第二章(八) そして閉じ込められた?
レティシアは、馬車に揺られていた。
先程からずっと馬車に乗っている。時計がないので正確には分からないが、非常に長い時間である。
レティシアは馬車に無理矢理詰め込まれ、そのまま男性によって、目隠し、猿轡を付けられてしまった。
そのため、何も見ることはできないし、喋ることもできない。
「体は拘束しないが、もし暴れれば拘束する。」
ボソリと低い声でそう言われた。
これ以上何かをされるのは嫌なので、レティシアはじっと大人しく座ることにした。
馬車の中はずっと沈黙が続いており、とても静かである。
この時間がまるで永遠に続くのではないかと思い始めた頃に、ようやく馬車は止まった。
「今から抱きかかえる。もし暴れれば、拘束した上で運び出す。」
またボソリと低い声で言われて、レティシアは男性に抱きかかえられた。
わりと丁寧に運んでくれている様子にレティシアは意外に思いつつも、今のこの状況に冷や汗をかいていた。
誘拐をされた。
今、何処にいるのか分からない。
助けを呼ぶ手段もない。
(どうすれば良いの?もし、なんとか逃げれたとして、城からだいぶ遠いはず⋯⋯。)
そう考えているうちにも、男は歩みを進め、ドアが開く音がした。
そして、何か柔らかい物の上に、レティシアは座らされた。
次に目隠しが外され、最後には猿轡も外された。
ようやく自由となれたレティシアは、知らない部屋の中にいた。
「⋯⋯⋯。」
部屋の中と、目の前の男を観察する。
部屋は質素なつくりをしており、今レティシアが座っているベッド、テーブル、椅子があるのみである。
さらに部屋の中にも、ドアがあり、開けられているドアの先には洗面所が見える。おそらく洗面所とトイレがあるのだろう。
そして、男は黒っぽい目立たない服装をしており、顔には仮面をつけている。人相は分からない。
「まずは、質問に答えてもらう。」
「⋯⋯⋯。」
「本当に記憶喪失なのか?」
「え?」
予想外の質問に、レティシアは思わず聞き返してしまった。
「本当に記憶喪失なのか?」
「その⋯⋯はい。」
「そうか。」
あっさりとそう返事した男は、ドアに向かう。
そして、こう言い残してドアを閉めた。
「ずっとそう言ってられるだろうか?」
「⋯⋯?」
ガチャリと鍵の締まる音がした。
レティシアはその音に、まさか、と思い、すぐにドアに駆け寄って開けようとする。
しかし、ガチャガチャとなるだけで、ドアは開かなかった。
(これ、外側から鍵が⋯⋯!)
次にレティシアは、カーテンを開けて、窓を確認しようとするが、窓には板を打ち付けられており、外の風景は分からない。
(釘でしっかり打ち付けられてる⋯⋯。素手では、どうしようもない。何か道具が無いと⋯⋯。)
レティシアは部屋をぐるりと周り、何かないか探してみたが、物が全く無い。
家具のベッド、テーブル、椅子だけしか無い。
さらに、テーブルと椅子はとても簡易的な物のため、窓に打ち付けられているであろう板を壊すことは出来ないであろう。
もう一つのドアを見てみると、そこにはやはり洗面所とトイレがある。
そのトイレには、小さい窓があるが、すぐに側に木々があるのだろう。緑色の葉があることしか見えず、何も風景は分からない。
窓も小さすぎるため、トイレからの脱出は不可能である。
つまりは、レティシアは閉じ込められてしまったのである。
(どうしよう⋯⋯。)
何とかして脱出をしようと色々考えてはみたものの、何も良い案が思い浮かばなかったレティシアは、気がつけばベッドで寝ていた。
今の時間がいつなのかも、もう分からない。
ただ、お腹はだいぶ空いているので、夜ではないかと思った。
ガチャリ
「!」
音がしたので、ベッドから飛び起きる。
すると、ゆっくりドアが開き、あの仮面をつけた男が入ってきた。
