第二章(二) ジン・ダンドアは思う
「いや、まさか、今のレティシア様に嫌がらせをする者がいたとは。」
「全くですね。以前であれば、分からなくもありませんが。」
侍従のトムとラッカーの会話を聞きながら、ジン・ダンドアは昨日の事件について考えていた。
日記が盗まれただけ。部屋を荒らされた割には、物が壊されたり等の被害はほぼ無い。
そのため、嫌がらせ、もしくは悪戯ではないか?というのが侍従達の意見であった。
「見張りの衛兵達は異常がないと言っていたから、内部犯の可能性が高いとして⋯⋯嫌がらせにしては、奇妙じゃないか?物を壊さずに荒らしただけで、日記だけを盗んだ。何故なのか、説明がつかない。」
ジンが奇妙な点について話すと、トムとラッカーは考え込んで、それぞれの意見を言った。
「レティシア様に日記を書いてほしくなかったはどうでしょう?犯人は、偶然レティシア様が日記を書いていることを知り、記憶喪失のままでいてほしいと思うあまり盗んでしまったとか!」
「だとしたら、部屋を荒らさずに盗むだけの方が楽でしょう。部屋を荒らすことが目的で、日記を盗んだのは犯人にとっても当初の目的とは違うのでは?」
「⋯⋯⋯確かに、部屋を荒らすことが目的と考えた方が筋が通るな。」
ジンはこめかみを押さえた。
「ただの嫌がらせで済めばいいが⋯⋯、それにしては随分本格的だ。」
ジンは自分の考えすぎだと思いたかった。
しかし、そういう時の自分の直感は鋭いということを分かっているジンは、どうも単なる嫌がらせや悪戯だと思えなかった。
侍従達が去った部屋で一人になったジンは、机の引き出しにあるコーレスト公爵家からの手紙を取り出した。
約一ヶ月前に届いた手紙。
これは、前にレティシアが記憶喪失になったと伝えた手紙の、コーレスト公爵家からの返事であった。
中々返事が来ないと思っていた頃合いに、ようやく届いたものだ。
しかし、返事は予想通りではあったが、レティシアに会いに行かない、王都へも連れて来ないでほしいという内容であった。
さらには、ジンに対して、警告と心配をする文章が書かれていたのである。
『ダンドア辺境伯殿につきましては、我が家でも持て余していたレティシアを受け入れて頂いたことについて、厚く感謝をしております。
しかし、心配に思っております。レティシアは我々の予想を超える行動を過去、何度もしてきました。手紙に書かれていた記憶喪失についても、何か策があっての行動なのではと正直なところ疑っております。
何か策があるとするならば、その目的は王都に来ることでしょう。もしくは、我々か、婚約者であった第二王子と会うことかもしれません。
どうか、レティシアを王都へ連れて来ないよう、お願いしたい。
そして、ダンドア辺境伯殿も、自身の安全に気を付けた方が宜しいでしょう。大人しくなったとすっかり安心した時に、何をしでかすか分かりません。
もし、レティシアを修道院に入れたとしても、我らコーレスト公爵家は感謝の念を忘れません。ですので、どうか、その時は迷わずに⋯⋯。』
ジンはため息をついた。
コーレスト公爵家は、記憶喪失を全く信じていない。それどころか、何かを企んでいるのだと、ジンを心配していた。
しかし、実際にレティシアと接しているジンだからこそ分かるのである。
今のレティシアは、本当に記憶喪失になっており、そして悪巧みをするような性格でもないということを。
ノーサレア地方の厳しい冬を共に生活したからこそ、ジンはそう言える。
雪ばかりで、食料も保存食が主要となる冬。
この地方は王都とは違い、娯楽も何も無いのである。
この時期で楽しいことは、温かいスープを家族皆で談笑しながら食することぐらいである。
そして、大人であれば酒を嗜むぐらいだ。
そのような環境は、以前のレティシアであれば、耐えられなかったはずだ。
策を練って、記憶喪失のフリをしたとしても、何かしらの不満や愚痴を言うはずなのである。
しかし、今のレティシアはそんな不満を口にしたことは無い。
むしろ、一般教養についての記憶も無くなってしまっただろうと、勉強したいとまで言う始末。
侍女に聞いても、何かしらの不満を聞いた者は未だに一人もいない。
そのような彼女が、記憶喪失のフリな訳はないと、思っている。
「⋯⋯⋯もう言わないと潮時か。」
春になれば、ジンは王に謁見するために、王都へ出発する。
その前にレティシアに手紙のことを伝え、ノーサレア地方で留守しているよう話さねばならない。
ジンとしては、記憶が戻り、以前のレティシアに戻ってしまうことは避けたいため、コーレスト公爵家と会わないことはむしろ望ましい。
だが、会わないと伝えた時に、レティシアが少し悲しげにするのではないかと思ったのである。
そのような顔を想像してしまうと、何故かジンは中々言えずにいたのである。




