第6話 俺の心
ずっと、翔月が羨ましかった。
※ ※ ※
「「オレが大事にしていたものを、どうして平気な顔で奪えるんだよ!!!!!」」
あの日の翔月の顔を、俺は、一生忘れないだろう。
ボトルメールを盗んで、勝手に海に流したことを、永遠に隠せないと思った。それと同時に、あんなに彼女とのやりとりを楽しみにしていた翔月の顔を思い出すほど、罪悪感でいっぱいになっていった。
俺へに向ける月の冷たい視線と、それと同時に、狼のように胸ぐらを掴む力。
小さい頃は、よくおもちゃの取り合いで、取っ組み合いの喧嘩をしたけれど、中学に上がってからは大きな争いはすることはなくなっていた。
幼い頃の感覚が思い出せなくて、何も抵抗することができなかった。
翔月は、昔から感情が表に出やすい。喜怒哀楽がはっきりしてて、彼に何かいいことがあれば、話さなくてもお察しだった。
一方の俺・陽樹はというと、彼に比べればあんまり感情が出にくい性格だ。怒ったり笑ったりするのは、体力を奪われると思うからだ。この17年間、魂が震えるほどの経験もしたことがない、というのも原因かもしれない。
だから、俺に比べて翔月は、友達の数も段違いだったし、初対面の人でもあっという間に打ち解けていた。
ずっと、隣で見てきてた。
彼は、俺のことをなんでも奪うと言ってるけど、奪った覚えもないし、それどころか、奪われた経験しかない。
そうだ。翔月は、俺が欲しいものを、全部奪うんだ―――
※ ※ ※
『翔月、お前、それ 何個もらうんだよ〜。おれにも分けてくれよ〜。』
はっきり覚えてるのは、中学2年のバレンタインの日。2年1組の教室を通りかかった時、翔月とその友人が話している内容がたまたま目に入った。
『あ、別にいいよ? あっ、これで15個かな?いや、16個?うーん。』
彼は、貰えたことが当たり前かのようにヘラヘラと笑っている。
その顔が、いつも憎くて、羨ましくてしょうがなかった。
俺は、母さんしかチョコを貰えなかった。同じ顔なのに。
女子と話すのが得意じゃなくて、扱いかたが難しい。男同士の方が楽だったから、いつも野郎だけとつるんでいた。
反対に、翔月は、男女隔てなく楽しく喋る事が出来る。廊下で女子と仲良く歩いたり、気軽に2人でデートをするから、『月の天然たらし』とあだ名がつくほどだ。
彼の教室前の廊下を歩くたび、自分が、惨めで惨めでしょうがなかった。
『翔月先輩!! あっ…じゃなかった…ごめんなさい!』
顔が同じだったからこそ、女子生徒に間違えられることも多かった。
上履きの色を見ると、俺らの学年カラーとは違う青色。たった数分間のやりとりだけでも、劣等感はずっと深まるばかりだった。部活も入っているわけじゃないのに、他学年とも仲良くなっている事実にも、改めて凄さを感じた。
彼女らが見ているのは、俺じゃなくて、一緒にいて楽しく笑える翔月だ。
女子と翔月の3人で話していても、いつも翔月の方を見つめていて。その度に、同じ空間にいるのに、1人で遠くなっていく感覚がする。
好きな人も、当時の彼女も、全部翔月に取られた。
『ごめんね。陽樹。私、好きな人がいるの。だから、もう付き合えない……』
『………翔月か。』
俺がそう返すと、彼女らは決まって何も言わない。
きっと、言いにくいからなのだろう。兄ではなくて、弟を選んだという現実を。
もう、人を好きにならない。
何もかも、翔月に取られるから。
そう決めたんだ。
だから、それ以外で翔月に勝とうと思った。
勉強に、運動、習い事だってそう。目上の人からは俺のほうが好かれていたし、常に優等生として何事もこなしていたと思う。
でも、全部勝ったからって、翔月に届くことは絶対になくて。
純粋無垢な笑顔を、俺は一生超えられることはないと思った。廊下で見かける度に、思いたくなくても、そう思ってしまうのだ。
だから、悔しくて、憎くて、今度は俺が雛子を奪ってやった。
大事にしていた関係を、身内に壊されるのはどんな気分なのか。今まで味わされた気持ちを、翔月にも痛感して欲しかった。
最初は、それだけのきっかけだった。ボトルメールなんて、バカらしい。なんで、毎回返事が返ってくるんだ。ありえない話だ。
だけど、雛子と関わるようになってから、それだけじゃなくなっていた。
『お店経営してるんだ! 絶対おいしいだろうな〜。食べてみたいもん。』
『それじゃあ、フェリーで学校に通ってる人もいるんだ? いいなぁ。青春だね! 』
『エンジェルロード!
知ってる!恋人の聖地だっけ? 離島にあるなんて、ロマンチックだなあ。』
穏やかで、自分の気持ちに正直な彼女のことを、いつの間にか、もっと知りたいと思ってた。
いつの間にか、なんで毎回、ボトルメールが返ってくるのかと思うこともなくなっていった。
『海の向こうにいる彼女と話したい』という単純な思いを乗せて海に流しているので、『絶対に届くし、返事も返ってくる』という思考に変わっていった。
少し夢見がちで、純粋で可愛らしい。メッセージを交わすほど、彼女の正体を知りたいばかりで。
女子と直接話すのは苦手だけれど、文字なら、自由に話すことができる。言い回しが変だったら消せばいいし、好きな時間に返信を考えられる。既読ツールがないから、相手のことを気にせず済む。
話していくうちに、自然と翔月の存在を忘れていった。騙しているという事実は消えないけど、こんなに息が統合して、なにより翔月の存在を話さないし、聞いてこない。それが、俺にとって幸せでしかなかった。
彼女から小豆島に来てくれた時、俺と翔月を別々として見てくれた。
その時、思ったんだ。
ああ。この人こそが、俺を俺として見てくれる女神なのだと。
奪われたくない。今度こそ。
今日、雛子と会ったばかりなのに、もう身体がウズウズして。全身が彼女を求めているような。
そう部屋で悶々としていると、携帯のバイブ音がなる。
咄嗟に電源をつけると、雛子からだった。
『家に無事に着いたよ! 今日は会ってくれて、本当にありがとう!すごく楽しかった』
『陽樹くん、すごく大人っぽかった!
鎌倉に遊びに来た時には、年上の私がリードする!絶対!笑』
2件のメッセージ。
しかも、2件目は俺専用のメッセージだった。
こんなこと言われたら、もっと夢中になってしまう。
触れたい。
近づきたい。
雛子を知りたい。
誰にも取られたくない。
翔月に、また奪われてしまうかもしれない。前と同じように。
そんなことさせない。絶対に。
雛子を思う気持ちは、誰にも負けないはずだから。