手にはトレーを持っており、トレーの上には湯気の立っているスープ、パン、ステーキ、サラダ、水の入ったコップがある。
「もし、今ここで俺に襲いかかったら、お前は夕食を失う。さらには、俺を倒すことも出来ない。明日の朝まで飯抜きにしたいのであれば止めないが。」
「⋯⋯⋯。」
男は丁寧に警告してから、テーブルにトレーを置いた。
そして、中にいる状態のまま、ドアを閉めた。
「夕食は俺が監視している中で食べてもらう。自由に食べるがいい。」
「⋯⋯⋯はい。」
「俺に質問をしても、何も答えない。何故誘拐したのか?此処は何処なのか?いずれも答えることはない。無駄な体力は使わないことだな。」
「⋯⋯⋯。」
レティシアは夕食を食べることにした。
危険かもしれないが、この食事に毒を入れるぐらいであれば、もっと前に殺されているはずだ。
それに誘拐はされたものの、この仮面男についても、こちらが暴れなければ、暴力を振るわれないだろうと思っていた。
⋯⋯そう、誘拐犯のわりには、色々と丁寧なのである。
馬車に乗っている時に、拘束はしなかった。
この部屋も質素ではあるものの、綺麗で片付けられている。
そして、しっかりとした夕食まで用意をしてくれている。
(誘拐されているはずなのに⋯⋯何故か丁寧さを感じる。)
「あの、ごちそうさまでした⋯。」
食べ終わったので、そう言って仮面男の方へ見ると、仮面男はトレーを下げた。
「デザートは無いのか?という顔をしているな。」
「ええ?」
「ふん、図星だな。」
「⋯⋯⋯。」
(この人、悪い人じゃないのかも?)
レティシアは戸惑ってきた。
その様子を見た仮面男は、図星だと勘違いして、少し得意げに言った。
「正直に記憶喪失のフリをしていると、そう言えば、デザートも持ってきてやろう。」
「あ、あの、記憶喪失は本当なんです。なんで、フリだと疑っているのか分かりませんが、本当です。」
「⋯⋯⋯。デザートだけではなく、特別に湯船にも浸からせてやろう。」
「そう言われても、記憶喪失は本当ですよ⋯?」
「⋯⋯⋯。」
仮面男は無言で出て行ってしまい、また鍵がかけられる。
しかし、少ししてからまた入ってきた。
「プリンだ。あと、体を拭くためのタオルだ。」
「まぁ⋯!ありがとうございます。でも、デザート⋯⋯いいんですか?」
「正直に記憶喪失のフリだと告げていたなら、ケーキだった。残念だったな。そして、湯船からタオルに降格だ。」
「⋯⋯⋯。」
渡されたタオルは温かい。きっと、お湯で湿らせてくれたのだろう。
誘拐というよりも、もはやホテルのサービスを受けているかのような対応に、レティシアは戸惑う。
デザートも食べ終え、レティシアは自分で拭ける範囲内で、タオルを体にあてた。
仮面男は、プライバシーの配慮だと言い、きちんと此方へ背中を向けている。(これにもレティシアは戸惑った。背中を向けていいのかと勝手に心配した。)
そして、ある程度体を拭き終わったレティシアは声かけをして終わったことを告げた。
仮面男はデザートの容器と、使い済みのタオルを回収すると、最後にこう言い残す。
「こんな粗末な部屋に閉じ込められ、好みの食事も出されず、湯船にもつかれず、身の回りの世話をしてくれる侍女もおらず、さぞ絶望を感じていることだろう。」
「⋯⋯。」
(あんまり絶望は感じてないけど、それを言ったらショックを受けちゃいそうな気がする。)
「恐怖で声も出ないか。今日はもう寝るだけだ。こんな粗末な部屋では寝られないと喚いても、明日の朝食の時間になるまではドアを開けることはない。」
「はい。」
(とりあえず、もう今日は寝ようかしら?)
「記憶喪失のフリだと真実を話せば、環境は今すぐにでも、変えてやってもいい。」
「フリではないです。本当のことなんです。」
「⋯⋯気骨のある女性だ。もしくは、本当かだな。」
ガチャリと鍵を閉められた後、レティシアは思った。
(良い人なのが隠せていないのよね⋯⋯。)




