第8話 私の運勢
終礼のチャイムが鳴った。今日は新学期だから、短縮授業で早く帰れるのである。
本来ならば、一番早く教室へ出る私だが、今日は特殊な日。砂部さんに占ってもらう約束をしたからだ。
「七海さん。」
自称・当たると宣言していた砂部さんだけど、実際のところ、どうなのだろうか。確かに、クラスでは怪しげな分厚い本を開いて、ぶつぶつ呟いてるのは見かける。しかし、それはただの趣味であって、どこまで信憑性があるのかもわからない。
「七海さん。」
「うわぁあ!! 」
また、後ろから、ぬんっと砂部さんが現れた。
彼女の方に視線を向けると、不気味な笑みを浮かべていた。
「………帰ろう。」
約束は約束なので、恐る恐る彼女の後を追った。
学校から徒歩5分ほど。最寄り駅である、七里ヶ浜駅に着くまで、彼女は何も口を開かなかった。
駅に着くたび、鎌倉の海に毎度感動させられる。今日は雲一つないいい天気だ。しかし、残暑がまだまだある。それでも、この暑さも、いつか思い出に変わると思うと、なんだかエモいなと思ってしまう。
私はチラチラと彼女の様子を見るけど、やっぱりなにも言ってこない。占うというのは嘘なのだろうか。
改札を通って、鎌倉行きの電車を待つ時。ついに、彼女から口を開いた。
「………七海さん。」
「あっ! はい!」
私たちは近くのベンチに腰掛ける。なんだろう。この空気感。すこし緊張して、思わず手汗をかいてしまう。一体、私の何を知っているのだろうか。
同じクラスだったのに、2人で話した回数が0に近いため、想像がつかなかった。
「…………なにか困りごとなんでしょう…。恋のことで。」
「え!?」
「…わかるの…。七海さんの中で……天秤が揺ら揺らしている……その2人の名前は………」
天秤。
私が最近関わった異性なんて、あの2人しかいない。
高校生活最後の夏休み。8月の日差しが強い日。
小豆島の穏やかな海で、私はあの日――
ふいに、彼らに触れられた唇の感触を思い出す。
すると、急に私の両端に、陽樹くんと翔月くんが現れたような気がした。
2人は、私の反応をみて、ニッと笑う。
陽樹くんは、私を見透かすような顔で。
翔月くんは、子供らしい無邪気な顔で。
「わぁーー!!! ちょ、ちょっと待っ――――!!!」
急に現実に戻って、私は思わず黄色い声をあげてしまう。
「…………やっぱり。」
「え!?」
彼女は話を続ける。
「…当たるの。これから先の運勢、占ってあげようか………」
散々彼女の言葉を疑っていたので、簡単に『うん』とは頷けない。私は、彼女から視線をそらして、電車が来るのを静かに待った。
海風が微かに私の髪を靡く。
すると、返事を待ちきれなかったか、彼女から口を小さく開いた。
「……気になるのね。素直じゃない人。」
「あなたには……きっと、これから先も、2人で迷い続ける………。でも、ある日、突然、どちらかに気持ちが傾く日が…………きっと来る。」
「その日付は――――」
「日付は…?」
私が彼女の話に食いつくと、少し笑みを浮かべている。
なぜ、こんなにも予知が当たるのだろうか。それとも、それっぽいことを当てずっぽうで安い言葉を放っているのだろうか。真相はわからないままだ。
「………やっぱり教えない。」
「ええ!? ここまで来て!?」
「ほら…………電車来た。私、もう行くから……。」
江ノ電が私たちの会話を邪魔する。『藤沢行き』と書いてあった。彼女は、私の住んでいる場所とは逆方面なようだ。
「え!話逸らしたでしょ!」
思わず、私は立ち上がり、彼女が電車に向かう背中を追いかける。
彼女は、くるっと振り返り、そっと顔を近づけた。
「私の予知が当たってるのか、あなたの話を聞いて確かめたいの。」
「そんなぁ…。」
「………じゃあ、1つだけ。今日の夜、あなたの携帯に1件の着信音がなる。覚悟しておいたほうがいい。」
「えっ…でも、さっき教えないって…」
すると、彼女は少しニコッと笑った。
「うん……これは今日一緒に帰ってくれたお礼。特別サービス……。」
「あなた………これからも、もっと笑ったほうがいい。前までずっと退屈そうな顔をしていた。今すぐ逃げ出したいみたいに。」
「でも………今の方がずっといい。だから、私も話しかけた………それだけの理由………」
「………明日、また進捗聞かせてよね。雛子。」
不意に私の下の名前を呼ばれる。
クラスメイトに名前なんて呼ばれたことなくて、思わずドキッとした。
「えっ!!」
「私のことも………澄空って呼んで……そう呼んだほうが、明日の運勢も明るくなるわ………。」
そう言い捨てて、彼女は電車へ揺られていった。
占いなんて、全く詳しくない私だったけど、これだけは嘘だってわかる。
確かに、澄空の言う通りかもしれない。
どうせ、私はダメなんだって、そう思い込んだほうが、自然と心が楽だったから。
そういう私の影のオーラが、返って人を寄せ付けなくさせていたのかもしれない。
私を変えてくれたのは、きっと、陽樹くんと、翔月くんのおかげかもしれない。
私の、本当の感情を取り戻してくれた人たちだから――――。
※ ※ ※
その日の夜。
9月の夜はまだまだ暑い。自分の部屋に籠もっているけれど、扇風機だけじゃ、蒸し暑い。
私は冷えた部屋の中で、早まる鼓動を押さえた。
明日の準備を済ませた後、私はずっと携帯とにらめっこしている。今日、澄空が言っていたことが本当なら……
最近はずっと胸がドキドキする。ご飯もまともに食べれなくて。悩むことなんて、そんなにないはずなのに、なぜか悩みたくなる。それで、毎回、つい自分の世界に入りたくなっちゃう。
翔月くんとは、相変わらずLINEが続いている。今は学校の話。
めんどくさいよね〜って他愛のない話をしながら、中身のないはずなのに、なぜかポンポンと会話が弾むの。なんだか不思議。
『制服姿のひなこちゃんも、きっと可愛いんだろうな〜。』
なんて、調子いいことを言うから、思わず学校で独り言を言いそうになっちゃった。
翔月くんは、本当にそう思ってるのだろうか。私は、別に容姿が特別整っているわけじゃないし、クラスの1軍女子みたいに、渋谷でスカウトされたことなんてない。メイクをして、やっと芋女から脱出できるくらいだ。すっぴんを見せたら泡を吹いて倒れるのではないだろうか。
なんて、勝手に想像して、勝手に気分が下がってしまったり。
今までは、こんな感情がジェットコースターみたいになるなんてなかったのに。初めての感覚の連続で、いちいち戸惑ってしまう。
そんなことを考えていると、ついに、着信音がなった。
心臓が、どくんと、強く脈打った。




