第二章(九) ある男の完璧な誘拐計画(自称)
シェイドはある男に仕えている。
シェイドは、ただの商人である。しかしこれは、表向きは、という枕詞がつく。
実際のところは、ある主に仕えている忠臣である。
普段は商人として過ごし、たまに主からの命令が下れば、それを遂行している。
そんなシェイドが、ノーサレア地方に来たのには理由がある。
『レティシア・ダンドアは本当に記憶喪失になっているのか、それともフリであるか、調査をするように』
主に仕えている別の者から渡された手紙には、そのようなことが書かれていた。
読んで、内容を覚えてから、シェイドは手紙を燃やした。
火を眺めながら、今後の計画と、ターゲットについてを考える。
レティシア・ダンドア。
王都では有名な『悪女』で、つい最近第二王子との婚約破棄があった。彼女側の有責で。どういう訳か、ダンドア辺境伯へ嫁いだという噂は聞いていた。
しかし、記憶喪失?
シェイドはそれは初耳であった。
まず、手始めに女性のスパイ二名を侍女として、ダンドア辺境伯の城へ紛れ込ませた。しばらくレティシアの普段の様子などを観察させる。
そして上がってきた報告では、レティシアは常に穏やかで、また、昔の出来事や一般常識の一部を知らないフリがちゃんと出来ており、今のところは本当に記憶喪失であると思われる、という内容であった。
この様子を数ヶ月続けさせても、報告の内容が変わらなかった。
(本当に記憶喪失ということか?しかし、)
シェイドは考えた。
この状態で、記憶喪失でしょうと主に言えるだろうか?⋯⋯いいや、言えない。
後もう少し確証が欲しい。
そのように思った。
このままでは埒が明かないため、シェイドはちょっとした罠を仕掛けることにした。
それは、部屋を荒らし、何か手掛かりになりそうなものを盗むということだ。
最悪、何も無くても、部屋を荒らされた時の反応を観察するよう伝えた。
どんなに記憶喪失のフリが上手かったとしても、咄嗟に出る反応は隠せるものではない。
そう思い、スパイである侍女二人に実行してもらったが、結果は日記のみ。
そして、反応も驚いてはいたが、怒ったり癇癪を起こした様子も無かったようである。
「⋯⋯⋯⋯。」
シェイドは閉口した。
日記の内容も、実に平和的な内容で、何の手掛かりもない。
記憶喪失のフリをしていたとして、誰にも頼まれていないのにわざわざ日記を書くなんて、とても考えにくかった。
この結果から、シェイドは本当に記憶喪失ではないのか?と思い、その旨を主に手紙で伝えた。
しかし、主からの返信を読んで、シェイドは驚愕した。
それは、誘拐せよという内容だったからである。
誘拐をして、本当に記憶喪失であるかを確認すること。
暴力は振るわず、丁重に扱うこと。
そして、主の所有物であるノーサレア地方にある別荘地を、誘拐するのに使って良いと書かれていた。
(な、何故ここまで!?)
シェイドは困ってしまった。
なにせ誘拐など、そのような極悪な行為はしたことがなかったからだ。しかし、忠臣として、主の命令には応えたい。
「やるからには完璧にしなければ。」
そこから計画を考えた。万が一のことがないよう、何度も何度も計画の修整をした。
そして、レティシアの誘拐計画が出来上がったのである。
全ては完璧であった。
スパイの侍女一人にだけレティシアを外に連れて来るように指示をして、馬車で待機をした。
レティシアが来たら、捕まえ、目隠し、猿轡をして、周りの景色が分からないようにしてから、その別荘地へ行く。
そして、閉じ込めるために色々と改造した殺風景な部屋に閉じ込める。
完璧な流れであった。何一つミスは無かった。
連れて来てもらったスパイには、逃げるよう指示をした。
もし今後ダンドア辺境伯の者達が捜索したとしても、この別荘地はある事情から、そうやすやすと入ることは出来ない。
そう、完璧であった。
「フリではないです。本当のことなんです。」
⋯⋯⋯レティシアが記憶喪失のフリであることを、一貫して否定する以外は、全てが完璧であった。
(想定外だ!)
夕食の食器を洗いながら、シェイドは予想外のレティシアの態度に冷や汗をかいていた。
(あんな粗末な部屋で、夕食も簡素で、湯船にも浸かれず、侍女もいないというのに⋯!最悪、ショックで失神することさえ想定していたというのに⋯⋯。)
最悪気を失うのでは?と考えていたため、医者まで用意していたのだが、レティシアは至って元気そうである。
(恐怖と絶望から、すぐにでも真相を話すかと思ったが。)
(⋯⋯⋯。)
(これは、本当に記憶喪失なんじゃないか?)
仮面男、改めシェイドは、そのように結論づけた。
しかし、シェイドは知らなかった。
心から粗末な部屋だと思っているあの部屋は、一般的に言うと、絶望を与えるほど粗末ではないということを。
夕食にデザートが無いことが一般的な家庭が、わりとあることを。
毎日湯船に浸からずに生活している家庭も、またわりとあることを。
たしかに、以前の公爵家での暮らしが普通であったレティシアであれば、絶望を感じていたかもしれない。
しかし、今のレティシアにとっては、あのような仕打ちは特段、恐怖や絶望を与えるものではなかったのである。
裕福な家で生まれ育ち、善良な両親によって、のびのびと育ってきたシェイドには、それらが全く分からなかったのである。




