第二章(三) レティシア・ダンドアは考える
部屋が荒らされ、日記が盗まれた事件が発生してから、レティシアは客間で過ごすことになった。
犯人が見つかっていない以上、また再度部屋に侵入してきて、レティシアを傷付けようとする可能性もある。
そのように考えたジンは、元々の部屋から少し離れた客間で過ごすように言った。
そして、見張りの強化も周りに指示する。
慣れない客間で過ごすようになってから、レティシアはたまに物思いにふけるようになった。
その考えを書こうと、日記を探し、無いことに気がつく。
その瞬間、寂しいとレティシアは少しだけ思った。
「レティシア様、お茶でも淹れましょう。」
「ありがとう。」
温かいお茶を飲んで、レティシアは事件から考えていたことを聞いてみようかと思った。
(金目のものを盗んでなくて、でも、私の日記は盗んだ。そして、部屋が荒らされていた⋯⋯。)
(嫌がらせ、じゃないのかしら?私に対しての。)
「あの、レベッカ。聞きたいことがあるの。」
「なんでしょう、レティシア様。」
「私、恨まれるようなことを過去、していたのかしら?」
レティシアの直球な質問に、侍女であるレベッカは一瞬固まった。
「思うんだけどね、嫌がらせで部屋を荒らされたのかしら?記憶喪失になる前は、私ってどんな人だったの?」
「ど、どうでしょうか⋯?すみません、私、実は最近になって働き始めたばかりでして、あまり詳しくないのです。」
「あら、そうなの。」
「ええ、申し訳ございません。」
そう言うなり侍女は、少し用事が⋯と足早に去ってしまったので、そこで話は打ち切りになってしまった。
「旦那様、教えて頂けませんか。」
しかし、どうしても気になったレティシアは、夫であるジン・ダンドアに聞くことにした。
最初は近寄り難いと思っていたが、定期的に話をする機会ができてからは、レティシアはジンのことを悪い人ではないと思うようになっていた。
いや、むしろ、良い人とすら思っていた。
口数は少ないが、横柄な事は言ってこないし、記憶喪失になった自分を気遣ってくれている。そう感じている。
そのため、今このように、思いきった質問もできてしまうのである。
「以前の私は、誰かに恨まれてしまうような人物だったのでしょうか?」
「⋯⋯⋯⋯。」
(犯人の目星がつかない程には、たくさんいる。)
そう心の中で答えたジンは、何を言うべきか悩んだ。
記憶喪失になってからと言うものの、まるで人が変わったかのように大人しく、素直になったレティシアに対して、周りは「このままでいて欲しい」と思うようになった。故に、記憶を取り戻してしまう可能性があることは、なるべく避けてきたのだ。
例えば、以前のレティシアについての話など。
何かをきっかけに思い出されても困る、というのが皆の総意である。
以前のレティシアが書いていたという日記は、今もジンの部屋で保管されている。
しかし、何も言わないというのも酷な話である。
このように、まるでレティシアとは思えないほどに、真っ直ぐでいて、それで切実な瞳で教えてほしいと訴えられると、ジンは断りにくいのである。
悪女として有名なレティシアだが、黙っていれば美女。
そんな美女に切実に懇願されたジンは、あっさりと白状した。
「まぁ、以前の君は⋯⋯、たしかに恨まれていた。」
「やっぱり⋯。なんとなくおかしいと思っていました。皆さん、以前の私について話すのを避けていますから。」
「理由の一つとしては、モリセ医師からあまり話さないようにと言われていた。しかし事実、あまり良い過去ではないから話しにくい、というのも⋯⋯ある。」
医師の話は嘘であり、本当は記憶を思い出してほしくないだけであるが、ジンはさらりと嘘をついた。
「恨んでいるであろう方に謝った方がいいのでしょうか?」
「⋯⋯当てはまる人数がいすぎて、大変だから、止めた方がいい。」
「えっ」
「⋯⋯⋯この話はここまでにしておこう。」
絶句するレティシアを横目に、ジンはため息を押し殺して、別の話題にした。
「以前、家族について話をしたと思うが、少し前に返事がきた。けれど、あまり良い返事ではなかった。」
「そうですか⋯⋯。」
「会うことは望んでいないとの事だ。」
「はい、分かりました。」
レティシアは頷いた。
なんとなく、そうだろうなとは思っていたからである。
ジンから中々手紙についての話が無かったので、レティシアの実家が返事を書くまでに時間がかかっているか、もしくはもう届いているがジンの方で伝えにくいと思っているのか、そのどちらかだと覚悟はしていたからである。
だから、レティシアは特に何も思わなかった。
そんな彼女に対して、ジンはポツリと言った。
「だが、伝えておこうと思う。レティシアの家族について。君の実家は、コーレスト公爵家だ。」
「まぁ、そうだったのですね。」
ジンはこれくらいなら問題ないだろうと話した。
今日の今まで、何一つ思い出せていないのだ。
その考えも勿論あったが、彼にそう言わせたのは、レティシアのことを案じる気持ちが芽生えていたからであった。




