしたまま寝てしまった。
「おい、起きろ。」
肩を控えめに揺さぶられて、レティシアは起きた。
目隠しを外されている。
「あ、私、寝ちゃって⋯⋯。」
「あんなベッドでは寝られなかったようだな。だが、安心しろ。もう着いた。」
「あ、はい。」
馬車から降りたレティシアに、仮面男は指で方向を指し示す。
「見えていると思うが、そちらの方向に城がある。」
「分かりました。」
「本当なら城まで送って行きたいところだが、誘拐犯として捕まりたくないものでな。此処で失礼する。」
「ええ、それは、はい。」
「あと、これを返そう。」
仮面男はふいに、見覚えのあるノートをレティシアに返した。
それは、以前盗まれたレティシアの日記であった。
「! これは⋯!貴方だったんですか、ノートを盗んだのは!」
「記憶喪失のフリなのか確認したくて拝借した。これももう不要なので返そう。では、さらばだ。」
レティシアに挨拶をしてから、仮面男を乗せた馬車は出発して行った。
地理感覚があまりないレティシアには、何処に向かったのかは分からない。
遠くになっていく馬車を見ながら、レティシアは思った。
(良い人すぎる⋯⋯。)
その後、城まで歩いて帰ったレティシアは勿論すぐさま保護された。侍女長や、侍従達に怪我していないかを心配され、モリセ医師に診察までされた。
そして、誘拐の経緯、一体何をされたのかについて、警備隊と騎士団を中心に聞き取りが行われた。
レティシアはこれは誘拐なのか?と疑問に思いつつも、レベッカにお花見を誘われたことから順番に話をした。
誘拐されたところまでは、皆厳しい表情で聞いていたが、誘拐されてからのことを話すと、周りの者も段々と不思議な顔になっていく。
夕食や、デザート、タオルの話をレティシアがしていると、我慢しきれずに警備隊の者が話を遮った。
「あの、レティシア様。誘拐、されたんですよね⋯?」
「やっぱり、そう思いますよね?その仮面男さん、良い人だったんです。」
「はぁ⋯⋯。」
「あの方、あれで本当に私を『閉じ込めていた』っていう認識をされていたんです。」
レティシアの話に、警備隊の者達は奇妙な表情をしており、騎士団団長はそんな奴に我らの警備を抜けられたのかとショックを受けていた。
「本当に何もされていないんですよね?」
「はい。記憶喪失のフリをしているのではないか、と何回か聞かれただけです。」
「⋯⋯⋯。」
「盗まれた日記も返して頂きました。」
「⋯⋯⋯⋯。」
なんだ、そいつ。
皆の心が揃った瞬間であった。




