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第二章(一) 春の訪れと事件







歩くのも一苦労しそうなほどに、雪が積もっている中、人々は雪かきに勤しんでいる。

長く厳しいノーサレア地方の冬も、もう終わりを告げようとしていた。


最近は、少しばかりであるが、寒さが和らいできた。

気が早い者は、もう春が来たのだと宣言している。


より温かくなっていけば、次第に雪も溶けていくだろう。

早く春にならないかと人々は楽しみな気持ちを噛み締めながら、日々を過ごしていた。




去年の夏にノーサレア地方に来たばかりの女性⋯⋯ジン・ダンドアの妻であるレティシア・ダンドアは、侍女に頼み、雪かきを教わっていた。


「本当は、このような事をレティシア様がされる必要はないのですが⋯⋯。」

「やってみたいの。少しだけだから。」


周りにいる侍女達が心配そうに、そして侍女長あたりから怒られるのではないかと怯えながら、レティシアの雪かきを見守る。


冬が始まる前に、レティシアは記憶喪失となった。

そして春が訪れようとしている今現在、未だに記憶は何も戻っていない。


当然である。

というのも、今のレティシアは、『本当の』レティシアではないのだから。

夢のような、お告げのような出来事があった以来、レティシアは、自分がレティシアではなく、別世界で死んだ別人の『魂』であると信じている。

そして、神様から告げられたように、『為すべきこと』のために生きていこうと思っているのである。




少しだけしか雪かきをしていないのに、すっかり疲れてしまったレティシアは、雪かきを止めて城へ戻ることにした。

周りの侍女達も、ホッと胸を撫で下ろす。

お体が冷えてしまいます、と侍女に急かされながら、レティシアは部屋へ戻る。



「あら⋯⋯?」


部屋に戻ると、レティシアは唖然とした。

周りにいる侍女達も驚き、声を失う。


部屋がぐちゃぐちゃに荒らされていたのである。

荷物が散乱し、クローゼットやタンスの引き出しは開けっ放しの状態である。


「な、何よ、これ⋯⋯!?」

「旦那様にお知らせを!」

「まだ部屋に誰かいるやもしれません!レティシア様、此方へ!」


有能な侍女達によってレティシアはすぐに避難となり、別の部屋へ連れて行かれた。

見張りの衛兵に、侍女数名も一緒の万全な状態である。


別の侍女達は、領主であり、主人であるジン・ダンドアへ知らせに行き、さらに警備隊を呼び、また城にいる衛兵達に知らせに行った。

瞬く間に慌ただしくなった城に、レティシアはぽかんとするだけであった。



(雪かきのお手伝いをしていた時間に⋯⋯?)



部屋を出てから、せいぜい十五分から二十分程度しか外にいなかった為、レティシアは思わず感心してしまった。


(あんな短い時間で、すごい⋯⋯。)







不審な人物が城にはいないことを確認してから、警備隊や夫であるジン・ダンドアも同伴で、レティシアの部屋の検証が行われた。


侍女達が部屋に散乱した物をテキパキと確認し始める。


「ドレスは傷をつけられていないようです。」

「ベッドも、ぐちゃぐちゃですが、汚れや傷は見当たりません。」

「普段タンスにしまっていた物が、床に散らばっています。ですが、壊されてはいないようです。」


荒らされた惨状の割には、傷付けられたり、壊されている物はほとんど無いようである。

そして、レティシアもまた、何か盗まれたものはないかを確認していた。

色々と確認していく中で、机を調べていた時に、気がつく。


(あら、日記が⋯⋯?)


別の場所に移動されているだけかもしれないが、ひとまずジンに伝えることにした。


「あの、旦那様⋯⋯。私の日記が見当たりません。」

「日記?」

「はい、前に旦那様が預かるようになった日記ではなくて、最近また書き始めた日記がある筈なのですが⋯⋯。」


ジンは侍女達に日記を探すように伝えたが、何故か日記だけが見当たらなかった。




「どうやら、盗まれたのは日記のみのようだ。」

「金目のものが、盗まれていないのに⋯?」


警備隊の者も、盗まれた品が日記だけであることに首を傾げている。


レティシアも不思議に思う。


(大したことも書いてないのに、何故?)



結果として、やはり盗まれたのは、レティシアの日記のみであった。

部屋を荒らし、盗みを働いた者を逮捕する方針で警備隊は話を進めたが、見張りをしていた衛兵達の中で不審な人物を見た者はいなかったため、捜査は難航になるだろうとも話していた。

金目の者が盗まれたのであれば、それが売られる事によって、犯人を探す糸口になるが、日記となれば売られることも無い。


日記に重大な何かを書いていないかと、警備隊からレティシアに聞かれたが、何も思いつくこともなく。

日々の細々としたことしか書いていないと答えると、警備隊も少し困った様子になってしまった。


こうして、日記が盗まれただけという奇妙な事件は、後味の悪い幕引きとなったのである。





警備隊 警察のような組織

騎士団 ダンドア辺境伯直属の衛兵

というイメージです


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