第二章(七) 王都にて
レティシアが誘拐され、城中が騒然となっていた頃。
ジンは、王都に到着していた。
宿で荷物を預けると、一息つく間もなく早急に身支度を整える。
そして、侍従達を引き連れて、王城へと参る。
こんなにも急ぎで行く理由は、王との謁見があるからであった。
ダンドア辺境伯としては、あまり急ぎの用はないはずだ。
つまり、おそらくレティシアの件であろうと、ジンは思っていた。
『悪女』として有名なレティシア。第二王子との婚約を、有責の上で破棄とされた女性。
そのような女性をジンは迎え入れたのだから、何かしら聞きたいことがあるのだろう。
ひとまず、ジンは王城へ赴き、到着したことを伝えた。
いきなり謁見出来るとは思っていない。
数日後から一週間後の間で、空いている日程を指定されるだろう。
そのように思っていたのであるが、予想外の展開となる。
「ジン・ダンドア辺境伯殿。陛下がすぐに会いたいとの仰せです。どうぞ、此方へ。」
「すぐにだと?⋯⋯そんな、急ぎの用ではないはずだが。」
今日、それもこれからすぐに、との返事に、ジンは違和感を覚えた。
このスピード感は異常である。
何かの間違いではないかと聞いたが、案内する者は恭しく陛下はすぐに会いたいとの仰せです、と言うのみである。
同じく戸惑っている侍従達と目を合わせながらも、ジンは謁見へと、王城へ入って行く。
「ダンドア辺境伯。よくぞ王都へ参られた。長旅であっただろう。」
ジンは国王の前に跪き、挨拶を述べた。そして、許しを得てから頭を上げると、王のみならず、第一王子アルカ、第二王子セムルまでいることに内心驚愕する。
(何故、王子二人も⋯!?)
「事情があり、アルカとセムルも同席しておる。王妃も来る予定であったが、避けられぬ予定があり、おらん。まぁ、気にせずに楽にしてほしい。」
「はっ。」
「して、ダンドア辺境伯よ。レティシア・コーレスト嬢⋯⋯いや、ダンドア夫人の近状について聞きたい。」
「⋯⋯妻は、実は、去年の冬の前に記憶喪失となりました。それから、今現在まで記憶を取り戻すこともなく、まるで人が変わったかのような状態でございます。」
「うむ。まぁ、そのあたりはコーレスト公爵より聞き及んでおる。」
王は、ジンがコーレスト公爵家に宛てた手紙のことを伝えた。
ジンはここで初めて、王にまでその内容が伝わっていたことを知る。
「しかし、だ。儂は疑っておる。ダンドア夫人は記憶喪失の『フリ』をしているのではなかろうかと。」
「⋯⋯私も疑っておりました。」
「⋯ということは、今は疑ってはおらぬと申すか?」
「はい。」
ジンは自分の考えを述べた。
記憶喪失のフリをしていても、どこかで必ずボロは出てしまうはず。しかし、記憶喪失になってから、一貫としてレティシアは大人しく、他人を思いやり、穏やかな性格である。
そして何よりも、以前のレティシアであれば、ただ寒さと雪を耐えるしかないノーサレア地方の冬を平穏無事に過ごせる訳がないのである。
その事をジンは慎重に言葉を選びながら伝えた。
「ふむ⋯⋯⋯。」
王は暫し考えていた。
第一王子のアルカもまた黙っていたが、第二王子のセムルはジンの考えに若干不満げな表情をしていた。
「ダンドア辺境伯殿。まだ結論を出すには早いと思いますが。」
「!」
「セムル。」
王は注意の意味も込めて名を呼ぶが、セムルは続けた。
「長年ダンドア辺境伯夫人の婚約者であった者からすると、疑いの目を向けるのは当然かと。私は、ただダンドア辺境伯があの『悪女』の毒牙にかかっているのではないかと心配をしているだけです。
⋯⋯例えば、夫人がある日突然ダンドア辺境伯殿に害を加えようとするかもしれない。実際に、」
「セムル、もう止めろ。」
まだ言い足りなさそうなセムルであったが、王の怒気に口をつぐんだ。
「退出しなさい。不要なことを言う者はいらぬ。」
「⋯⋯申し訳ございません。」
セムルは謝罪すると、立ち上がり、去って行った。
沈黙の中、扉が閉まる音がしてから、王は続けた。
「⋯⋯申し訳なかった。貴殿のことを案じているだけであるが、言い方は良くなかった。侮辱する意図はないことを理解してほしい。
知っておるかと思うが、セムルは、幼き頃に婚姻が結ばれてからの関係であり、ダンドア夫人の人柄をよく知っている者の一人。故に、記憶喪失という話を素直に受け取れぬのであろう。」
「いえ、セムル王子の指摘も尤もです。」
「しかし、儂としても、やはり記憶喪失とやらはまだ疑わしいと思っておる。」
そして、王は命令をした。
「ダンドア夫人を王都へ連れてくることを禁ずる。これは、儂がその必要は無いと判断するまでだ。」
「承知致しました。」
頭を下げたジンに、ずっと黙っていたアルカが初めて口を開いた。
「ダンドア辺境伯殿。貴殿を信用していない訳ではない。しかし、こちらにも事情があり、やむを得んのだ。」
「うむ。アルカの言う通り。ただ、確証が得られぬ状況では、こうするしかないのだ。」
アルカのフォローに王も同意するが、結果として、レティシアが王都へ行くことを禁じられた。
そして、部屋を辞することになったジンは、部屋の外で待機していた侍従と共に、城を後にする。
(何かがおかしい。)
ジンは思った。
たしかに、レティシアは『悪女』であった。
その噂は、ジンも知っているくらいである。
元婚約者であるセムル第二王子や、王家も彼女を気にすることは別に不思議ではない。
しかし、わざわざ『出入禁止』を言い渡すほどの理由があるのか?
遠く離れたノーサレア地方で暮らしている彼女に、わざわざ王都の出禁を言い渡す意味は?
(これは、何かがある。)
ジンは自分の知らない『何か』に巻き込まれていると感じた。




